第2-4 あるメイドの独白
わたくしはアイバン公爵家に十年勤めるメイドのメアリーでございます。
十代の頃から奥様に仕えていましたが、若奥様……サーシャ様が嫁がれてきてからは若奥様のお世話をするのがわたくしの仕事となりました。
若奥様は事前に噂になっていたのと寸分違わぬ美しく優しい方でした。
……その様に当初は感じておりました。
わたくしども使用人に対しても気を配ってお声を掛けてくださるので、彼女を悪く言う人は誰一人としていませんでした。
いえ、小公爵様が溺愛し、公爵夫妻にも気に入られている彼女……それに余りにも周りが褒め称えるのでわたくしは気掛かりな事があっても何も言えなかったのです。
それが……どこか不自然さを感じているのがわたくしだけでは無かったのが判明したのは最近になってから……サーシャ様の妹君のトリーシャ様のお世話がわたくしの新たな仕事となってからなのです。
サーシャ様の順風満帆な未来の公爵夫人としてのあり様は、レオ様を産むまででした。
結婚してすぐに跡取りを妊娠し、男児を産んだサーシャ様。
本来ならば何もかもが上手くいっていると表現しても良い状況だったでしょう。
しかし、レオ様は小公爵様によく似た黒髪に菫色の瞳で産まれてきたのです。
黒髪と菫色の瞳。
説明の必要がありましょうか。
不吉で恐ろしいその色の取り合わせは、公爵家を震撼させました。
子供の瞳の色は産まれて数年もすれば変化する事は良くある事です。
アイザック様もセオドア様も赤子の頃は青い目で、髪の色も明るかったそうです。
それが五歳になる頃にはわたくし共も知る通りの黒目黒髪になっていたそうなので、公爵夫妻も、夫のアイザック様もショックを受けるサーシャ様を、育てる内に解決するはずだとお慰めしていらっしゃいました。
しかし、サーシャ様はそうはお考えにならなかった様です。
トリーシャ様のことがお心にあったからでしょう。
レオ様も妹君のように大人になっても瞳の色は変わらぬままなのでは無いかと。
黒髪も菫色の瞳自体も不吉では無いのに、合わさると幼いレオ様すらどこか畏怖と申しましょうか……恐ろしく感じてしまいます。
この国では……いえ、他国でもその瞳の色は珍しいものです。
わたくしもサーシャ様の妹君のトリーシャ様を一目見るまでは、その瞳を見たことはありませんでした。
違う神を信じる国によっては、菫色の瞳は神の祝福を受けた高貴な存在とされていて、その国の王族にも菫の瞳がいるらしいですが……。
わたくしの様な浅学のものには他国のことなど難しくて分かりません。
サーシャ様は度々、妹のトリーシャ様の事をわたくし共にも《相談》なさっていました。
不吉な色を持って生まれた不幸な妹。
心を閉ざした可哀想な妹。
そして、サーシャ様はレオ様の前でもよく涙を流していました。
レオ様が妹の様に周りと距離をとって、家族の心配を理解しようとしなくなるのでは無いかと。
母の涙を見て、レオ様も悲しそうでした。
そんな息子の将来を想うサーシャ様を周囲は讃えていましたが、わたくしは……それを見てサーシャ様を良い母親とは思えませんでした。
レオ様は自分のお姿のことで母君が悲しまれる事に小さな胸を痛めておいででした。
レオ様は母君の前では気丈に振る舞っていました。
その分だけレオ様は使用人に対して癇癪を起こして当たることがありました。
そんなレオ様の陰口を叩く使用人は何人もいましたが、わたくしはそんな人達が不快でした。
しかし、彼らは苦労されているサーシャ様の味方であると自負している様だったので手に負えません。
結婚前は妹に悩まされ、出産後は難しい癇癪持ちの息子に心を痛める。
サーシャ様は常に健気で可哀想な自分でいる事に長けていらしたのです。
そんなサーシャ様が亡くなった時、もちろんわたくしも悲しく思いました。
そして、不安もありましたし、それまで以上に精神的に不安定になっていくレオ様は公爵家の方々と、使用人一同にとって頭の痛い悩みでした。
そんな折、セオドア様がトリーシャ様と共にレオ様を育てるというお話が出たのです。
使用人達はようやくレオ様の癇癪から離れられると安堵する者、サーシャ様を長年悩ませていたトリーシャ様が、大事な跡取りを育てられるのかと疑問を持つ者がおりました。
わたくしは……トリーシャ様に会うのを少し楽しみにしていました。
その時は自分がトリーシャ様の担当となる事を知らなかったから能天気だった訳ですが、もしかすると、サーシャ様が言う様な難しい人柄では無いのではないか、という直感があったのです。
トリーシャ様は……最初にそのお姿を拝見した時は、サーシャ様の言っていたことは正しかったと感じてしまいました。
切れ長の蠱惑的な菫色の瞳は、美しいを通り越して怖気を振るうものでした。
女性的な曲線を描く肢体は、見つめていると女でもフラフラと惑わされてしまいそうになります。
まさに人間を誑かす悪女……いえ、邪悪な女神そのものでした。
しかし、彼女のもとで過ごすうちにレオ様はすぐに明るく子供らしくなって行きました。
それを不思議に思う痴れ者が多いのは嘆かわしい事です。
トリーシャ様は――見た目はともかく――優しい方でした。
サーシャ様は、思い返せば優しい言葉をかけて下さる代わりに、アレコレと使用人達に唐突にモノを言いつける事が多く、随分と忙しい思いをしていました。
しかし、トリーシャ様は多くを望まず、大袈裟な言葉ではなく、日常の中で感謝を伝えてくださいました。
それに、我々の仕事が不用意に増えない様に配慮し、自分で出来ることは自分でやり、それが難しい時は分かりやすく何が必要かを伝えてくれるのです。
気がつけば、不思議と屋敷の中は明るい雰囲気になっていました。
使用人達も前よりも活き活きと仕事をしています。
それは何故か。
トリーシャ様は不満を口にする事が少なかったのです。
サーシャ様は常に他の人の不満を、悲しむという体で口にされていましたから。
聞いている方も暗い気分になっていたのですね。
気がつけば、トリーシャ様のあの瞳を見ても……レオ様の姿を見ても、不吉に思うことは無くなっていました。
単に見慣れていないから忌避していただけの様です。
――早くセオドア様とトリーシャ様が結婚すれば良い。
今では屋敷の使用人の共通の認識でございます。
三連休も頑張って書きます!
応援よろしくお願いします!
誤字報告ありがとうございます!
助かってます!
報告してくれた方に届くか分かりませんがこの場を借りて感謝申し上げます!
届け!(^з^)-☆
₍˄·͈༝·͈˄₎ฅ˒˒₍˄·͈༝·͈˄₎ฅ˒˒₍˄·͈༝·͈˄₎ฅ˒˒
クロ シロ タマ
猫三連星!!!
誤字報告またいただいています!
多種多様な誤字脱字をしております!
いつもありがとうございます(〃ω〃)♡♡♡
十一月になっても誤字報告届いてます!
纏めてになってしまいますが、漢字や言葉遣いを直していただいてありがとうございましたり
勉強になります(╹◡╹)♡