4-11 消えた娘
「私も読んだわ。ヴィオラ姫の冒険シリーズは他の国でも人気よ。しかも、絵本だけじゃなくて大人向けの小説にもされてるから、若い人で黒髪で菫色の瞳に忌避感ある人なんてもういないんじゃない?年寄りは違うかも知れないけど」
相変わらずの勇ましくも神々しい姿で冒険者ルーシーは足を組んで一気にお茶を飲み干した。
スリットの大胆に入ったロングスカートに、上半身は鎧で胸元が覆われている。腰には使い込んだショートソード。
これでは侯爵令嬢などと誰が信じるだろう。
あのかわい子ぶりっ子はどこへいったのか。
今では冒険者向けの武器や防具の仕入れ、薬の売買を一手に担う商会の会長をしているそうだ。
元々の資金力が違うので、他のライバル商会を僅か数年で追い越してしまった。もちろん本人の常に前のめりな姿勢や腕もあってのものだ。
そして、冒険者としても名をあげている。
未来の皇太子妃は何か別の道に爆進しているが、皇太子は皇太子で火山に住んでる伝説のドラゴンとの死闘に勝ったみたいな話が聞こえて来たので、トリーシャから何か言うことはないだろう。
「他にもなんでも必要なものがあったら言ってよ。さっきもなんかチンケな物売り来てたみたいだけど、多分うちの方が良いもの取り揃えてるわよ」
「物売り?」
「あら、道ですれ違ったからここに来た業者かと思ったけど……道に迷ってただけかしらね。あ、それでね、聞いてよ!リムったらねぇ……」
恋人である皇太子の愚痴なんだか、ノロケなんだかわからないものを延々と聞かされる。
ちなみにその間、タマシロクロはドルシーの膝の上に狭そうにしながら乗っかって、滞在の短い間に少しでもたくさん撫でて貰おうとモゾモゾしている。
ミケがいないのが気になったが、また娘と一緒で、ここに来たくてもヴィオレッタに許してもらえないのだろうと考えなおして、皇太子殿下に不敬にならない程度の曖昧な返事をし続けた。
「あー、色々言ったらスッキリした!じゃあ作ってもらった分のポーションはまたガンガン売りまくってあげるからね」
「私もそっちの道で生きていく訳じゃないから。ほどほどにね」
「家庭に入ると仕方ないわよねー」
ドルシーはしたり顔だ。
トリーシャと比べても、結婚した後は自由がないだろう身分だから今を全力で楽しんでいるのだろう。もう二十歳も過ぎて貴族の娘として行き遅れの年齢になりつつあるので、周囲の圧力も大変だろうが……本人はそんな様子はおくびにも出さない。
「じゃあね!また来るから!」
「うん。いつでも来てちょうだい」
2頭のグレートパンサーに馬車を引かせて、ドルシーは嵐のように去って行った。
タマシロクロは寂しそうな顔をして見送っていた。猫達の女神は神出鬼没で次いつ会えるかはわからないのだ。
「ミケも少しくらいドルシーに会えれば良かったのにね。まだどこかで遊んでるのかしら」
気になって、廊下を歩くメイドに聞く。
しかし、彼女は見ていないと首を振った。
次に執事に聞いてみたが、ヴィオレッタもミケの事も昼に見たきりだと答えた。
「どこにいるのかしら……」
ふと、嫌な予感が胸を過ぎる。
庭師に、料理人に、目についた使用人に聞きながら屋敷のあちこちを歩きながら娘を探す。
「ヴィー!どこにいるの?」
メイド達からも愛娘の姿が見当たらないと報告を受けたトリーシャは、屋敷の中を呼びかけながらスカートを手で持ち上げて早歩きで歩き回る。
「若奥様申し訳ありません……」
「私もうかつだったわ……」
ヴィオレッタは聞かわけよく、いつも庭で猫達と遊んだり、書庫で絵本を読んでいるからと姿が見えなくても気にしていなかった。
広い屋敷だ。部屋数がとにかく多い。
トリーシャが貴族にしては、身の回りの世話の為の使用人の数が少なかったのも良くなかった。
前世の日本人の感覚での生活、子育てだったので人手が不足していたと言える。
子供は常に数人でお世話するくらいで丁度良かったのに……。
「まさか……勝手に敷地外を歩いて…………」
「確認しましたが、子供が勝手に外に出れそうな場所はありませんでした。柵も破損箇所もありません」
屋敷の周りは高い柵で覆われているし、いくら小さな子供でも隙間から頭を出すのも難しいはず。
「門番も見てないのよね?」
「もちろんでございます」
「…………怪しい人の出入りは?」
念のために攫われた事も考えてみる。
「本日は以前より聞いていたご友人の商会はいらしたのは確認してますが……他には……あ!そういえば押し売りに来た奴らがいたと……」
「そう言えばドルシーも他に馬車を見たって言ってたわ!」
「あのハゲとヒゲのことですか?すぐに追い返しましたが……」
メアリーがその予定外の業者を見かけていたらしい。
「怪しい様子はなかった?」
「見た目が怪しいと言えば怪しかったのですが……」
トリーシャが急いで外に出て、門番に聞いてみたところ、業者が来ると聞いていたので二人組の男を一度通してしまったと頭を下げられた。
「業者というか……予定にあったのは友人というか……」
貴族令嬢が来る……と伝えていたらドルシーは追い返されそうだし、と商会の方で伝えていたらのがアダになったようだ。
トリーシャは頭を抱えたくなる。
「でも、男達は門から入ってすぐに帰りましたよ。お嬢様を探して攫う時間なんて……」
メアリーがオロオロしながら、記憶を探るようにしながら口を挟む。
「でも、屋敷の中にいないのなら、外に出たとみるしかないわ。もしかするとその業者とのやり取りに乗じて、馬車の影に隠れて開いた門からこっそり出て行ったのかも知れないし」
「業者は……シロという事ですか?」
「………………でも、たまたま屋敷内で馬車の近くをヴィオレッタが通りかかって、見かけてサッと馬車に乗せたのかも。入ってすぐに出て行ったのなら荷物の確認なんてしてないでしょ?」
門番に確認すると、更に申し訳なさそうな顔をした。
「はい。申し訳ありません……お嬢様に何かあったら私は……」
「私の伝え方もおかしかったから。でも、申し訳ないと思うのなら残業してもらうわ」
「はい!」
「セオドア様にもお伝えしないとね……」
ヴィオレッタの大規模捜索が始まった。
更に次の話も大体書けているので、可能であれば本日完結を目指します!
応援よろしくお願いします!




