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第六話 再交渉

「さて、お互いにカップが空になったことだし、本題に入りましょうか」

「俺、まだ一口しか飲んでないんだが」

「それで十分でしょう。あなたはこれからも何時でも飲めるんだから」

 そう言って足を組むサキナ。


「早速、話を聞かさせて」

「……わかった。じゃあ改めて俺たちの話をさせてくれ。RSOの理念と、その組織の在り方についてだ」


 RSO(異世界帰還者保護支援機構)の設立目的は、基本的には異世界から帰ってきた人間の保護と社会復帰の支援に焦点が縛られている。

 異世界転移が一体どういう現象なのか、その仕組や発生経緯などを調査することは、別の調査研究機関に任せられている。といってもそれについて現時点で明確な成果はなにも上がっていない。

 しかし正体が例え分からずとも、淡々と異世界転移は人しれぬところで発生し、その帰還もそこそこの頻度で発生する。


「異世界帰還者はいくつかの点で、非常に危険をはらんでいる。第一に、異世界での行動に由来するいくつかの特殊な異能力を有していること。いわゆる魔法だとか超能力だとかスキルだとか、そういったもんだな。そして第二に、全くモラルや倫理規範の異なる異世界で超人的な活躍を果たして、一般に精神的に増長している場合が多い。そして第三に、突然の現実世界への帰還に対して、精神的な混乱を起こしていることが多いこと」


 もちろんこれは一般論の話で、広瀬さんのことではない、と、白々しく俊樹は付け加えた。


 そのような異世界帰還者を放置した場合、どのようなことが起こるか。


「いくつか、実際に危険なことが起きたことがある。能力を使って人心を操作して、カルト組織や犯罪組織を作ろうとしたり、あるいは性犯罪めいた加害行為に及んだり、大規模な殺傷事件を起こしたり。その何れも普通の事件としてのカバーストーリーを敷かれて処理されてきたけれども、都度起こるそういった惨事に手をこまねいた政府が、その発生を未然に防ぐことを目的とした組織を作った。それがRSO」


 RSOは全国47都道府県に総局を有し、現地の警察、自衛隊、公官庁、報道機関などと連携して、異世界帰還の発生の察知、初期対応、情報管理、カウンセリング、社会復帰支援を行っている。


「それだけ聞くと、随分お役所めいた仕事ね」


「その名の通り、お役所だよ。ぜひとも俺たちの千葉総局を案内したいけれど、まじで普通の役所みたいな見た目してるし、言っちゃなんだけど地味な内容が多いのは確かだな。でも仕方ない、お国のお膝元だし」

「そんな官公庁めいたところで、君とエイリくんはバイト?」

「いや。俺もあいつも、正規の職員だよ。特例に特例を重ねてだけど。しかしこれは、RSO側の求めに応じて、っていう側面もある。異世界帰還者はさっきも言った通り、まあその、やばい奴らばっかりだ」

「だから抱き込んで、手の届く範囲においておきたい」

「そゆこと」


 俊樹はぴんと指を立てた。


「それに、同じような境遇を過ごした連中で集まったほうが、お互い気心知れていろいろ良いだろうしな。そういうわけで、色々思うところはあるだろうが、早速ぜひとも――」

「で、どれくらい私は自由が効くの」


 ぴしゃり、と俊樹の宣伝文句を遮るサキナ。俊樹は「ああ、そうだな」と言って頭を掻きながら、


「この世界……基準世界って俺達は呼んでるんだが、ここでの魔法の使用についてだよな」

 俊樹は手を組んで前かがみになる。

「RSOの規約では、緊急避難時及び人命に係わる重大時などのやむを得ない状況を除いて、異能力……魔法の使用は完全に禁止されている」

「理由は?」

「異能力、特に魔法などの、規定世界の物理法則にそぐわない力に伴って、未知の新素粒子が発生するという研究結果がある。これらの新素粒子はこの世界の物理法則……標準理論を破壊し、規定世界の存続可能性を毀損する可能性がある……これが公式の回答」

「まるで公害扱いね」


 強ち間違っていない、とは流石に言えなかった。その代わり、俊樹には対案があった。

「ただ、特例措置がある」

「へえ?」

「最初に広瀬さんが言ってくれたとおり、RSOに協力してくれる場合。その活動を円滑に行うためであれば、限定的だけど魔法の使用は許可される」

「活動って、具体的には?」

「最初に言った通り、広瀬さんやエイリみたいなリターナーの保護と社会復帰支援。それに加えて異世界飛来物……異世界から飛んできた物体の発見、収蔵。あとは……」


 俊樹は少し躊躇しながら、言いにくそうに切り出した。

「……ここだけの話、たまにこの世界が気に食わなくて、攻撃を仕掛けてくるようなリターナーも居るんだ」

「へえ、それは穏やかじゃないわね」


 そんなことをするなんてとんでもない、といったような顔をするサキナ。俊樹は小悪党のように「でしょ?」と笑って、


「そういうちょっとヤンチャな連中を沈静化するのにも活躍してもらえる。それこそうちの総局長なんかは、そういう腕っぷしの強いタイプで、各地に色々変なのが出てきたら、ちょっとこう、派手に暴れたりもしてる。そうだな……」


 俊樹は辺りを見渡し、

「この宮殿の現状維持は当然として、さっきみたいな剣の召喚とか、多少の地形変化とかは全然許容範囲」

「基準は?」

「現場判断。広永さんが葛高に通い続ける意思があるなら、担当は多分俺になるから……最悪俺を脅せば大体のことは許可されるってわけ。流石に民間人の生命や生活に影響が出てしまうような行為は承諾できないけれど……」


 しばしその言葉を頭の中で転がしている様子の紗季奈。十秒ほどの黙考の後、

「……まあ、思ってたよりは悪く無いかもね」

 と言った。

「ホント? じゃあ――」

「次の条件は?」

 立ち上がった俊樹を手で押さえ、紗季奈は続きを促した。それを見て俊樹は軽く息を吐いて、そして再び椅子に座った。


「……そんなに、戻りたいのか」

「私は条件を確認したいだけ。もったいぶらないで、さっさと言ってくれない?」

 テコでも動かなそうなその態度を見て、俊樹は観念したように口を開いた。


「分かったよ。じゃあ伝えるけれど――異世界に戻る方法は、無い」

 暫く、部屋は沈黙に包まれた。

「……ごめん、正確じゃなかったな。異世界に戻る方法というか、任意の異世界に行く方法っていうのはまだ見つかっていない、っていうのがより正しい言い方だけれども、どちらにしても基本的には無理ってこと」


「基本的、っていうのは?」

「もう一度転移に巻き込まれる可能性だよ。実は先例がある。複数回異世界への転移を経験したっていう人間がね。ただ、それでも同じ世界に行ける可能性は極めて低い」


 なぜ、と問う紗季奈に、俊樹は懐から資料を取り出した。そこには、RSOが過去のリターナーから纏めた、異世界に関する情報が纏まっていた。


「ここにある通り、RSOが把握している限りでこれまでに出現したリターナーの数は七百五十四人。その一人一人が、全く別の世界に転移しているんだよ。魔法がある世界、ない世界、中世みたいな世界、SF並に発達した科学文明の世界、獣人が居る世界、魔王が居る世界、悪魔がいる世界、神がいる世界……」


「……この、AとかBっていうのは?」


「RSO世界類型って言うんだ。Aが魔法も科学も発達した世界、Bが魔法のみ発達した世界、Cが科学のみ発達した世界、Dはいずれも発達していない世界。ティオミスがB型で、この基準世界はC型ってことになる」


 その後、暫くその資料に目を通す紗季奈。

「そこにある通り、異世界はそれこそ五万とあるんだ。転移という現象がどう起きているかも未だに不明だから、可能性はゼロではないけれども、限りなく低い。それこそ極限値だよ」

 俊樹はそう言って立ちあがった。

「そういうわけで、異世界に行く手段も、そしてそこと通信する手段も一切無い。誤解を恐れずに正直に言わさせてもらったけれども、これが事実なんだ」


 出来る限り、余計な言葉を出さないようにした。異世界への転移を願っている人物にとって、この情報はどう考えてもショッキングなものだった。余計な言葉一つがどんな地雷を踏み抜いてしまうかも分からない状況では、それが正しい選択だと俊樹は経験的に知っていた。

 事実、紗季奈は暫く目を閉じて固まっていた。まるでその言葉をじっくりと転がして、嚥下するかのようだった。唾をのんだのだろうか、こくりと喉が動いたのを俊樹は見て、まるで紅茶を飲んでいるようだ、と思った。


「そんなに疑うなら、自白かなんかを強制する魔法でも掛ければ良いじゃないか」

「それは水属性の高等魔法ね。私には使えない」

 そう言いながら、杖を構えるサキナ。

「ただ、低級のなら、もう掛けてるけど」

 言葉とともに振られる杖。

 何を、と言おうとした瞬間、俊樹は全身に電流が走ったのを感じた。


「いっ――!!!」


 悲鳴にならない悲鳴を上げ、感電したように身体を強張らせてそのまま地面に倒れ込む俊樹。数秒して直ぐにその痺れは収まったが、ショックでしばらく立てなかった。

「さっき股間を濡らしておいて良かったわね。これでお漏らししても分からないわけだから」

「……さっきの、紅茶か……?」

「そ。ウソ発見器ってあるでしょ。あれと同じ原理で、飲んだ人間が嘘を吐いたら電流が流れる魔法。低級って感じでしょ? 一口しか飲んでなかったから一度分しか効かないと思うけれど、まあ十分だったみたいね」

 俊樹はよろよろと立ち上がって、なんとかどさりと椅子に座った。

「……完敗だ、 どうして分かったんだ?」

「ティオミスについて会話していたとき、どうもあなたの物わかりが良すぎると思ってたの。その後、世界類型の話をしたでしょう。事実、ティミオスとはどの世界も違った。ティミオスについての知識が無いのに、類推だけであそこまで話を合わせられるわけない、そう思ったの。世界を移動するか、その世界を観察する力があって、それで予習をしてきた。まあこんなところでしょうね」


 紗季奈は長い髪を払って、

「移動する方法、あるんでしょ? さっさと教えて。じゃないと、いい加減私も堪忍袋の緒が切れるかもしれないから」

「……分かったよ」


 そう言いながら、俊樹はポケットから黒く四角い箱を取り出した。サイズはスマートフォンほどで、穴や切れ目などはない。それをテーブルの上に置き、

「パスポートって奴だ。これに魔法の力を籠めることで、任意の異世界への移動が可能になる。ただし、世界を移動するんだ。相当の魔力を消費するぞ」

「相当って、どれくらい」

「分からん。ただ、以前に使用した人間曰く『生死の境目を彷徨うこととなった』そうだ。それに使い切りだ。一度使ったら、この世界に戻れる可能性はそれこそゼロになるかもしれない」

 そのパスポートを、サキナはじっと見つめた。

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