4.流れる人たち(前)
正面には虹を呼ぶかのように噴水が設けられ、左右には壁のように続く大きな階段が見える。その階段は馬車道をまたぐアーチ橋に繋がっていた。
オアシスを水源に発展した街『シーア』を象徴するのは、これらの美しい建造物だ。水と自然、そこに石造りの人工物が調和していて、街の外に広がる一面の砂漠を忘れさせてくれる。
そんな美しくも整った街並みの一画では、ディーラーを囲うみたいに軍服の四人が向き合っていた。
「馬車道、大階段、中央噴水。一体、どこでの目撃情報が多くなるのか? いくつかの情報からそれは明らかなんです。それに私は、その方法にも辿り着きました」
ディーラーの位置に立つ、『ひとつ星』の腕章を付けたハッチ帽の人物が、ゆっくりと語り始める。
「……どういうことだ。人相屋」
人相屋、そう呼ばれた人物が被っていたハッチ帽を脱ぐと、柔らかそうな金髪が垂れた。瞬間、まるでフリージアのように可憐な面立ちが露わになる。
彼女はクリスティーナ・アーロニィ。愛称クリスで呼ばれる、人相屋にして魔法画師は己を少年に見せていた。
その透き通った大きな目には確信が宿っている。淡い夢が溶けていくように、ほのかな香りが風に消えた。
「…………です」
クリスは、驚くレイを無視して言葉を続ける。
「君も、そう思うだろう?」
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「人集めのためにポスター……ですか?」
執務室に呼び出されたクリスが戸惑った声をあげている。執務机に着く彼――レイはその反応を気にもしないように、質問を続けていく。
「できるか?」
レイの言うポスターとは、この鉱山の求人を告知するものらしい。『絵が描けるならできるだろう』そんなレイの憶測でクリスは呼ばれているらしい。
「え? いや、まあ、うーん。ポスター? 本当にポスターですか?」
クリスはハッチ帽を握りしめ、視線をふらふらと泳がせている。思案しているような、迷っているようなそんな曖昧な視線だった。
「だからそう言ってるだろう。勧誘に街を回る時間も惜しくなってきてるんだ。そこらに貼れたら手間が省ける」
「そこら? そこら……ですか? 人の募集なんですよね……? じゃあ、そのポスター見た人はどうするんです?」
執務机を指で叩きながら続けるレイの言葉に、クリスが食いつくように反応した。それは誰から見ても、やや過剰な反応だった。
「ん? どうって、ここに来てもらって働いてもらうわけだが」
「ここに……来てもらう。そこらに貼って……?」
クリスは目を見開くと同時に、ふらふらと壁に握りこぶしを押し付けている。
「落ち着け……私。レイさんは……ド素人だ。赤ん坊だと思え。そう、そうなんだ」
「何をぶつぶつ言っている。できないなら街の業者に頼むぞ。もう見積もりも取ってるが、絵ならお前だろうと思って聞いてるんだ」
――見積もり。クリスはその言葉に反応して、口を開く。
「見積もり、見せてください」
「ん? あぁ、これだが」
クリスはひったくる様にレイから見積もりを奪い取った。
そのまま、一気に紙面を舐めるように凝視すると、
「フン!」
クリスはそれを真っ二つにした。
「お、おい! 何をする!」
「こんな内容じゃ人は集まりません。後で貼ったのに来ないねえ、だとか、もっと金を積めば……だとかの不毛な結果が出るだけです」
真っ二つの見積書に慌てるレイに対して、訳知り顔のクリスは大仰に腕を組んだ。
「……ずいぶんな物言いだな。ならお前は街の業者より人の募集ができるって言うのか?」
「もちろん。何なら、鉱山のイメージだって変えてやりますよ」
鉱山の働き手が足りないのは、石炭の需要が伸びたほかに、似た仕事が多いことも理由だ。オーリアでは戦後の復興が盛んに行われており、肉体労働ならよりどりみどりの状況と言えよう。
そんな中でわざわざ、熱くて、汚くて、危険な鉱山で働こうとするのは、代々の鉱夫か住み込みでないといけない訳ありの連中くらいだった。
「イメージ……? なるほど。お前には魔法があったな。ポスターを見るだけで働きたくなるような印を描けば、確かにいっぱつだ」
レイがそう言った瞬間、小柄なはずの少女の姿が一気に膨らんで見えた。
「ま、魔法……? 魔法ですって……?」
「そういう使い方も、できるだろう?」
「ば……バカ言わないでください!!!!」
どこから出したのだと言わんばかりの声量は、ほとんど絶叫のように耳を刺してくる。レイも驚いたのか、のけ反っていた。
「わたしは……私は……」
急に小さくなったクリスは、そこで言葉を区切り、こちらに背を向けた。どうやら執務室から出ていくつもりらしい。
「……明日、私に付き合ってください。ポスター……いや、」
振り返ったクリスの瞳は怪しく光り、唇には凄惨な笑みが浮かんでいた。
「見せてあげますよ。本当の広告ってやつを」
「お、おい! 待っ……」
扉が閉まる。レイは背中を椅子に預け、視線を脇に反らした。
「一体……なんなんだあいつは」