第3話
「れいきのもり?なにそれ。」
仁成にとって今いる場所こそが彼女が言った『れいきのもり』であると推測するのは容易であった。ただここがどんな場所なのか今の今まで気にも留めていなかったため実際にはどんな危険がここにあるのか、それが知りたかった。
「そこからか~。まっ、ちゃんと説明してあげるよ。『霊亀の森』、ランクはA級。出てくるモンスターはさっきの亀とその親亀のボスの2種類。後は勝手に住み着いてるゴブリンとかのモンスターかな。ランクは子亀がC級、親亀がS級、勝手に住み着いてるのはどれもE級の雑魚だらけ。とりあえずはこんな感じね。なんか質問ある。」
「はい質問です。南さん。」
手を挙げて質問をすると「はいどうぞ仁成君。」とまるで教師と生徒みたいなやり取りをする。この子は随分とユーモアがあるみたいだ。
「まさかさっき吹っ飛ばした亀がそれぞれS級の力を持っているというのか?随分簡単に倒していたように思えたけどなんか強力なスキルでも持ってるのか?」
「スキルが強力なのはあっているけれどさっき倒した亀が子亀よ。親亀はここ。」
奈々はそう言ってすぐ下を指さした。仁成はまさかと思いつつも、それが事実だと思いたくなく否定の回答を求め、再度質問をした。
「えっと、もう1つ質問いいですか南さん。」
「はいはいどうぞ仁成君。」
「まさかとは思うけどこの山全体が亀の甲羅の上に乗っかってるとかじゃあないよね?」
1つの山を丸々乗っけるなんていくらモンスターだとしても常識ってものがあるだろう。
仁成は奈々からの否定の言葉を期待していたが、それもむなしく帰ってきた言葉は「お見事!」というまったくもってうれしくない回答だった。
「無理だ。そもそも俺は子亀すら倒せないどころか一方的にやられるくらい弱いんだぞ。」
仁成がそう言うと奈々はきょとんとした顔になった。
「一方的に……?ああ、もしかして群れに遭遇したことがあるの?だったら私でも厳しいと……」
「違う……」
どうやら彼女は俺がかなりの強者に見えるようだ。彼女にとってはA級のダンジョンに一人で侵入して生き残り続けているとしか見えないのだから。
仁成は奈々に少し待っているように伝えると奥のほうからあるノートと剣を持ってきた。
「そうだな、まずは俺のスキルを教えよう。俺のスキルはランクが特E級、『不死』だ。」
「なるほど?それじゃあこのノートと剣は?」
もしもの時に使う予定だったがどうやら信じてくれたようだ。
仁成は剣を奥に放り投げて、ノートの説明を行うことにした。そこにさっきまでの緩い空気はなく、あるのは重々しい空気と響いた剣の音だけだった。
「信じてくれるならあの剣は必要ないな。このノートは俺の日記みたいなものだ。今までにおれがどうやって死んでいったかを詳細に書いたやつ。大体死んだ後に書くからある程度の耐性がないと気分が悪くなるけど見るか?」
奈々は首を横に振った。まあ無理もない。このノートに書かれているのは支離滅裂な言葉や殺したモンスターへの怨嗟など、到底日記といえるものではないものだ。
「苦労してきたんだね。」
憐れむような眼。やめてくれよ。共感なんてしなくていい、してほしくない。死の共感なんて不可能だろ。これは生きている俺しか感じたことがない、今を生きているものの中で俺しか感じられないものだ。
「君にはこの苦労は分からないだろ。強くて、まだ1回も死んだことがない君が!」
きっと今の俺はひどい顔をしているだろう。初対面の人にこんなひどいことをよく言えるもんだ。
奈々はずっと黙っていた。ずっと黙って、僕のほうをじっと眺めていた。
「私は強い、か。君の苦労を知ったように言うのは軽率だったよ。ごめん。でも、私は強くない。確かにスキルは強力だけど、それでみんなを守れなかったのなら意味なんてない。」
奈々は洞窟の入り口のほうに振り向いて言った。
「ダンジョンブレイクが起こったとき、私は学校にいたの。学校は楽しかったし、仲のいい子もいた。私はその時から覚醒者になっていたから何かあったら絶対にみんなを救って見せる。そう心に決めていた。でもね、現実はそう甘くなかったんだ。気づいたら校舎が壊れていてほとんどが瓦礫に埋まっていた。友達はね、虫の息だったよ。残された時間は1分もない。最期に彼女が言った言葉は『生きて』だけだった。」
彼女は再び仁成のほうに振り向いた。苦しい、泣きたくなるのを我慢して、無理矢理に笑顔を作って仁成ほうへ近づいた。
「私はね、正直言うとこんな世界で生きたくないんだよ。でも、最期に『生きて』と、そう言ってくれたから、私は頑張って生きてきた。」
彼女はまだ心が成熟していない少女だ。なのに俺よりもずっと強く振舞ってきた。
「もう一度聞こう聖仁成。私と一緒に『霊亀の森』を攻略しよう。大丈夫。私は絶対に死なない。作戦だってある。」
まっすぐと仁成のほうを向き、奈々はゆっくりと手を差し出してきた。
A級のダンジョンは本来S級の覚醒者が束になってようやく攻略できるようなものだ。それを2人だけで、しかもそのうちの一人はただ死なないだけのほぼ一般人なので、1人で攻略してみせると奈々は言っている。
仁成は迷っていた。彼女の手を取ってもいいのか。少なくとも数刻前の仁成だったら断っていただろう。でも奈々の覚悟を知った今、簡単に突っぱねるほど心は腐っていない。
「わかった。俺にできることならなんでもしよう。」
仁成は差し出された手を握ろうとした。しかし、奈々は寸前で手をひっこめた。驚いた顔をすると奈々はにやりと笑い、「私、利き手が左なのよね~。」と言い先ほど差し出した手と反対の手を差し出してきた。
「俺も左利きだよ。」と言い、今度こそ二人は握手を交わした。