第3-17 ドルシー婚約の行方
先に目を逸らしたのは少年だった。
「お、これはまたお綺麗なお嬢さんがいるな」
そこに声を掛けてきたのは、一際大柄な中年男性。
顔に大きな傷跡があって髭の生えた強面だが、今は機嫌良さそうな人好きする笑みを浮かべていた。
髭の大男はトリーシャの髪と瞳の色を見て一瞬目をパチクリさせたが、ニヤリと歯を見せて笑う。銀髪の少年の方に向き直った。
「ボウズ! 今、本部の方にも急ぎ連絡を入れている。このドラゴン退治の功績で騎士爵だってして貰えるかも知れんぞ!」
「ふーん、そうなんだ。凄いんじゃない? ギルド長さんがこう言ってるわよ。リムは騎士様になるの?」
「いや……俺はなれないよ。もしかして、ルーシーはなって欲しいのか?」
ルーシーってドルシーの偽名? なんて分かりやすい……っていうか、銀髪に菫色の瞳、リム……だと?
トリーシャはガシッと少年の手首を掴む。逃がさないようにそりゃもうしっかり掴むと、ギルドの出入り口にズンズン進んでいく。
「おい! 何だよ急に!」
「トリーシャどうしたの!?」
「お、二人の美人で取り合ってるのか!羨ましいな!」
周囲がからかい口笛を吹いて囃し立てる中を進み、外に出て、更にひと気の無いところまできた。
猫達も四匹で取り囲んで逃がさないよう手伝ってくれている。流石気が利くわね。
トリーシャは、目の前の少年を上から下までもう一度観察する。
その手が夫とよく似た剣だこがあること、そして、他の冒険者達よりは荒れていない様子から、普段の生活の様子を察する。
水仕事や野良仕事をしないて入れの行き届いた肌をしている。日焼けも少ないし、髪の毛も艶がありすぎよ。
何よりも特徴的すぎる髪と瞳の色。
「あの……つかぬことをお聞きしますが、貴方……いえ、貴方様はリアム皇太子殿下でいいんですよね?」
トリーシャはキツめに問いただす。
相手は皇太子だが、友人を危険に晒した相手でもある。
「ちっ……バレたか」
リム……もといリアムは年齢相応の子供っぽい表情で顔を逸らした。
「なんですって! そんな……リムが? ……まさか私を油断させて帝国に連れ去るために……!?」
グレートパンサーを連れてきたドルシーが、グレートパンサーと共に歯を剥いて威嚇する。
「ちが……いや、帝国には来て欲しいけど」
「やっぱり! 父親に言われて……!
シャー!とドルシーとパンサーが更に威嚇を続ける。
「ちょっと落ち着いてよ…………タマ!シロ!クロ!ミケ!二人とパンサーを止めて!」
「「「「にゃー!」」」」
なんでかクロがトリーシャ顔に飛びついてきた。
「え、なに!?ちょっと前見えないんだけど!?」
首を振ってもクロは落ちない。クロのお腹がトリーシャの顔面に優しくモフッとモフモフする!
スー……ハー……落ち着く。
いや、猫吸って落ち着いている場合じゃない。
「うわー!怪獣だ!」
「なんだ今の光の帯は!」
「化け物だ!」
「ぼうや、逃げるわよ!」
「世界の終わりだー!」
通りすがりの人たちの悲鳴と逃げていく足音がする。あと、ズガーン!とか、ドカーン!とかジュワワワワ!とかボイーン!とか変な音が響いていて怖い!
「何々!?何が起きてるの!?」
視界真っ暗でトリーシャは混乱する。
苦労の末クロをようやく引っ剥がした。
いや、半ば勝手に剥がれてくれたというか……。
ドルシーと皇太子は気絶し道に倒れていた。
そっと口元に手を当てると呼吸はあるので多分大丈夫だろう。
グレートパンサーは何故か怯えていた。足の間に二本の尻尾を巻き込んで……一体何が起きたのか。
タマの指示でグレートパンサーの背中に二人を乗せて、その後はパンサー以外は馬車でドルシーの家を目指すことにした。(パンサーは自力でついて来た。馬が怯えていた。ごめん)
その後。
「じゅ……13歳だったの!?そんな年下だったなんて……嘘でしょ!リム!」
ドルシーはリム……もといリアム皇太子に掴み掛かった。
思ったより年下だったのに何故かショックを受けている。
色々と事情を話す場に同席させられているトリーシャ。早くおうち帰りたい。
猫はゾロゾロ連れてくる訳にもいかないので、タマだけ代表で来ている。
「年齢なんて関係ないだろ! 俺の気持ちは嘘じゃない! ルーシー……ドルシーと一緒に世界一の冒険者になりたいんだ!」
「でも……私は貴方のお父様と結婚するって……」
「は? なんで俺じゃなくて親父と結婚したがってるんだ! あんな豚より俺の方がいいだろ!」
豚!? いや、確かに大変にふと……えーっと、豊かな体型をしてるけど、それ言っちゃう!?
「だってしょうがないじゃない! 貴方の父親がそうしろって! こっちのお父様やお兄様も!」
「何だとふざけんな! あの女好きの豚野郎が!! 俺が話をつけて来てやる!」
ショートソードを腰から抜き放って、リアムは駆け行く。皇位簒奪のために!一人の少女を救うために!!
「ちょっと待てって。二人とも誤解してるぞ」
イキリたつリアムを側に控えていたルシオが何とか抑え込んだ。セーフ!世界を揺るがす大事件が起きるところだった。
「何が誤解だ! アイツはコロス!」
「落ち着けって! ドルシーの婚約の話は最初からリアムとの話だったんだよ!」
「…………お兄様、どういうこと?」
動きを止めたリアムを念の為に羽交い締めにしたまま、ルシオは説明した。
……というか、ドルシーの誤解をルシオは何度も訂正しようとしていたのに、騒ぎながら逃げ回って話を聞かなかったらしい。
そして、リアムも婚約させられるという時点で嫌がり、相手の情報を得ていなかったそうだ。
「よく考えたら親父の妃に一人ヤンデレがいるから、今は妃をこれ以上増やせないんだったかな……」
リアム……なぜヤンデレなんて言葉を知っているの?その概念もこの世界にあったのね……とトリーシャは思ったが、口には出さないでおいた。
もちろんリアムはまだ結婚は年齢的にもできない。
ドルシーはしばらく独身のまま、国に留まれる事になった。
♢♢♢♢♢
「トリーシャ! 薬草取って来たわよ! ポーション作って!」
いつの間にか魔物使いの冒険者ルーシーは有名になりつつあった。
グレートパンサーのグレープちゃんと一緒に活躍しているそうだ。
リアムと共にドラゴンを倒した功績により、シルバーランク冒険者らしい……多分凄いんだろう。その上はゴールドしかないみたいだから。
「まったく。仕方ないわね」
向こうの国に花嫁修行に行く話もあったが、それは蹴ったらしい。
二人とも世界一の冒険者の夢は諦めておらず、それぞれの国で冒険者稼業を続けるのだと。
……良いのだろうか?世界一の大国の皇帝と妃になる予定なのに。
まぁ、それについては、それぞれの国のお偉いさんが考えてくれるだろう。そして、トリーシャは何故かルーシーの冒険者の仕事を偶にこうして手伝わされている。
「トリーシャは料理が出来るんだから薬も作れるでしょ」という無茶な理論で、ドルシー専属薬師にさせられてしまったのだ。
んな無茶な……と思ったのに、やってみたら意外と出来てしまった。それに友人の危険な仕事を陰ながらサポートしてあげたいという思いで、薬師ごっこは続いてしまっている。
冒険者ルーシーの持つポーションはやたらと出来が良く、目も剥くような高値で売買されていること、そして、神話級ポーションの作り手の謎の薬師の存在も冒険者の間で噂になっていることをトリーシャが知るのはずっと先の事になる。
ドルシー中心話はこれまでです。
お読みいただきありがとうございます!
トリーシャの活躍が少ない気がするので、もっと出番増やせるよう頑張ります。
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