4-8 母と娘
「あら、猫の毛が服についてる。みっともない。貴方のお母様はいつだって身なりには気をつけていましたよ……」
「うん……」
「うん、じゃないでしょう。ちゃんと返事なさい」
「はい……」
「ちょっと、お母様……」
「トリーシャ、貴女は黙っててちょうだい」
「でも……!」
「トリーシャ、母さんを困らせるな」
レオにも、自分の祖母の言うお母様がどうやら死んだ母のようだと分かったようだ。
早くセオドアに帰ってきて貰いたいが、予定通りだとしても後3日は掛かる。
「………………」
レオが俯き涙を堪えている。
「男の子なのに……」
そこへ母が追撃しようとする。
びくりと震えた小さな肩に、日本人としての記憶が戻るよりずっと前、家族の中にいても孤独だった頃の記憶が蘇る。
「………………うるさい」
「え……?」
「うるさいって言ったのよ!昔っから口を開けば文句ばっかり!」
「おい!母さんに向かってなんだその口の聞き方は!」
「うるさーい!ストレスで流産したらどうするの!?アイバン公爵家になんて釈明するのか文面考えてから口を聞きなさいよね!」
「な……な…………」
両親は口をパクパクを金魚のように開けたり閉めたりで何も言えなくなっている。
「この子はちゃんと向こうのアイバン公爵夫婦に大事に思われているんです!そんな子にあーだのこーだの言わないでよ!」
「わ、私はサーシャみたいに立派にしたくて……」
「私だって姉さんに負けてないくらい立派です!」
周りがこんなだから卑屈になっていただけで、サーシャと比べてそこまで言うほど劣っている所なんていくら考えても一つだってない。
「負けてないって……それは言い過ぎじゃないか?」
父が控えめに反論を試みる。
「私が国王陛下から直に大臣補佐の任を賜ったのを知っていてその物言い……陛下をなんと心得ているのかしら」
実情は猫の世話係兼雑務みたいなものだが、役職だけは一応それなりのものだ。
「だけど……」
権威に弱すぎる父は完全に沈黙したものの、母の心はまだ折れていなかった。
なかなかしぶとい感じはトリーシャと似ているかもしれない。
元々目の色以外は見た目も正に親子って感じに似てるからね。
「そんな髪と目の色じゃ……苦労するじゃないの」
母の目は、トリーシャではなくレオを見ていた。今までの険しい目つきと違って、その瞳と表情には案じるような光が浮かんでいた。
「僕、お友達も沢山いるし、先生もみんな褒めてくれるよ」
レオはそんな祖母を安心させるように、胸を張った。
「そうよ。だんだんと周りの認識が変わってきているのよ。セオドア様も守ってくださってるわ。レオは学業も優秀だって先生方もおっしゃってる。何も問題はないの」
「でも……私は…………もう、サーシャを亡くした時のような事は起きて欲しくないのよ」
俯く母は小さく見えた。
トリーシャの胸がつきりと痛む。トリーシャももうすぐ子供を産む。
レオと新しく生まれてくる子供、どちらかでも事故で死なれるような事があればどれ程に辛い事だろう。
母はまだ最愛の娘の死から立ち直りきれていないのだ。
「レオもお腹の子も大事に育てるし、必ず守るから。心配しないで」
「でも…………」
母は強情だった。トリーシャも流石にイラッとして顔に出る。
父がギョッとした顔をしたので、よほど人相が悪かったのだろう。悪役令嬢顔だもんね。
「もう領地に帰って。セオドア様からは私が上手く伝えるから。これ以上は私のストレスになる」
トリーシャははっきりと伝えた。
「わかったわ。あなた、帰りましょう」
母は荷物を片付け始めた。
そして、馬車に荷物を詰め終わった頃、父がトリーシャにそっと声を掛けた。
「母さんはお前のことも心配してるんだ。たった一人残った娘だ。そりゃ、ほれ、あれだ……素直じゃないからな。でも、これ、母さんが刺繍したんだぞ」
そう言って渡されたのは、よだれ掛けやおくるみだった。菫色の花の刺繍がしてある。
「お前の目の色のことで……母さんもずっと周りから色々言われていたからな。許せって言うんじゃないんだけどな……うーん、まあ、そのうちまた来るよ」
父は困ったように頭を掻く。良いことを言おうとしてしくじったらしい。
可愛らしいベビーグッズととぼけた父の顔を見ていたら、なんだかトリーシャの心も軽くなってきてしまった。
「わかったわよ。また来てください。待ってますから」
こうして、親子のこんがらがった関係はとりあえずそのまま。でも、少しだけトリーシャの気持ちは軽くなった気がした。
ギリギリ!日付け変わる前に更新です。
遅くなりすみません!頭痛が〜薬効かない〜となってました。
読んでいただき本当にありがとうございます!




