【河童という神】
この物語はフィクションであり、登場する組織や人物は実在のものとは一切関係ありません。また、物語には独特な考えが表れますが、これは物語を読みやすくするための要素であり、私個人の信念とは異なります。この点を理解いただいた上で、物語をお楽しみいただければ幸いです。
食糧庫にいた中国の外交官は、表では外交官である。しかし、裏ではスパイ行為を働いているのだ。また、モッカの悪魔は伝説とされているが、この世界に存在しているか否かははっきりしていない。モッカの悪魔は、モッカ帝国への脅威であり、社会主義国にとっても邪魔な存在である。だが、南の蛮族では「河童」として崇められている神だ。河童とは妖怪ではあるが悪い妖怪ではない。川で人をさらうことで有名な妖怪であるが、実はさらっていない。なぜなら、河童は人がおぼれているところを助けているのだ。極稀に、人が溺れて死にそうなときがある。ただ、助けるだけでは溺れている人間の命は救えない。だからこそ、河童は人を助けるために河童の世界に連れていく。そういうこともあって、川で溺れて死体が見つからないことがよくあるが、実は河童の世界に連れていかれているのである。その時、人間は河童になる。河童という生物のならないと溺れて死にかけの人間は死んでしまうからだ。まあ、ものすごく話は脱線したが、河童という妖怪は南の蛮族にとっては、悪い伝説ではなく、良き伝説として残っている。そして、「河童」とあがめられた神だが、戦国時代の時にいたといわれる。また、モッカ帝国ができた時期でもある。その生まれ変わりが、西暦二千年前後に生まれるという伝説が戦国時代から伝わった。その噂もあり、一九九〇年から日本中で「河童」の生まれ変わりを探すための検査・研究などが行われるようになった。南の蛮族は「日本統一のため」に、モッカ帝国などの社会主義国は「日本での個変主義派の闘争心をなくすため」にという各陣営の「河童」争奪戦が始まる。個変主義とは、他人と自分が変わった考えであるべきとしている。同じ考えになる可能性ももちろんあるといえる。自分としての答えを導き出したのであれば、同じ答えだったとしても個変主義とされる。「変人」とは、個変主義派の中では誉め言葉である。個変主義について理解できない人もまた変人としている。また、南の蛮族のほぼ十割が個変主義派であるためにウークたちもその考えが身体に染み込んでいるといえる。逆に、モッカ帝国では個変主義はタブーであるために南の蛮族は野蛮な民とされている。モッカ帝国は社会主義国であると同時に軍事至上主義国でもある。だからこそ、国民は軍の兵士として生き、自分の個性を出すことは一切許されていない。そして、上下関係が厳しい国でもある。上の命令は絶対。年上の命令は絶対。モッカ帝王の命令を背くことは村自体の命を失うことになる。だから、誰も帝王様に背く奴はいない。南の蛮族以外は…
次話、11月2日17時から公開予定です。




