4-12 誘拐犯とヴィオレッタ
「しかし、確かに可愛い子だし珍しい色味だけど高く売れるんすか?これ」
ヒゲがツンツンとヴィオレッタの頭をつつく。
少女は小さなお部屋を珍しそうに見回している。安い宿なのだが、ヴィオレッタはお庭にある物置小屋にそっくりだと思った。
「聞いたことないか?黒髪に菫色の瞳の貴族の話……」
「あ、もしかして金持ちの間で大人気だっていう絵本ですか!?金持ちの出してるゴミの中に破れたヤツが混じってたんすよ。ほら、オレ教養すごくて文字読めるじゃないっすか!絵本なんて手に取ったの久しぶりで嬉しかったなぁ……。親父が飲んだくれて死んでなきゃオレだって今頃こんな生活……」
ヒゲはありし日の豊かな子供時代を思い出してしみじみし始めてしまった。
「そうじゃねぇ!ガキ向けの絵本だのくだらねぇ!」
「おっと……絵本買ってもらえない子供時代だったからって嫉妬はやめてくださいよアニキ〜!ってアイタタ!」
「なぐっちゃダメ!ほら、絵本ならかしてあげるよ」
ヴィオレッタは自慢げに絵本を見せびらかした。表紙の女の子と自分が似ているのに、目の前の大人達もすぐに気がつくだろうと、お澄まし顔の下でニヤケそうになるのを堪える。
「へぇ……こりゃ見事な装丁っすねぇ」
「話がいい加減に進まねぇ!そっちじゃなくて神話の話だ!」
「えっと……なんか神話の女神に似てるっちうやつっすよね」
信心の足りていないヒゲは、髭をプチプチと引っこ抜きながら面倒そうな顔をする。
「ああ……とにかく、そういう見た目の人間がたまに居て、それを始末してる集団もあるってこった」
「始末って……見た目がこのガキみたいだと始末するんすか?なんでまたそんなことを……」
「それはな……」
禿頭は説明する。
――黒髪と菫色の瞳は古代に滅びたある王家の血筋の特徴らしい。
その国の人達は黒髪が多かった。瞳が菫色なのはその国であっても王家に近い血筋を除けば珍しかったようだが……。
その国人たちは、今は殆どの人がマジックアイテム無しでは使えない魔法の力を自在に使えたそうだ。
魔法文明は圧倒的な力で他の国をも配下に入れていたが、神からの寵愛の証である力を失い、配下の国に攻め入られ――やがて滅びた。
今この世界で知られている悪き女神のその姿は、実のところモデルは、その古い魔法の国の最後の女王の姿である。
自分たちに圧政を敷いていた存在を悪きものとして神話の形で伝えていたのだ。
今存在する国多くは、悪き菫色の瞳の女王を討ち取った配下の国の流れを汲んでいる。
「じゃあ、このガキは……まさかその女王の生まれ変わり!?」
ヒゲはががーん!と目を見開いてヴィオレッタを見る。
その顔が面白くてヴィオレッタはケラケラと笑った。ヒゲも一緒に笑う。
「バカ言え。どっから生まれ変わりなんて単語が出て来たんだよ!ここまで黒い髪はここいらじゃあまりいないがゼロって訳でもねぇ。それに紫の目は、ほれ隣の国だとお偉い貴族の一部でいるらしいからな。珍しいがたまにいるんだ」
「なーんだ。じゃあ珍しくて可愛いだけじゃないっすか」
「だがな……」
禿頭は人差し指をピンと立てて、内緒話をするようにニヤリと笑った。
「保守的な考え方で、神話をやたらと信奉するケッタイな頭のおかしいお偉いさんも世の中にゃいるのさ。もしかして、そういうガキの中から魔法の力が復活してまた魔力無しが冷や飯食わされる時代が来るんじゃねえかってな。それを事前に防ぐために……」
「こういう見た目のガキを念のために闇に葬るって訳っすか。頭おかしいっすねー。そんな凄い力なんてなんも持ってなさそうっすよ。ねー」
「ねー」
ヒゲとヴィオレッタは既に仲良くなっていた。
「俺はそういう頭おかしいが、権力とカネを持ってるヤツにすこぅしツテがあるんだ。このガキも高値で買うはずだ。俺が外してる間はちゃんと面倒見とけよ」
「うっすー。お任せあれ!じゃあ、嬢ちゃん次は何して遊びましょっかねー」
♢♢♢♢♢
ミケが家に帰って来たのは、太陽も地平線に溶け切る頃合いだった。
トリーシャは慌ててミケを抱き上げた。
ミケは毛が汚れて、前足に怪我をしていた。息が乱れて舌を出している。汚れ具合から見ると、ずっと長い距離を移動して来たのではないかとトリーシャは推測した。
「もしかしてヴィオレッタを攫った人達から逃げて来たの?」
「にゃ……!」
疲れて枯れた鳴き声だったが、確かにトリーシャの言葉を肯定したように感じる。
水を飲ませてやって、メイドに面倒を見てやるように伝えた。
「ヴィオレッタは必ず見つけ出しますし、もし攫われたのなら、そいつらには必ず報いを受けさせます」
セオドアはトリーシャが見たこともないような顔をしていた。
「気をつけて……私は…………」
「貴女は家で待っていてください。お腹にさわりがあっては大変です」
トリーシャは第三子を妊娠していた。
ヴィオレッタが心配でならないが、無理ができる体ではなかった。
「母さん、僕もヴィオレッタを探しに行きます」
その胸元には瞳と同じ色の宝石が下がっている。
妹とお揃いのそれをレオは癖で手に握りしめる。
「でも……貴方まで危険に晒すわけには……」
トリーシャは娘が心配だが、レオも同じ大事な息子だ。危険な事はして欲しくない。
レオはもうすぐ成人する年齢とは言えまだ子供。
足手纏いになるトリーシャは家でただ無事を祈るだけになるが、できれば側にいて欲しかった。
だが、レオの瞳には揺るがない強い意志が宿っていた。
「お願いです。僕も妹のために何か少しでも出来ることをしたいのです」
その姿は出会った頃の、幼なげで頼りないものとは違った。
迷いながらも少しずつ大人に近づいていこうとする、眩しい姿がそこにあった。
「そう……そうよね。男の子はきっと止めたって無駄よね。わかったわ。貴方の妹をお願いね。私は家で帰りを待っているわ」
「ありがとう……母さん。いってきます」
家を飛び出すレオの後ろ姿、その後を体力を回復させた相棒のミケが素早く追って行った。
♢♢♢♢♢
「どうです?」
禿頭はフードを目深に被った男にヴィオレッタを見せる。
フードの男はヴィオレッタの顎を上げさせて、手のひらの中のマジックアイテムの光で瞳の色を照らし出した。
蝋燭の灯りでは分かり辛いその神秘的な美しい色ががはっきりと見える。
「これは……よく見つけてくれた。この親類は昔に二人ばかり処分したが取り残した上で中々こちらも人手が裂けなくてな」
「じゃあ……」
「金貨五枚だ」
「いや、俺らだって危ない橋を渡ってるんだ。金貨十枚はなきゃ割りにあわねぇ」
「………………あまり我々に楯突かない方が身のためだぞ」
「……………………」
不穏な空気が流れ出す。
所詮は利害で結びついた間柄だ。
「けんか?けんかはダメだよ?」
ヴィオレッタが涙目になり、仲裁に入ろうとする。
「この歳で女の武器を使うか……恐ろしい女王の血筋ゆえか……」
「ちょっと、ヴィーちゃんに酷いこと言うのやめて欲しいっすよー」
「ふん……その娘はせっかく生きて捕えたしな。色々と実験に使わせていただく……」
「エッチなのはダメっすからねー」
「おい!お前は話に加わるな!ややこしくなる!」
「う……うぇ……うぇえええ!」
禿頭の大声に驚いたヴィオレッタはついに声を上げて泣き出してしまった。
「くそっ!黙れ!そんな大声で騒いだら他の客や店の奴に怪しませるだろうが!」
「アニキも声が大きいっすよ!」
「早く黙らせろ!」
フードの男も苛立っている。
「うえええ……!ああああ、うああーーーん!!」
しかし、ヴィオレッタの泣き声は大きくなるばかりだ。ついに苛立った禿頭が拳を振り上げた。
「黙れ!」
怒りつつも手加減したとはいえ、体格差のせいでヴィオレッタは禿頭の予想よりも更に大きく吹っ飛んでしまった。
壁にぶつかり倒れた拍子にネックレスの紐が切れる。
涙でヴィオレッタの視界が歪み、ぶつけた頭が痛み出す。
ジンジンと痛む頭に小さな手を当てると手のひらが真っ赤になった。
「チがでてる……ばんそうこう……」
赤い色にショックを受けて、ヴィオレッタの大きな瞳から更にポロポロと涙が溢れた。
「ヴィーちゃん……!」
ヒゲが心配そうにオロオロと手を彷徨わせる。
「お、中々綺麗だな。もしかして値打ちもんじゃ……」
禿頭はそんなヴィオレッタよりも床に転げた菫色の宝石に興味を持った。
取引の対象はあくまで少女のみ。付属品は禿頭の方でもらっても良いはずだ。取引の金額も予想よりも低くなりそうな分を補填しなくては。
「だめ!それはヴィーのなの!」
ギュッとつかみかかる。大好きな兄とお揃いのネックレスを失う訳にはいかない。
「……うお!」
小さな体とはいえ、気を抜いているところに足元に全力で体当たりされて禿頭はほんの僅かによろめいた。
ヴィオレッタが取り返そうと指を大きな手に捩じ込んで、血で汚れた手で宝石を掴んだ瞬間……周囲が目も眩む光に包まれた。
同時刻。
「なんだ……!?」
ミケと父と共にいたレオの胸元が強く輝いた。
「レオ、どうした!ネックレスが光っている!?」
その光が消えた時、そこにレオとミケ、そしてセオドアの姿はなかった。
完結まであと数話!
今日中目指しつつ、ダメでも明日までには完結させます!
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