第3-23 マジックアイテムの最後の管理人
トリーシャはセオドアと共に外へと飛び出す。
「おい!待て!」
「逃げるな!」
警備隊員達がワラワラと集まってきた。
狭い廊下を出口に向かってひた走る。
セオドアだけなら捕まることはないのだろうが、今はトリーシャがいる。
ヒールの靴はやはり逃げるのには適さない。
鞄(ライオンの重い置物入り)はセオドアが持ってくれているが、逃げるのに不利になるなら捨てて貰いたいくらいだ。
……というか、
「何で逃げてるんです!?」
「頭に来て殴っちゃったので、もう強行突破が良いかなと思いまして」
「何で殴ったんです!?」
割と冷静沈着なイメージを周囲に持たれていたはずなのに!
「貴女の……いえ」
「何ですか!?気になるんだから……! 言いかけたなら……最後まで言って!」
ちょっと息が乱れてきた。
「貴女の悪口を言ったから……!」
「………………もう!」
セオドアはトリーシャの事になると何もかも無茶苦茶になる。そんな理由じゃこれ以上文句も言いにくい。
「それに……これ以上時間をかけてはレオの帰宅に間に合わなくなる!アイバン家のものと分かったらそれはそれで面倒ですから!」
「それ……は……一大事ね!早く……帰りましょ!」
だけど、キツイ。貴族の女性は普段とことん走らないから。
この体は元から走ったことなんて子供の頃だってそんなにないのだ。
「外に馬を待たせてますから!」
警備隊員達の足音が迫る。セオドアが励ましながら手を引いてくれるが、もうすぐだけど本当に厳しい……。
そんな時、手首にふっ、と軽い違和感を覚えた。直後、パラパラと音を立てて石が連なったブレスレットが切れて、丸いストーンが床に転がった。
「えっ!?」
その石の行方をつい目で追った。丸い石が転がる床の上を、先頭の警備隊員の靴が踏んづけた。
「うわぁ!!」
丸い石を踏み、見事なくらいに後ろ向きに両手を広げて勢いよく転んだ。
「いてぇ!」
「ちょっとどけ!」
「おい!俺の足踏んでるぞ!」
転んだ警備隊員が大柄だったお陰で、転倒に巻き込まれた他の隊員たちまで一緒に地面に倒れた。
彼らがまた立ち上がって追いかけようとする頃には、トリーシャとセオドアは馬を走らせていた。
♢♢♢♢♢
トリーシャも流石に誤魔化し続けるのは難しくなり、老婆とのこれまでのやり取りをセオドアに説明した。
「そこら辺の平民の老婆が国宝級のアイテムを持ってるはずはないですし、ブレスレットなどで助かったのは偶然ですよ」
「ですよねー……」
ちょっと期待したのに……とほほ。
ネックレスもきっと偶々ね。くすんじゃったのもメッキが剥がれただけでしょうし。
セオドアの方で調査をしてくれて、フレアの自宅が判明して、改めて訪ねて行った。
「まあ!貴族様に申し訳ないです。おばあちゃんったらボケちゃって……。昔から実家の骨董品をまるで凄い力が籠ったもののように言うんですよ。そんな不思議な力なんて今まで見たことないですよ」
「何を言ってる!あたしはボケてないよ!それに祝福はちゃんとした血筋のお方が持たねば何も起きるはずもなかろうが!」
一緒に暮らしている末娘にボケ老人扱いされて気分を害したらしく、すっかりおかんむりだ。
娘の方はぺこぺこと頭を下げている。
「なぁ、あんた」
「何ですか?」
帰り際にフレア婆さんはコソッとトリーシャを引き留めた。
「これ、持っていきなさい。きっとあんたを助けてくれる」
綺麗な石のついた耳飾りだった。
ライオンの置物の目に入った宝石と同じ色をしている。トリーシャの瞳と同じ色だ。
「綺麗……でも良いんですか?」
見つめていると吸い込まれそうな輝きだ。何の石かはわからないが、平民が持っているのは不自然な高価な品だとわかる。石の周りの細やかな装飾一つとっても一流の品だ。
「あたしの……ずっと昔になくなった実家の役割でね。正しい持ち主が現れるまで代々管理し続けてたんだよ。もう諦めてたんだけどねぇ。あたしの子供達は興味もないみたいだし、あたしが死んだら価値もわからず二束三文で売り払うだろうと」
フレアはトリーシャの手の中にある耳飾りを思いがけないほどに優しい目で見つめる。
フレアはこれも……恐らくこれまでトリーシャに渡した物すべてがマジックアイテムだと信じているのだろう。
何にせよ、それで助かったし、助けられた人もいるのも事実だ。フレアの厚意をありがたく受け取ろう。
「ありがとうございます。大事にします」
「良いんだよ。必要な時に必要な役割を果たすだろうし。あんたに会えて良かったよ」
「私も。また会いに来ますね」
「…………もう渡す物ないよ」
フレアは照れたようにそっぽを向いた。
「良いんです。もう茶飲み友達じゃないですか。また奢らせていただきますよ」
「ふん……次の季節のパフェは美味しそうだから、忘れずに来なよ」
笑顔で手を振るトリーシャを、しっしっと追い払うように手振りしながら見送るフレア。その頬がほんのり赤くなっている。
こうしてトリーシャは歳の離れた友人を手に入れた。
後日。
「ねえ……お母さん。夜中にあのライオンの置物が動いていて……」
「そんな訳ないわよ。タマかシロかミケと見間違えたんじゃない?」
「うん……」
レオは納得していない顔で頷いた。もしかしたら精神的に弱っていて、そんな事を言い出したのかも……とトリーシャはしばらくレオと同じ部屋で寝るようにした。
レオも落ち着いているようで一安心。
しかし、トリーシャは知らない。使用人達の間にも噂が広がっていた。夜中に置物が猫達と散歩をすることがあるのだと……。
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