第3-12 ドルシーの杜撰な作戦
「ふん……なによ。みんなしておめでとう、おめでとうって……なーんにもめでたくなんかないのよ!」
ドルシーは、一人で家出していた。
夜になり、トリーシャの家の人々がすっかり寝静まった頃合いを見計らって、そっと外へ出たのだ。
事前にこそこそ準備していた服に素早く着替え、足音一つ立てぬよう神経を研ぎ澄ます。猫たちにさえ気づかれぬよう、相当な注意を払った。
家族からの過剰なプレッシャーから逃れるため――
そして、親友であるトリーシャの家にこれ以上迷惑をかけないためでもある。
いまのドルシーは、まるで平民のような地味な格好をしていた。
だが――顔が、顔だった。
目立つにもほどがある。通りを行く人々が二度見、三度見し、ぽかんと口を開けたまま、ふわりふわりと優雅に歩くその美女の姿を見送っていた。
ただひとつに束ねた細く輝く金髪は、歩くたびやわらかく揺れ、わずかな月明かりの中でもきらめく。
そして、完璧に整った美貌――その顔は、たとえ不機嫌そうな表情をしていても、見る者の目を離させない。
そんなにも目立っているというのに、当のドルシーは周囲の視線などまるで気にしていなかった。
というのも、彼女の人生そのものが“常に注目される”ものであり、視線とはもはや風景の一部に過ぎなかったのだ。
さて、そんなドルシーが練った“婚約逃れ作戦”とは――
――ドルシー不在により両家の親同士が揉めて婚約破棄、そのタイミングでしれっと帰宅すればいい!
――という、作戦と呼ぶにはあまりにも場当たり的な思いつき行動である。
「べ、別に……まだ結婚なんてしなくたっていいじゃないの……」
確かに年齢的には結婚していてもおかしくはない。
けれど、あと二、三年ぐらいはなんとかごまかせるはず。
急いで嫁ぎ先を探さねばならないような家柄でもないし、毎日のように海を越えて贈られてくる花束や贈り物の山が、それを証明していた。
――もうちょっとだけ、自由に生きたい。
「せっかくトリーシャとも親友になれたのに……」
今まで、我が強いドルシーと対等に接する女性などいなかった。
一番の座は常に自然と譲られた。それが彼女の家柄と美貌ゆえに、当然のこととして。
「お兄様も言ってたし……お金さえあれば何とかなるって。ふふん、だったら今は自由を楽しまなくちゃね!」
愛らしい顔に得意げな笑みを浮かべながら、ドルシーは夜の街を一人、上機嫌でぶらぶらと歩き出した。
◇◇◇◇◇
その後ろを、気配も足音もなくつける影がひとつ。
夜闇に紛れるような、しなやかで小さな影――クロだった。
ドルシーが誰にも言わず外出する気配を察し、ひとり尾行を始めていたのだ。
他の猫たちには何も言わず。
夜の追跡であれば、黒い毛並みの自分一匹の方が向いていると判断したからである。
(タマやシロがついてきたら、きっとミケが不安がるでしょう。あの子は体は大きくなっても、まだまだ仔猫と変わりないんですから)
大切な“弟分”の姿を思い浮かべながら、クロは楽しげに長い尾を揺らし、麗しき金色の女神――ドルシーの後を静かに追っていくのだった。
長らく半更新せずにすみませんでした。
今後は完結まで何とか毎日更新していこうと思いますので、よろしくお願いします。




