うどん戦争
某県某所、鴇崎商店街。そこで母と共に働く少年がいた。
彼はうどんに生きうどんに愛された男を名乗り、日々うどんに全ての時間を捧げてきた。
「光太郎、ネギ盛りうどん一杯よろしく!」
「はいよ! ネギ盛り一丁っ!」
ガラスを震わす声量、鉢巻の似合ういい男、そして本気で湯切りをする凄まじい動作。商店街名物『鴇崎のうどん若大将』と呼ばれるこの男、鴇崎光太郎。夢は家業のうどん屋を発展させ、世界中に名を轟かせること。父亡き今、母と息子二人でその夢に走っていた。
しかし、その夢は近いうちに潰えるかもしれない。何故なら今、とてつもない壁が立ちはだかっているからだ。
「それにしても、寂しいもんだねぇ。俺らの青春が壊されるなんて」
「そう言うなってスケさん。俺ら鴇崎家が必ず復興したるぜよ! へいお待ち!」
それは、鴇崎商店街の閉鎖、及び取り壊しだ。近所の人たちの青春を彩ったこの地も、近年のデパートと若者には敵わない。売上も減り、店を出れば灰色に染まった思い出だけがそこにある。維持費もなく、この店が潰れるのも、最早時間の問題だった。
うどん少年の光太郎もまた、それに危機感を持っていた。可能性は低くとも、名を轟かせればいい。そう考えて必死に看板息子をするも、結果はナシ。
とにかくやるしかない。そう思いうどんを提供する日々だったが……
「お邪魔するよ、平民諸君」
ある日、店に白スーツの銀髪少年がやって来た。見た目は海外の少年のようだが、顔立ちは完全に日本人のそれ、言葉も流暢で髪型も七三分け。いかにも高貴な存在という感じだった。
「へいらっしゃいっ!」
「うるさいなぁ。ラーメン屋でもここまでうるさい店員はいないよ。そ、それに、庶民の食べ物は嫌いだ」
「何だぁテメェ? うどんの良さをまるで分かっちゃあいないなぁ?」
「まずい。光太郎君、やめなされ」
スケさんは少年のことに気付き、必死で光太郎を止める。しかし時既に遅く、バックの黒服が光太郎を殴った。
「碌紋堂 雪風様に何たる無礼を働くか!」
「え、なんて?」
「貴様、雪風様に何たる無礼を!」
「よせ、部下2号、3号。僕は煩わしいのは嫌いだ」
言うと雪風は胸ポケットから取り出した紙を光太郎とその母に見せた。
「嘘、この商店街を碌紋堂グループが買い取る!?」
「イエス、マダム。ここは我が碌紋堂グループが経営する高級レストランの店に改造するのさ」
いちいち鼻につく言い方だ。光太郎は彼の言動に、怒りを覚えた。しかし、子供相手に容赦なしの部下相手にどうにもできなかった。だが、力で抵抗できなくとも、光太郎は緊張の中言った。
「断る! いくら積まれようと、俺たち鴇崎はその紙切れに拇印すら押さねぇぜ!」
「無駄なことを。デパートがある今、商店街を利用する若者なんていない。特にこんな市のくせに何もない場所で、価値があるのはデパートと我がグループのレストランだけさ。古臭い場所に最早若者は期待していないのさ」
言いたい放題な彼の発言に、光太郎は怒った。しかし殴りかかるのは怖いので、指をドンと突きつける。
「だったら、お前らの高級料理と俺のうどん、どっちが上か勝負だ!」
「光太郎君、そんな無茶なこと言うもんじゃあない」
スケさんは暴走する光太郎を宥める。しかし彼は留まることを知らず、思い切った発言をかました。
「負けたら、俺の命でもあるこの商店街をタダでくれてやる!」
その発言に一同が唖然とした。スケさん以外の客も、母も、そして雪風までもが目を剥いた。
しかし次の瞬間、雪風は高らかに笑った。
「面白い! そんなに自信があると言うのなら、僕が自腹で会場を作ってやろう。まあ、結果は明らかだがね」
「どうかな。俺の魂こもったうどんが、火ぃ吹くぜっ!」
「せいぜい逃げ道の舗装はしておく事だね」
高らかに笑い、雪風は名の通り風のように去っていった。
暫くの沈黙の後、一気に視線が光太郎に向いた。それもその筈。勝手に街の希望たる商店街をタダで譲渡するような契約をしたからだ。
これには、温厚なスケさんも怒った。
「全く君は、何ていう事をしてくれたんだ!」
「ああ、もうこの店はダメだわ。おしまいよ!」
しかし、そんな非難を浴びせられても光太郎は凹まなかった。何故なら彼には、勝利のレシピが既に構築されたいたから。
来る某日。碌紋堂グループ主催の料理対決が開催された。審査員には若者代表二人、評論家、そして年長代表の二人が選ばれていた。うち一人は、スケさんだった。
とは言っても、そのうちの半分は高級料理のタダ飯に釣られた人ばかり。スケさんも、その一人だった。
とどのつまり、うどんで勝つなんて夢みたいな話は打ち砕かれてもおかしくない状況だった。
「逃げずに来た事、褒めてやろう。ちゃんと食材は用意したんだろうな?」
「ああ。これで足りるぜ」
光太郎は自信満々に言いながら、袋から食材を取り出した。秘伝つゆ、ソーセージ、うどん、そして卵。以上の4つ。
それを見た雪風は、鼻で笑った。
「それだけか? 笑わせる」
「勝手に笑いな。代わりに見せろよ、お前の武器も」
「いいだろう。ビビって逃げるなよ?」
雪風はニヤリと笑うと指を鳴らした。すると背後から五人のシェフが現れた。全員胸に三つ星を輝かせ、光太郎を貧乏人と見下し笑っている。
「どうだい。僕のポケットマネーで雇った最強の助っ人達は。どれもパパの折り紙付きだ」
「へぇ、すごいじゃん」
見せろと言っておきながら、光太郎は全く興味を示さなかった。
(折角雇った助っ人に無関心だと⁉︎ これだから平民は)
「ま、まあいい。どの道、僕の敗北はあり得ない。天地がひっくり返ろうとね」
こうして、一発勝負のゴングが鳴り響いた。
先行は雪風チーム。相手がうどんのため、こちらはパスタで勝負に挑んだ。アルプスの天然水で本場イタリアの麺を茹で、ソースにズワイガニ入りのクリームソースを使用。その上に三大珍味――キャビア、フォアグラ、トリュフを全部載せ。
まさに、金にものを言わせた極上の逸品。普段口にすることのない審査員達は、その芸術にも似たパスタに魂を奪われた。
これには、審査員達も唸る。
「どうだ、これが金の力さ! さあ、どうする鴇ざ――」
雪風は勝ちを確信しつつ振り返る。しかし光太郎は雪風チームの派手な調理過程を見ず、スマホで呑気に動画を見ていた。
『そして、火星人はタコ型というイメージがついたのでした』
「へぇ、そんな過程があったのねん」
その時、雪風はズコーッ! とずっこけた。
「き、貴様! 何を呑気に火星人の歴史なんて見ているんだ!」
「いやあ、気になって」
「コケにしやがって。まあいい、次は貴様の番だ」
「おっしゃ、いっちょやりマスカット」
しれっと呟くと、光太郎は調理に取り掛かった。即席コンロを点火し、その上に秘伝つゆ入りの鍋、フライパン、そして茹でる用の水入り鍋を置いた。
沸騰を待つ間、ソーセージを半分に切り分け、切り口側から切れ目を入れた。
そして、茹で水が沸騰したところに、うどんを投入。更にフライパンに油とソーセージを入れて焼いた。すると、ソーセージは焼けていくうちに開いていき、タコさんウインナーになった。
最後に、うどんの水を切って五人分の丼に分けると、上からつゆを垂らし、三匹ずつになるようウインナーをトッピング。最後に、ど真ん中に卵黄を乗せて、完成した。
「完成っ! 火星うどんだっ!」
完成したうどんは審査員達の元に運ばれる。しかし、雪風は彼のうどんを笑った。
「何だあれは。ただ月見うどんにタコさんウインナーを乗せただけじゃあないか!」
「いいや。真ん中の卵黄が火星、ウインナーが火星人だ」
「そんな幼稚な連想ゲームで勝とうとは、おめでたい奴だ」
見たところ、審査員は皆唸る様子もなくうどんを啜っている。とその時、審査員がスッと手を上げた。若者代表の一人だ。
「質問です。この料理に値段を付けるとしたら、いくらですか?」
いい質問が来た。雪風はそう思い、クールに言った。
「一万。高級食材をふんだんに使ったんだ、それくらいが妥当だろう」
「それで、このうどんは?」
「俺のうどんは、いつだって並盛り500円ぜよっ!」
「あんなもの、それほどの価値もないだろうに」
雪風は額を抑えながら嫌味を垂らす。すると、審査員達の評決が決まったらしく、ゴングが鳴り響いた。
司会が前に出て叫ぶ。
『確定しました。スコア、オープンっ!』
ドラムロールと共に、審査員達の頭上にある得点板が動き出す。
そして、ジャン! と出た数字は、予想以上のものだった。
「ご、50点対25点だと!?」
なんと、満点で光太郎のうどんが優勝した。この結果に動揺を隠せず、雪風は叫んだ。
「何故だ! 何故だ、何故だ! アレだけ高級食材を取り揃えたのに、何故! あんな庶民飯なんかに!」
プライドを打ち砕かれた雪風は、壊れたおもちゃのように「何故」と連呼する。
と、そこで審査員からの一言評価が始まった。
『やっぱり、気軽に食べるならうどんかな』
『キャビアの粒々がなんか、ねぇ』
と若者代表は言う。続けて評論家も頷きながら言った。
『高級高級と、嫌味にしか聞こえず美味しいと思えなかった。特にキャビアはしょっぱいだけだ』
『全く、三つ星になった理由がわからないよ』
彼らの辛口評価に、雪風はたじたじにされた。
そして彼は情けなく泣き叫び、地面を叩いた。
「くそっ。くそっ! これじゃあ、パパに認めてもらえない。パパに、褒めてもらえないじゃないか……」
「パパ?」
「ああ。僕はただ、パパに褒めて欲しかっただけなんだ。ここを買収すればきっと、パパに認めて貰えたのに! 何故、何が足りなかったと言うんだ……!」
しかしその時、光太郎は雪風の肩を持ち上げたかと思うと、子供を諭すように言った。
「料理を作る上で一番大切なのは、高級食材でも隠し味でも、まして“火星人”でもねぇ。ココだ」
言って、光太郎は自分の心臓を突いた。そう、“心”だ。しかし、雪風にはその意味が分からなかった。そこで、最後にスケさんが代弁してくれた。
『いくら良い食材を使おうと、心がなければその価値を存分に引き出せない。それに、金で心を買うことはできない』
「嘘だ。心など、あってないようなものじゃあないか」
「いいや。心こそが、最強に美味い食材だ」
光太郎は笑いながら、どこからか6杯目の火星うどんを出した。
「え?」
「食ってみろ」
「……いただきます」
涙を拭い、雪風は恐る恐るうどんを啜った。そしてごくりと飲み込むと、一瞬動きが止まった。そして次の瞬間から一気に啜りまくった。そして、声を震わせながら小声で呟いた。
「何だよ、美味いじゃあないか。三大珍味よりも、凄く……」
「だろ? これが、心入り! 俺の魂こもった一杯ぜよ!」
あまりの美味しさに感動し、再び雪風は泣いた。
あれから数日。
一本勝負の活躍が人を呼び、灰色に染まった商店街に彩りが芽生え始めた。
そして今日も、うどん屋には行列ができた。
「へいらっしゃい!」
「火星うどん、一つ」
「あいよ! って、アンタ!」
そして、銀髪の常連が増えたとか。しかしこれはまた、別の話。
作品を描くにあたって。
どうも鍵宮ファング・ティガです。昭和そんなに知らないから適当にウ○トラマンの名前をぶち込んでいるという野暮な話はさておき、作品の裏話についてお話しします。
まず今作、どういった経緯で思いついたのか?
これは単純に、なんとなく「うどん」をテーマにした話が書きたいなと思ったのが一つと、自信作の「火星うどん」を小説の中に出したいと思ったからです。というのも、修行を始めてすぐ、なんとなくで思いついたのがまさにこの「火星うどん」でして、しかもこれがものすごく美味しいときた。これは出さざるを得ないと思い、ヤー! とぶち込みました。
次に、キャラクターの元ネタ。まず光太郎、これは完全に東光太郎(ウ○トラマンタロウ)から持って来ました。これは正直な話で、今の時期からして便乗で「南光太郎」からパk……参考にしたと言おうか迷いましたが、やめました。だってタロウ好きだし(殴
そして碌紋堂君ですが、これは後にもお話しするのですがtrigger作品っぽい展開にしたいと言う思いから、キルラキルをモチーフに「金持ちキャラにしたい。それにキルラキルってすごい名前の人多い(鬼龍院、纏、蛇崩などなど)し、それっぽい名前にしたいなぁ」と考えた結果、鬼龍院から取って院の対になりそうな堂、あとは何かかっこいい「碌紋」を付けて、碌紋堂。あとはなんとなくで思いついた雪風を付けて、碌紋堂雪風が生まれました。
余談ですが、スケさん。彼は完全に水戸黄門から持って来ました(殴
最後に、上記の方で語った世界観ですが、こちらは完全にtrigger作品『キルラキル』を参考に作らせていただきました。特に「俺のうどんとお前の高級料理〜」のくだりなんて、完全にプロメアから持って来ました。はい終わりでーす!(デーン!)
……と、久しぶりにはっちゃけましたが、以上で裏話を終わりにします。次回は不良ヒーロー、よろしくね!