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5.流れる人たち(中)

 周囲一面を砂漠に囲まれた街『シーア』

 そこは、オアシスを中心に石造りの道と階段が放射状に広がる、美しい街だ。


 ランドマークとなる噴水から(あふ)れ出した水は、馬車の行き交う石畳み(いしだたみ)の上を流れていき、やがて河へと繋がっていく。水辺には緑と木々が並び、馬車道を見下ろすように建てられたアーチ橋では、憩いや交流を楽しむ人々がいる。


「それで人相屋。俺たちをこんなところに連れてきてどういうつもりだ? それに、クッキーまで……」


 馬車で鉱山からは一時間ほどの道だった。不満より戸惑ったような表情を浮かべ、レイは先導するクリスに声をかけている。クリスが応えるより早く、クッキーと呼ばれたぽっちゃりした少年が、紙袋をいっぱいに抱えつつのんびりと口を開いた。


「いやあ、僕はちょうど買い付けもあったので構いませんけど」


 彼は『クッキー・ボムマン』鉱山労働者の主力、鉄鎖団(てっさだん)の中でも数少ない読み書き計算に長じた少年だ。団長のイルムガルトがカリスマと腕っぷしに優れているのと対照的に、クッキーは見かけに合わず聡明で、鉄鎖団の頭脳だと評判も高い。


 クリスは街の中央へ向かおうとしているようだった。進んできた道なりでは、いくつも建造中の建物とすれ違っている。街の外周では、人口の増加に合わせて新たな建築に沸いていた。


「言ったでしょう。本当の広告ってやつを教えると」


 言いつつ、クリスが立ち止まった。めぼしい店や家屋も少ないのか、人通りはまばらだった。


 レイは古びた壁に手をついて言う。


「広告……って言うがなあ。俺が頼んだのはポスターだぞ。なんか、ばーんと描いてくれれば良いんだ。で……ほら、こういう壁に貼ればいい」


「ちっ、ちっ、ちっ。レイさんはまだわかってないみたいですね」


 クリスは壁の前に立ち、ぱし、と手のひらで壁に触れた。壁はそこら中に求人が貼られている。


「この壁を見てください。ボクはこの街に滞在していたからわかりますが、この街の壁は大体こんな感じです」

「そうだね。僕らも鉱山に来る前はこの辺にもいたけど、シーアの求人はすごいね。……っとと」


 クッキーが首肯するのに合わせて、両手の紙袋が揺れる。中身が飛び出さないようにクッキーは紙袋を押さえた。


「そりゃ、この街の被害は比較的マシだったからな」


 多くの都市が被害を受けた、オーリアを東西二分する戦争は五年前に終結している。比較的被害の少なかったシーアの街は、復興の進む過程で発展していた。


「そう、滞在するにも困らないし、馬車で近隣の村へも出やすい。それに、人が集まってきたことで新たな家屋や店も建築ラッシュ。つまり、働き手にとってよりどりみどりです」


「だからこそ、この街にポスターを貼りまくって少しでも人を増やそうとしているんだ。人材は奪い合いだからな」


 鉱山では多くの人手が必要となる。掘る者、坑道を作る者、土や採掘物を外に出す者。掘れる石炭の需要がいくら伸びようと、人手がなければそこはただの砂山だ。


「その競争にどうやって勝とうと?」

「そ、そりゃあ……。未経験歓迎とか、アットホームな職場とか……。祖国に報う夢ある仕事だとか、そういうのでだな」


 クリスがレイの言葉にため息を吐いたとき、クッキーがよたよたと一枚の求人を剥がした。それをレイに差し出しながら言う。


「クリスくんの言うこと、僕は何となくわかりましたよ。それ見てください。子供は応募できないですから」

「……しかし、大人の手も必要なんだ」


 いかに求人があれど、住み込みとなれば数は減る。まして、身分や来歴のはっきりしない少年や少女も応募可能となれば、百あるうちのひとつかふたつくらいだろう。


 レイの表情はどこか苦々しく、苦痛さえあるように見えた。


「レイさんて、本国出身ですよね。ここは『オーリア』属領(ぞくりょう)なんです。ここでは理念とかそういうのじゃなくて、金とか休みだとか、もっと即物的なものじゃなきゃ選ばれないんですよ」


「そんなことはわかってる。俺だって、魔法だけを頼りにここでやってきたんだ。だが……。鉱山を……。いまは何とかしなければ、意味がない」


 今にしてみれば、クリスが少年の立場で働かざるを得なかったクッキーを連れてきた理由はここにあったのだろうと推察できる。


 クリスはこう言っているのだ『住む場所もない孤児を働かせろ』と。実際、鉄鎖団を鉱山に引き入れたのもレイだったし、クリスを拾ってきたのもそうだ。


 レイの言葉は耳に入らないように、クリスは冷淡な笑みを浮かべている。ポスターの件が出て以来、普段見ているクリスの明るさや無邪気さは鳴りをひそめ、まるで合理的で現実主義のビジネスマンみたいに変わっていた。


「さしずめ、ゼロから始める一攫千金! とでも煽りましょうか。いかがです?」

「やめろ。そう言うのじゃないんだ」


 レイの静かな静止にも、クリスは動じない。


「見積もりに出ていたバジェットは10万オード。そこからデザイン費と版下(はんした)制作で4万オードが引かれて、さらに手数料が2万。はっ。法外ですね。残った4万で印刷して、単価が100オード……」


「たしかに、10万オードもあれば半年は暮らせるなあ」


 クッキーが天を見つめて唇を歪めた。


「400枚貼ったとして、そこらへんでしたか。こんな、人通りも少ないところに貼ったとして、一日に何人が見つけます? 仮に10人として、わざわざ遠くて鉱山まで来るのは何人になることやら」


 もうクリスは何かに取り憑かれているようだった。整った顔立ちから振りまかれる(いて)つく呪詛(じゅそ)みたいな言葉は、のんびりしたクッキーの存在をもってしても、気まずさを隠せていない。


「厳しい指摘だ。書き留めておくべきだろう」

「……っ」


 そこでクリスは何かを思い出したように、ぽつりと言った。


「すいません。言いすぎました。どうしても、こういうことになると私は……」

「いや、構わんさ。それに……良い部下の姿を見て、触発されるやつもいる」


 レイの視線は熱心に書きつけられる軍支給の帳面に向けられていることだろう。ここに記されていくクリスの言葉は、軍一筋のレイにとって新鮮な刺激でもある。どこかで作戦に活かされるなどと考えるのは、期待しすぎだろうか。


「それで、クリスくんはどうやって鉱山に人を集めるんだい? 僕はレイさんに声をかけられてイル、団長に相談したけど」


 クリスは下を向き、ハッチ帽で目元を隠しながら話し始める。


「……はい。解決するのは三つ。ひとつは鉱山という職場に持たれている印象を良くすること。それから、働きたい人の気が変わらないようにできること。最後に、目立つことです」


「難しいなあ。それなら毎回レイさんが街に来た方がよっぽど楽そうだよ」


 クリスは細い指を三本立てた。


「候補地点は三つ。ひとつは馬車道。それから大階段。最後に中央噴水です」


「なら、教えてもらおうか。お前が考えた『広告』ってやつを。クッキーには悪いがもう少し付き合ってもらうぞ。それ、半分寄こせ」


 レイはクッキーが抱える紙袋のひとつを受け取ると歩き始める。

 その後ろを、袖口で目元を拭いながらクリスも続いていく。


「もちろん。興味ありますよ。あ、ついでにこれも持ってくれますかね」


 ほとんど手ぶらになったクッキーは軽快に駆けていった。

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