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夢見る魔法画師は自由泥棒と謎を解く  作者: 吉川緑
クリスとレイと鉱山と
2/6

2.本物はどっち?

『レイ・バレル・テザム』彼はこの駐留軍中佐という地位に加えて『右上ふたつ星』の腕章持ちだった。腕章に星をつけることは、羨望の眼差しでもあり、宿命の象徴でもある。


「トマ相手にその帽子はいらないんじゃないか?」

「トマはガキだからいいですけど、出入りの男らに女とばれたら面倒ですから」


 クリスはハッチ帽を直しながら進む。その腕には、『左下ひとつ星』の腕章が巻かれていた。レイの視線がクリスのハッチ帽に描かれた、男性を示すマークに向けられる。


「『魔法画師(まほうえし)』描いた物に新たな役割を与える……か。まんまと俺も男だと騙されたな」


 『星つき』の腕章は魔法の行使ができる人間の証だ。クリスは魔法を施した帽子で自身を男だと認識させている。


「私にとってはいい迷惑です。だって……」

 ――ただ、絵が描きたいだけなのに。


「だって……。なんだ?」

「何でもありません。それで用は?」


 クリスはふわふわとした金髪を揺らし、青く澄んだ目をレイに向けた。その整った顔立ちは、子供と大人の間で揺れ動きながらも調和していた。


「あぁ、そうだったな」


 応えるレイの目は誰も気づかないほど僅かに、地面へ向けられていた。魔法を使う者への視線が複雑なことを、彼はよく理解していたし、彼自身、ひとりで戦車十二台を堕としたオーリア戦争の英雄だ。そのレイですら、経験した不遇は数知れなかった。


 とはいえ、レイが軍で有力な立場なのも、クリスが飛び級尉官なのも魔法の希少さと有用さゆえなのだ。


「新入りに『同僚』とマークして欲しいんだが、面倒なことになってな」

「面倒?」

「見ればわかる」


 レイは肩をすくめつつ、タープの端をめくる。中では、二人の男が椅子に縛り付けられて呻いていた。


「うげっ……」


 クリスが思わず声を漏らしたのも無理はなかった。二人のうち、細身の方はシャツであったろう布がビリビリに破け腰布みたいになっているし、もう片方の小太りは殴られたのか、顔のあちこちが腫れている。


 縛られるまでの荒事、二人の有様はそれをありありと想像させた。


「……私の腕は拷問に向きませんよ」

「新入りだと言ったろ。それに、これはこいつら同士の喧嘩だ」


 レイの涼しい声にクリスは引きつった声を漏らす。


「えぇ……」

「元気がある方が好きだぞ。俺は」


 困惑の表情を浮かべるクリスを無視して、レイは二人の口布を外す。途端に、縛られていた二人の叫び声が響いた。


「ザッツマイン! ヒーズワナッフォールト!」

「ノーノーノー! ザッツマイン!」


 彼らの言葉はこの付近で使われているものではない。クリスは耳を抑えながら、彼らの言い争う声を聞いた。


 ――こいつが俺の身分証を。 ――いいや、それは俺のだ。 ――ふざけるな!


「身分証? そのボロ雑巾みたいのがか?」


 呆れつつクリスは、ビール樽の上に散らばった紙片に目を写した。言い争いの断片的な話から推測すると、争いの原因はこれらしい。


「んー? 口元……に黒子(ほくろ)。耳たぶに……傷? 右……これじゃあ読めないな」


 紙は身元保証用の人相書のようだ。別の鉱山が発行した台紙に特徴などを貼り付けた、ごくごくありふれたもの。しかし、目の前のそれは、破られて文字が切れてしまっているのにくわえ、一部は失われている。

 クリスはレイの言う面倒事の意味をおぼろげながら察した。


「この二人のどちらかが新入り……と?」

「その通り!」

「得意げに言われましても……」


 頬を引きつらせるクリスと腕組むレイの姿は対照的だ。


「得意だろ? こういうの」

「合わせ絵屋じゃないんですけど!」


 クリスの反論を遮ってレイは続ける。


「まあ聞け。簡単に言えば、採用は一人なんだ。そのはずが、待ち合わせ場所には取っ組み合いをする二人。おまけに身分証はあの有様だろう? 俺にはどっちが新入りか区別がつかん」


「……あのパンくずみたいな紙で見分けろと?」


 クリスは元々、旅の人相屋だった。それゆえに、乏しい特徴から顔を描いたり、細かい特徴から人を見分けたりするのは得意だ。くわえて、魔法で『同僚』だと印を描いておけば誰もが一目でわかる。着衣や体の汚れが激しく、異国語の飛び交う鉱山では重宝した。


 とはいえ、印もなく手がかりも乏しいとなれば、簡単に見分けられるものではない。


「そのために女のお前を門番にしている」


 レイの人を食った笑みと発言に、クリスの金髪がぶわっと広がった。噛みつくような勢いでレイに突っ込むものの、リーチの差でクリスは頭を抑えられてしまう。


「この自由泥棒! 人さらい!」

「はいはい。本物には新しく描いてやっていいから」


 ぴく、とクリスは動きを止めた。


「それならまあ……いいですけど」


 クリスが見るところ、ほかに適任がいるとも思えなかった。職場柄、肉体派の人間が多いし、そもそも見慣れていない異国の人間を見分けるのは難しい。ましてや、片方は顔を腫らしているのだ。


「でも、なんでこんな厳しく管理するんですか。いっそ二人とも雇えば……?」


 この鉱山の主な産出は石炭だった。鉄道の敷設が広がりつつあり、必要な量は増えている。それならば、人手は多くても問題にならない。


「いいからやれ。命令だ」

「へーへー」


 中佐からの命令を准尉の立場で逆らえるはずもない。クリスは散り散りの紙を眺めつつ、二人の顔を見比べる。


「ふーん。なるほど」

「なにがだ?」


 何かを掴んだ様子のクリスにレイが問いかける。


「なんか紙ください。分かるようにしますから」

「紙ったってな……。あぁ、これでどうだ」


 レイのポケットから取り出されたのは雑に折られた裏紙だった。クリスが広げると曲がった文字使いで『火気注意!』と書かれている。

 それを見たクリスの表情が歪んでいく。


「あぁもう。なぜちゃんと、まっすぐ真ん中に書かないんですか。発行印もないですし」

「注意喚起には十分だろう? それよりこっちだ」


 クリスはむくれを抑えながら言った。


「…………。まあ、いいですけど」


 実際、その出来の悪いポスターを裏返せば、大きさも十分な白紙になった。クリスは丁寧に紙を伸ばしつつ呟く。


「私の予想が正しければ、きっと……」


 クリスは木炭で補助線を引いていく。罵り合っている二人の顔を補助線に沿って、いくつかの角度から描いていく。


「うまいな」

「描くのが本職ですから」


 ボロシャツと腫れ顔、それぞれの顔が紙上に並ぶ。ボロシャツの耳と口元の黒子は、読み取れた人相書の記述とよく似ていた。腫れ顔と人相書は、いまいち合わない。


「やっぱり……」

「なるほど、こっちか」


 レイが裏紙を片手にボロシャツをまじまじと見つめる。クリスの似顔絵に照らす限り、ボロシャツが新入りで間違いないように思えた。


「顔の特徴で見る限り、確かにこっちですが」


 クリスはボロシャツの男を指差した。指先が己に向いていることに安堵したのか、ボロシャツは肩を下げて笑みを浮かべる。腫れ顔は対照的に、不安と困惑の表情でレイとクリスを交互に見つめていた。


『なあ。俺が本物だってわかったなら縄を解いてくれないか? いい加減、体が痛くてよ……』


 ボロシャツの言葉にクリスはふっと笑う。そして、流暢な異国語で話し始めた。


『残念だけどそれはできない。ボクには分かってるんだ。偽物は君だよ』

『な、何言ってんだ。その絵を描いたのはお前だろう! あいつは人相書と似ていないじゃないか』


 ボロシャツの言はもっともだ。小太りの腫れ顔と破れた人相書では、特徴が合わない。殴られて腫れていることを差し引いても、全体的に太すぎるのだ。


『見ていればわかるよ』


 クリスは描いた絵に手をかざす。すると、描かれたただの似顔絵、その輪郭に光が灯る。魔法行使の兆しだった。


『さぁ、我が絵よ。ささやかな空想の種よ。君はまるで本物の顔かのように、ボクの創造をうける』


 腕章の左下に星が置かれるのは『虚構の創造(きょこうのそうぞう)』の証。ひとつ星なので、レイのふたつ星ほどの力はない。それでも、現実には存在しない何かを生み出すことはできる。


 クリスの魔法を受けた裏紙が輝きを放つ。その瞬間――。


「チェストー!」


 クリスが大きく振りかぶって、紙を思いっきりビンタした。その姿に、レイは呆れた声を漏らす。


「な、何してんだ……。お前」


 クリスは不敵に微笑みながら裏紙を見せる。


『ボロシャツ……この絵を見ればわかるだろう? 君だって顔を殴られればこの通りだ。全然、人相書とは合わない』


 クリスの手にする裏紙、そこに描かれていたボロシャツの顔がパンパンに腫れていた。先ほどまでの人相書記述と合っていた面影はない。


『なっ!?』

『それに……』


 クリスが腫れ顔の絵を撫でると、絵の顔がほっそりと痩せていく。


『おぉ、これやこれ! これでんがな。わい、ここの職場に来るまでにえらい飯食うてもうて。ずいぶん太ってしまってんやけど。ようわかったな。えらいで坊ちゃん』


 腫れ顔が早口でまくしたてた。クリスは口端を上げて言う。


『簡単なことだよ。鉱夫はだいたいが痩せて筋肉質だ。それなのにキミは太りすぎて東洋のスモーレスラーみたいだ。スモーレスラーは重量を増すために、筋肉の上に脂肪の鎧を纏う。それならと仮定して余計な肉を減らしたら案の定だ」


 クリスは鉱山に来てから三ヶ月、嫌になるほど鉱夫を見てきた。生来の観察癖と膨大なサンプルをもって、紹介状を持った鉱夫なのに太りすぎている、という点に気づいたのだ。


『それからもうひとつ。二人の負った怪我が不自然だった。双方が普通に喧嘩すれば、似たような有様になるのが道理。それなのに、片方は顔ばかりが痛めつけられ、片方は体ばかり。これが何を意味するのか』


 ボロシャツは口角に泡を飛ばして叫ぶ。

『そんなの、ただの偶然だ!!』


『偶然? ちっ、ちっ、ちっ。こう考えると自然なのさ。君は、彼に成りすまそうとしていた』

『ば、ばか言いやがれ! なんでそんなことを』


 ボロシャツの反論にも、クリスはまったく動じない。ゆっくりとハッチ帽を回しながら、びしと指をさす。


『なんでかはボクの知るところではないよ。ただし、門番として言えば、出入りにはうるさいからね、ここは。働きたいなら普通に求人に申し込むのをオススメするよ。ともかく、君は彼が人相書とは別人になるようにした。つまり、顔での判別が困難になるように、君は彼の顔を執拗に狙った。逆に、君は必死に顔を守った。だからこそ、彼は顔をぼろぼろに腫らし、君はシャツをぼろぼろにされた』


 クリスは屈託なく、ボロシャツに微笑みかけた。


『違うかい?』

『ぐ、ぐぬぬ……』


 観念したのか、ボロシャツはかっくりと頭を垂れる。


『せやせや! わいの美顔をこんなに殴りよって。どうせあんさん、森ギャングなんやろ』


 森ギャング、それはこのオーリアに広がる森に潜む元軍人どもだ。逃亡に敗残、様々な理由で森に落ち延び、戦後も日陰者として賊化していた。


 ――本当なら厄介だな。


 クリスは己の役割を案じていた。森ギャングには『魔法』を使う者もいるし、賞金首もいる。もしこのボロシャツが本当に森ギャングなら、先に除けたのはラッキーだった。


「レイさん。どうしますか?」

「そうだな……」


 レイの表情は重々しく、普段のひょうひょうとした姿とは違っていた。森から迫る未知の脅威、そこに軍人としての矜持(きょうじ)を感じたのかもしれない。


 その姿を目の当たりにしてクリスは身を硬くした。

 レイは、ゆっくりと口を開く。


「すまん。何言ってるかさっぱりわからん。オーリア語で頼む」

「はあ?」


 クリスはがっくりと肩を落とした。


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