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第3-14 女神のピンチ

(大変だ……我らの女神が!)


 クロは焦り、暗がりから前足を踏み出した。


「ん? なんだ、黒猫? 不吉だな……酒がまずくなる。追い払うか」


 筋骨隆々の男が、クロの胴より太そうな腕を伸ばしてくる。酔いが回っているのか、目はトロンとしていて、息も酒臭い。


 だが、その鈍い動きで、俊敏さに定評のあるクロを捕まえられるわけがない。


「ん? あれ、どこ行った?」


「どうした?」


「いや、そこに黒猫が……」


「なに言ってんだよ、どこにもいないじゃねえか」


「あれぇ……おっかしいなぁ……」


「酔って幻でも見たんだろ。ほら、水でも飲めって」


 クロを追おうとした男は、連れに呆れられていた。クロはすでに別の影へと身を移している。


(危なかった……)


 ほっと息を吐きながら、視線を向けた先には、酔いで意識が朦朧とした女神ドルシーの姿。首をこっくりこっくりと揺らし、今にも眠り込んでしまいそうだった。


 そんな彼女に、向かいの席の男がいやらしい笑みを浮かべながら近づいていく。


(止めなければ……)


 影から近づくには少し距離がある。ここでまた酔っ払いに見つかって追い出されたら元も子もない。クロは思わず躊躇した。


「んぅ……? おにーさまぁ……?」


「そうだよ、お兄様だよ。くく……『お兄様』だってさ。やっぱり良いところのお嬢ちゃんか。こりゃ面白い。世間知らずのお嬢ちゃんに、いろいろ教えてやらなきゃなぁ?」


(やっぱり、一人で来たのは失敗だった……! けど、助けなきゃ!)


 クロが飛びかかるタイミングを見計らっていた、その時。


「やめておけよ」


 男の肩に手をかけたのは、ドルシーと同じくらいか、少し年下に見える少年だった。明るい髪が特徴的で、クロはふとシロを思い出したが、彼女(シロ)の毛並みはもっと純白だったと思い直す。


「なんだお前? ガキはママの乳でも吸って寝てろよ!」


 大男は腹を抱えて笑い出す。侮蔑の意思を感じ取り、その顔のあまりの下品さに、クロは思わず顔をしかめたくなった。


「下品だな……。おい、大丈夫か?」


 少年は渋い顔をしながら、突っ伏して眠りかけている女神の肩をそっと揺する。


「むにゃ……」


「……のんきな女だな」


 呆れたように言う少年に、大男が苛立ちをあらわにした。


「おい! 無視すんな!」


 振り上げられた拳。しかし少年は半歩退いて、身体を斜めにし、それを軽々と避ける。


「ヒュー! ケンカだ!」


「うるせぇぞ! 外でやれ!」


「ベテラン冒険者がガキに本気出すってか?」


 酔っ払いの観客たちは面白がり、店内は一気に騒がしくなる。店主も諦め顔でため息をつくだけだ。

 クロは一瞬ビクリとしたが、女神の安全がかかっている以上、ここを離れる選択肢はない。


 男は太い腕を何度も振り回すが、少年はまるで踊るように軽やかに避け続けた。


「小僧、いいぞ!」


「賭けるならあのガキだ!」


「なんだよザコール、いつも偉そうなのに、全然当たってねぇ!」


 気づけば、少年への声援が飛び交っていた。

 そして、その騒ぎにさすがのドルシーも顔を上げる。


「うーん……うるさくて寝られないじゃない」


「起きたなら、逃げるぞ」


 少年はそう言って、躊躇いもなく彼女をひょいと肩に担ぎ上げた。


「えっ? ちょっと! なにするのよ!」


 慌てて暴れる女神だが、少年の腕の力は意外に強い。まるで羽のように持ち上げられたまま、少年は金貨をテーブルに置き、口笛を吹きながら店の出口へと向かう。


「待ちやがれ、コラァ!」


 怒声を上げた大男の足元に、クロが素早く飛びかかった。


「イテェ!」


 不意を突かれた男が膝をつくと、その顔めがけてジャンプ一閃。


「ヒィッ……!」


 シャッと顔に斜めの赤い線を入れてやりつつ、クロは着地と同時に身を翻して、するりと店の外へと滑り出る。

しかし、すでに女神と少年の姿はどこにもなかった。

いつも読んでいただきありがとうございます!

ドルシー中心の話もあと2話くらいで、トリーシャの話に早く戻したいと思うのでしばしお付き合いをお願いします!

皆様に読んでいただいてるお陰でモチベも保てて、毎日執筆出来てます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

本当にありがとうございます!

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