表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/63

第1話 悪役に転生しちゃった

「そんな……姉さんが死んだなんて」


 両親が涙を流しながらトリーシャに告げた悲報。

 とても現実のことには思えずにトリーシャは固まって何も言えない。


 馬車が嵐の中土砂崩れに巻き込まれたそうだ。

 姉のサーシャとその夫は死亡。その中で5歳の姉の子供だけが生き延びたのは奇跡だった。


 トリーシャは姉との日々を思い出す。

 華やかなハニーブロンドに蒼穹の瞳。

 いつも自信満々で何でも卒なくこなす姉。

 トリーシャにとっては自慢でもあったが、それ以上に妬ましさや疎ましさも大いにあった姉。

 

 姉が嫁いだ先は歴史あるアイバン公爵家の長男、アイザック・アイバン様。

 結婚してすぐに一人息子のレオを産んで幸せいっぱいだったはずなのだ。


「まだ5歳のレオは向こうで引き取られることになった」


 父の言葉に少しショックを受けたが、考えてみれば当たり前だ。

 向こうからすれば跡取りの忘れ形見。

 つまりはレオこそが今や公爵家の跡取りになったのだ。


 当然ではあるが、それでも両親は悲嘆に暮れた。今後は可愛い孫と会う機会が殆ど無くなるだろう。


 葬儀は粛々と進んだ。

 特に公爵夫人の悲しみは深いようだった。

 孫を抱きしめて俯き涙を堪えている。


 トリーシャも目元を黒いベールで隠した喪服姿で目立たない様に参列しながら、周囲の様子をそっと窺っていた。


 そこで初めて見る若い男性がいるのに気がついた。

 背筋が伸びた精悍な顔立ち。


「お母様……あの人はどちら様でしょう?」


 そっと母に近づいて聞いてみる。


「アイザック様の弟君よ。名前は……セオドア様。

 サーシャの結婚式の際には戦場に行っていらして不在だったわね」


「軍人さんなのね」


 トリーシャはポツリと呟いた。

 黒髪と黒目の凛々しい横顔に目を奪われる。

 そこで突然の頭痛に襲われた。


「う……」


 痛みに下を向くトリーシャは、姉を失った悲しみに暮れていると周囲には思われたのだろう。

 不審そうにする人はいなかった……様に思う。

 一人、心配をして声を掛けてくれたアイバン公爵家側の人がいたが、とにかく一人になりたかったので断りを入れてから屋内に入る。


 そして、一人静かなところで休ませて貰っていた。

 そして、頭痛が止んだ頃に姿見で自分の顔を確認する。

 艶やかな黒髪に菫色の瞳。

 十分に美人の範疇に収まるものの、少しキツイ目付き。

 トリーシャは思い出したのだ。

 自分が前世は日本人でしがない会社員だったこと。

 そして趣味らしい趣味が、恋愛小説を読むことくらいだった事を。

 


 ここは前世で読んだ物語の世界。

 その物語の主人公の名前はレオ。

 そして私、トリーシャはレオを虐げる叔母だった。



 これからトリーシャはレオを育てる名目でセオドアに取り入って結婚する。

 トリーシャは姉の葬儀の際にセオドアに一目惚れしていたのだ。

 そして、セオドアと夫婦らしい生活をほとんど何もする事なく、セオドアはあまりに早く死亡する。

 トリーシャは10代にして未亡人、そしてシングルマザーになる。

 

 その上でトリーシャの両親は流行病で亡くなる。それも死ぬ前に失敗した事業のせいで多額の借金を残して。

 

 その後レオを冷たく無視し虐げる様になるのだ。

 何故レオをそうなっても手放さないか。

 それは、アイバン公爵家から養育費を引き出す為だった。

 トリーシャとレオは同じ問題を抱えていた為に公爵家に無理にレオを奪われることは無かった。

 周囲から疎外されがちになる……ある問題を共有していた為に実の祖父母からも距離を置かれたのだ。

 トリーシャが甥っ子を嫌ったのは同族嫌悪もあったのかも知れない。


 そう、レオの髪は黒く、瞳はトリーシャと同じ菫色。

 この世界の神話に出てくる不吉な神とその手下達と同じ色。

 トリーシャが綺麗な顔立ちの割に今まで恋人の一人もいないのは、その見た目の不吉さからだった。

 子供の頃から周囲から距離を取られ続けた為にトリーシャはすっかり捻くれ者に育ってしまったのだろう。




 葬儀から数週間後のことだった。

 トリーシャの家に突如の訪問があった。

 使用人が対応しているのを少し離れたところから見ていたトリーシャは、直ぐに階段を降りて玄関へ向かう。


「セオドア様?セオドア・アイバン様!?」


 トリーシャの声にセオドアが、ふと視線を向けてきた。

 目が合うと、セオドアは軽く会釈をした。


 トリーシャも慌てて頭を下げてからそばへと向かった。


 客間に通してから両親と共にセオドアから話を聞いた。

 

 公爵家で現在レオを育てているが、両親の不在に非常に精神的にナーバスになっているという。

 それに手を焼いて公爵夫人は最近体調が優れなかったのが、更に具合を悪くしてしまったそうだ。


 もちろん使用人達が主にレオの身の回りの世話をしている。

 しかし、その見た目の不吉さと、彼の両親は即死したのに本人は怪我一つなく生き延びているという所が使用人達に不気味がられているらしい。

 

 その上レオの特別な血筋で、使用人達も萎縮してしまい、レオが癇癪を起こしても怒ることもできない。

 泣いているのを慰めるのも、腫れ物を触る様な状態になっているとの事だ。


 突然に泣いたり怒ったりするレオ。


 セオドア様は幼いレオを引き取って育てるつもりだと言う。

 しかし、まだ独身のセオドア様が育てるのには親族からの反発が強かった。


 セオドアが正統なる公爵家の幼い跡取りのレオを害するつもりがあるのでは無いか……と疑われているという。

 確かに兄弟間で家の家督や財産を奪い合って血で血を洗う関係になってしまうのは、貴族の中では良くあること。

 しかし、セオドアには更に疑われかねない事情もあった。

 

 と言うのも、亡くなった長男のアイザック様の御生母は――もう何年も前に病に倒れてこの世を去っているが――彼女は王族出身だった。

 その為にレオには王家の血が流れているのだ。


 それに対して、後妻であるセオドアの母親セリーナはアイバン公爵家に連なる子爵家出身。

 セリーナは王家の血を引く跡取りのアイザックを育てる為に公爵と政略結婚したと言っても過言ではない。


 つまりは、セオドアよりも血筋が良いレオの方が公爵家を継ぐのに相応しいと多くの親族が見做している状況。

 

 そこで、セオドアはトリーシャに契約結婚を持ちかけて来たのだ。

 レオと血の繋がりのあるトリーシャが妻としてレオの近くにいれば、親族達にレオを害する気が無いという事を示せると言うのだ。


 物語と少し違うな……。

 物語では確かトリーシャ側からセオドアに話をしに行っている。

 だが、セオドアの語った内容は概ねトリーシャが知っているのと同じだった。

 


「トリーシャ、良い話じゃないか!」


 両親は手放しで喜んだ。

 レオがトリーシャの義理の息子となれば、今後も偶に会う機会が得られる。


 しかし、できるならお断りしたい。

 目の前のセオドアはもうじき死ぬのだ。

 そして両親も。



「いえ……私たちは知り合ったばかりですし」


 トリーシャは当然だが断る。

 もちろんレオを虐げる事はしないが、貧乏未亡人シングルマザーになりたく無い。

 多少苦労があってもレオは公爵家で跡取りとして暮らした方が良いはずだ。

 


「何を言っているの?貴女はもう良い歳なのに婚約者もいないじゃない」


 この世界での母が眉を顰める。

 トリーシャと同じ黒髪で見た目も似ているが、目は涼やかな青色。

 この瞳の色の僅かな差で人生にどれほどの違いが生まれたことか。

 しかし母は純粋に心配しているのだ。

 この様に不吉な姿に生まれた娘は、きっと今を逃せば碌な男と結婚できないに違いないと。

 

「では……婚約者という形でも良いです」


 セオドアが粘り、両親が許可を出してしまった。

 残念ながらトリーシャに拒否する事は出来なかった。

 ここから婚約を破棄する方法……何か考えださないと。


 

 

読んでいただいて嬉しいです!

良ければ評価やいいねを押してもらえると更に嬉しいです。

皆様のご協力のお陰で総合ランキングにのることができました。

この場を借りて感謝申し上げます。

今後ともよろしくお願いします。



誤字報告ありがとうございます!

毎日報告いただいてます!

少しずつ作品完成度が上がってます!



ようやく秋めいた気温になり、鈴虫の声が賑やかになってまいりましたが、誤字報告まだまだ頂いております!

助かります!ありがとうございます!


6月21日

誤字報告ありがとうございます!助かります!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ