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4-10 菫色の瞳の少女

それから5年の月日が経った――


「みけ、しずかにね」


「にゃー……」


 ヴィオレッタは、しー、と口元に指を立ててミケに真剣な顔をして振り返る。


 そろりそろりと可愛い赤い靴を履いた足をゆっくりと踏み出す。

 リボンで可愛らしく纏めた黒髪は、春の日差しをキューティクルで弾いて輝く。

 その胸元に下がっているのは瞳と同じ菫色の石のネックレス。

 母が知人からの贈り物だと語っていた耳飾りを加工して、(レオ)とヴィオレッタに、外に行くときは身につけておくようにと言い聞かせているものだ。


 トリーシャがかつて占い師モドキ(フレア)から渡されたグッズで助かった経験から、もしマジックアイテムの(たぐい)でなくとも縁起物(ラッキーアイテム)として持たせていたのだ。


 ミケは心配そうに妹分を見守る。

 レオが成長して見守りが必要なくなってきたのと、構ってもらえる時間が少なくなったので、今は一番の年下であるヴィオレッタの相棒に就任している。


 おてんばなヴィオレッタはこうやってミケと勝手に探検に行くのが最近の楽しみだ。

 兄は学園での楽しそうなお話を聞かせてくれるが、ヴィオレッタはいつも連れて行ってもらえない。


 ずっと前に学園のお祭りで両親と一緒に行ったときは、(レオ)もいて嬉しかったし、兄の友達もみんながヴィオレッタを可愛いと褒めてくれて、遊んであげたり楽しかったのだ。


 それに……


 ヴィオレッタは小さな絵本をカバンに入れていつも大事に持ち歩いている。


「私、貴方のお母様の友だちで、絵本を作るお仕事をしてるの。これはヴィオレッタさんを元に書いたのよ。黒髪で菫の瞳のお姫様のお話。みんながとっても好きなシリーズなの。今五冊目が出て……これが最新作なんだけど良ければ貰ってね」


 ヴィオレッタにそっくりな女の子が剣を持って戦うお話で、兄の友達もみんな絵本のお姫様にそっくりだと褒めてくれた。


 前にお父様(セオドア)のお友達や仕事一緒にしてる人にも、絵本のお姫様、ヴィオラに似ていて可愛いと言われたし、ヴィオレッタは自慢でならないのだ。

 でも、たまに絵本をまだ読んでいない大人の人もいるから、こうして持ち運んで読ませてあげて、ヴィオレッタとお姫様がそっくりなのに気づかせてあげている。


 それに、この絵本はとっても面白いし、たくさんシリーズも増えて、子供ならみんな読んだことがあるんだってお母様が言っていた。


「セオドア様が裏で色々(拡散の為の活動)やってるから……」


 とお母様が言ってたから、家の裏側をたまに見て、お父様が何かされているのか確認したりしているが、今のところはタイミングが悪いのか裏側にいらっしゃるところを見た事はない。


「あ、馬車だ」


 あまり見たことのない馬車が用意されている。

 ヴィオレッタは知っている。きっとこれで使用人達がお買い物に行くのだ。

 カバンの中を確認すると、お金が少し入っている。お金の使い方を学ぶために街にまで行くときに少し貰った残りだ。


「みけ、おかいものにいこう」


「にゃ!?」


 でも、大人に見つかったら大変。

 だからヴィオレッタは荷物の隙間に身を隠した。


「にゃー……」


 ミケは中々一緒に来ようとしない。

 このまま近くでニャーニャーと鳴かれては、大人に不審がられてしまう。


「いっしょについて来てくれないなら、もうあそんであげないよ。これからおでかけするときは一人でいくことにする!」


 これはヴィオレッタ最大の脅し文句である。


「にゃ……」


 ミケは項垂れた。

 自分にすら秘密で勝手な行動を取られるよりは、近くで見張る方がマシか……と思い直して、仕方なしに一緒に荷の中に身を潜める。

 姉のクロだったらもっと隠れるの上手いんだろうな……と考えていたら、馬車がガタゴト揺れ出した。


「ふふ……」


 ミケにしか聞こえない小さな声でヴィオレッタが笑った。


 揺られ続けて、猫ですらいい加減にキツく疲れてウトウトしてしまった。

 美味しいご飯の夢を見始めた時、


「おい!コイツはどういうことだ!?」


 野太い声がして、ミケは文字通りに飛び起きた。


「アニキ!女の子と猫が!」


「まさかさっきの公爵家の……?」


 人間の男二人だ。

 頭に何故か髪の毛がないタイプの人間と、髭がいっぱい生えているタイプの人間だ。


「勝手に入って来ちまったのか……」


 無毛人間が顎を指で擦りながらヴィオレッタを観察する。


「アニキ……早く戻してこないと。貴族の誘拐なんて死罪になっちってもおかしくねぇ!」


 ヒゲが泡を食って喚き散らす。


「うーん………………あれ、ここ」


 ヴィオレッタも眠りから覚めて、大きな瞳をパチクリさせている。


「おい、こいつは…………菫色の瞳か。しかも黒髪…………」


「アニキ、何悠長なこと言ってるんだ!早く公爵家に戻りましょうぜ」


「いや、もう遅いだろ」


 ツルツル頭が空を見上げるのに釣られて空を見上げると、すでに茜色に染まりつつある。

 一瞬ウトウトしていただけのつもりが、そんなに長い時間寝ていたのかとミケは愕然とした。


「すでに手配が掛かってるかも知れねぇ。おい、嬢ちゃんついて来な」


「えっと……あなたは?」


「嬢ちゃんの父ちゃんのお友達だよ」


「父ちゃん……?お父様のこと?」


 気がついたら知らない場所で、目の前に知らない人がいて不思議そうな顔をしていたヴィオレッタは、にっこりと笑った。


「そうそう。イケメンの嬢ちゃんのお父様な」


「うん!お父様はかっこいいの!」


「アニキ……身代金でも狙うんです!?」


「いや、公爵家相手に事前の策も無しに、んなことやったら捕まるだけだろうが……金をもらう相手は……俺らと同じく後ろ暗い奴らからにしよう。上手くいけば貴族相手にチンケな詐欺をするよりずっと儲かるぞ」


「マジっすか?いやぁ、アニキ禿げてからストレスで人相も悪くなって詐欺師にゃ向いてねぇって思ってたんすよ!相手信用させにゃなんねぇのに、見た目が怪しいのなんのって!」


 ツルツルがパカーンッとヒゲの頭を殴った。


「いってー!!」


「見た目の怪しさはオメェも変わんねーだろうが!なんでヒゲ剃らねぇんだよ!」


「だって朝剃っても夕方にはもじゃもじゃなんすよ……なんなんすかね、この体質」


「知るかよ!」


 もう一度ツルツルが手を振り上げたところで、ヴィオレッタが真剣な顔で待ったをかける。


「たたいちゃだめ!」


「お、そうだな。いけねぇ。よし、腹減ってるだろ。メシ食わせてやるからついて来な」


「うん」


「可愛いっすねぇ。こんなイタイケな子をどこぞの変態に売るなんて少し胸が痛むっすよぉ」


「ま、俺らもおまんま食ってくためだからな。弱肉強食ってやつよ」


「ジャクニ……アニキは難しい言葉知ってるっすねー」


「おめぇが馬鹿すぎるだけだ」


「ほーら、嬢ちゃん、オレ変な顔得意っすー!」


「あはは!へんなかおー!」


「にゃー!!」


 ミケは我に返って禿頭の足に縋りついたが、無言でポーンと蹴られて振り払われた。

 その様子はヒゲの変顔に夢中だったヴィオレッタには見られることはなかった。

 

 

 


 

いつも読んでいただきありがとうございます!

調子よければ何話か今日更新して完結させようかと思います。

もしかしたら完結は明日になるかも知れませんが、執筆加速させるので応援お願いします!

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