第2-3話 トリーシャの過去。ドルシーの過去
ドルシーほどピッタリ同じでは無いが、亡くなった姉のサーシャもその美しいハニーブロンドの髪と美貌は善良なる女神によく譬えられていた。
もちろん、トリーシャとの対比である。
周囲は姉を散々称えた後に、気まずそうにトリーシャをチラリと見るのだ。
いや、気まずそうにする人ならまだマシな方で、嘲笑する奴らもいた。
姉のサーシャはそんな時は困った顔をして、周囲を窘めた。「トリーシャだってとっても可愛いわよ」と。
それを聞いた人々は口々にサーシャを尚更に褒めそやす。
「顔だけでなく心までも美しいとは!」ってね。
それを幼少期から何度も見せつけられたトリーシャはいつも苦々しい顔していた。
その顔を見た人は、トリーシャに怒りや嫌悪を隠さなかった。
「美しい姉がせっかく妹の為に言ってくれているのに、なんと生意気な!」と。
トリーシャは姉は嫌いじゃ無かったが苦手だった。
サーシャの言動によってトリーシャの立場は改善しないどころか、悪化するのを理解していなかったから。
いや、善良な誰からも愛される姉にはわからなかったのだ。
正義を振りかざして揮われる悪意がある事が。
トリーシャはずっと姉にもっと自分の為に一緒に戦って欲しかった。
甘えかも知れない。でも、トリーシャ一人では処理しきれない程の悪意を向けられ続けていたのだから。
それに、トリーシャに向けられる悪意の中には、サーシャと親しい人たちのサーシャに対する善意から来るものも混じっていたのだから……。
――「サーシャを困らせるな」「お前の様な妹がいるせいでサーシャは困っているんだ」「もしかしてサーシャに嫉妬しているんじゃないのか?」
だからトリーシャは姉から距離を取ろうとしていた。
なのに姉はそれが何故か理解できなかった。
距離を取ろうとする程に、妹と関わろうとし、上手くいかないと周囲に相談したりもした。
その相談を聞いた人達がトリーシャをどう考えるのか。
姉にとって優しい良い人達が、他の人にとっても良い人であり続ける訳無いのにね。
サーシャの言葉はみんなが受け入れたのに、何故妹だけは姉を受け入れないのか、どうしても分からない愚かな姉。
――「話し合えば誰だって分かり合えるわ」
美しい善良な女神の姉の言葉は、人々の心に届いた。
そして話し合えば誰でも結局は姉の言葉に従った。
実家がそこそこの爵位があった事も手伝って、サーシャにとってはそれは紛れもない真実だった。
ただ、妹のトリーシャだけはいつも拗ねて、反抗期で姉の言葉に従わないのだった。
トリーシャはいつだって姉とその周囲の悩みの種だった。
……というトリーシャの歴史を回想しながら、セオドア相手に一生懸命に話しかける健気なドルシーを頬杖突いて眺める。
いや、頬杖は良く無い。子供が真似するからダメね。
トリーシャは背筋を飛ばしてお茶を優雅に飲む。
現在レオは飼っている猫達と戯れている。
黒猫がクロ、白猫はシロ、茶色い丸い模様があるのはタマ。
全てトリーシャの命名である。
トリーシャは伝統を重んじる派である。
「あの時私の為に素敵なハンカチをくれたのがとても嬉しくて……。
まだ大事に取ってあるのよ」
ドルシーは頑張ってトリーシャが入れないタイプの昔話をしている。
「そうだっけ……ああ、それ祖母に貰ったやつだ。
ズボンで手を拭くのをやめろって言われて。
鼻血出したからあげたんだっけ?」
「鼻血……?そ、そう言われればそうだった様な……あ、そうだ!セオドア、お兄様と一緒に行った海辺の別荘を覚えてる?」
「うん……?あ、覚えてる。ドルシーが溺れて別荘の管理人のおじさんがドルシーを助けて人工呼吸を……」
「……え!?待って!え!?人工呼吸!?聞いてないんだけど!?
わ……私のファーストキス……」
ドルシーの金色の目に涙が浮かんできた。
トリーシャはドルシーがちょっと可哀想になってきた。
どうやら過去の記憶が美化されすぎなのが、思い出話に花を咲かせるたびに現実が露呈してきている。
男の子二人に女の子がついて行くのは大変で、怪我が絶えず酷い目に遭っている様が脳裏に鮮明に浮かんでくる。
ドルシーの兄は妹がどんな目に遭っていても気にしないタイプだったのに対して、セオドアは辛うじて怪我人の手当てを最小限はしていたみたい。
それでいつも助けてくれる優しいセオドアに憧れを……みたいな感じ?
でもそもそもドレスを着た女の子を連れ回してる男どもが悪いので、セオドアもそこまで王子様タイプでも無いぞ。
ドルシーがメソメソぷるぷるしているのを、セオドアは不思議そうに見ている。
ダメだ……この男は今は役に立たない。
「人工呼吸はキスには含まれないし、もしかして人工呼吸はしなかったんじゃ無いの?」
語気を強めにセオドアに言い聞かせる。
「え?でも……」
「人工呼吸とか溺れても必須じゃ無いものね!!
してないんじゃ無いの!?」
トリーシャが普段から悪い目付きを最大限に鋭くし、セオドアを悪鬼の表情で睨みつけながら、反論を決して許さぬ口調で詰め寄る。
「トリーシャさんがそう言うなら!そうでした!人工呼吸をする前にドルシーは目を覚ましました!
記憶が完全に鮮明に戻りました!」
セオドアの洗脳が完了した。
真実に目覚めた曇りなき眼をしている。
嘘の無い正直者の良い目をしている。
よし!無理を通せば道理は引っ込むのよ!
この世の全ては勢いで解決するのよ!
事実なんてどうでも良すぎる!
「ほ、本当?」
金色の傷付き怯えきった小動物がセオドアに、恐る恐る確認する。
「本当だ。溺れたけど勝手に目覚めて元気にしていた。
浜辺で砂の上で遊んだりして楽しかったよな」
「うん!楽しかった!楽しかったよね!」
ドルシーの美しい少女の頃の淡い幸せな思い出が守られた。
金色の大きな瞳から溜まっていた涙がポロリと一粒落ちる。
トリーシャはハンカチを差し出した。
「そのハンカチ、私が刺繍してみた奴なの。
初めての刺繍で下手だからそのまま返さずに使ってちょうだい」
「……ありがとう」
ドルシーは初めて笑顔をトリーシャに向けた。
幼い子供の様な無邪気な愛らしい笑みだった。
……なんだ、変に女の戦いなんて仕掛けないでそういう顔してたら誰でも落とせそうじゃないの。
トリーシャはドルシーの事は意外と嫌いじゃ無いかも知れなかった。
その後は昔話はせずに、近況の報告や雑談に終始した。
「そろそろ帰らないと……」
ドルシーが立ち上がる。
「セオドア様、送ってあげてください」
ドルシーが、良いの?と聞く様な表情で見返してきた。
トリーシャは軽く頷く。
「女の子一人じゃ物騒だもの」
ドルシーはモジモジしながら上目遣いでトリーシャを見る。
小柄だから乙女っぽくてそういう動作似合うなぁ。
トリーシャには似合わない。
「あの、トリーシャさん、また遊びに来ても良いですか?」
「ええ。でもセオドア様はこれから少し仕事が忙しくなるから……」
「いえ!トリーシャさんがいれば良いです!」
「え?そう?……良いけど」
断る理由もない。
「じゃあ……またね!トリーシャ!レオも!」
手を顔の横で振りながら去っていった。
……懐かれた?
戦闘モードだった筈なのに、ドルシーが自爆しかけて呼び捨てされる仲になってしまった。
「妬けますね……」
セオドアがポツリと呟きつつドルシーの後を追う。
妹分とられて?それとも?
トリーシャは肩をすくめた。
作者⭐︎評価付けてもらえると元気になります!
あと良いねも欲しいです!
作者はドルシータイプよりもサーシャタイプが苦手です!
感想欄よく見たらログイン制限ついてたので外しました!
感想欄は好きに使ってください!
私もあとがきは割と好きに使います!
あと、昨日久しぶりに転んだら手のひらと膝を擦りむきました。
致命的に痛かったけど泣かなかったのでいいね下さい!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
読者様に忘れ去られない程度には更新したいと思います。