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再会

 遠く離れたバラ園の向こう側に、夢にまで見たハンネス様が居る。青空を見上げ、眩しそうに目を細めて。



(どうして彼がここに?)



 彼が高位貴族であることは間違いない。けれど、調べてみても、目ぼしい人物は見つからなかった。だから、まさか王宮で彼を見掛ける日が来るとは、思いもよらなかったのだ。



「エラ様?」



 クラウディア様が首を傾げる。

 いけない――――今は公務の途中だった。


 だけど、今を逃したら、彼にはもう二度と会えないかもしれない。見掛けることすらできないかもしれない。そんなの、嫌。だけど――――



「エラ嬢?」



 風に乗って、ハンネス様の声が聞こえてくる。視線が絡み、胸がときめく。

 クラウディア様に断りを入れ、ゆっくりと彼の元へと歩を進めた。本当は今にも走り出したい――――そんな気持ちを必死に抑えて。



「ハンネス様! 驚きました。こんな所でお会いするなんて、思ってもみなかったから」



 言いながら、胸が苦しい程にドキドキと鳴り響く。頬が熱を帯び、まともに彼の顔を見ることが出来ない。嬉しくて、恥ずかしくて。逃げ出したくて、けれど彼の視界に入っていたくて。チグハグな想いに翻弄される。



「俺は期待していましたよ? ここに来たらエラ嬢に会えるんじゃないかって。ヨナス殿下付の女官として、エラ嬢は有名ですから」


「え? そうなのですか?」



 驚きに目を見開き、小さく首を傾げる。ハンネス様はコクリと静かに頷いた。



「鮮やかなストロベリーブロンドに紫色の瞳、その美貌は元より、堅実な働きぶりは他国まで名が轟くほどです」


「それは……さすがにお世辞がすぎます。そんな話、初めて聞きましたよ」



 本当に、初耳だ。少し調べて分かる程度に、女官として名前が知れているとは思えない。だって、夜会でも誰も声を掛けてくれないし、存在を認識されていないんじゃないかと思う位なのだから。



「もちろん、俺がもう一度エラ嬢に会いたくて、あなたのことを調べたからっていう側面もあるかもしれません。だけど、あなたの評判が良いのは本当のことです。多くの男性が、あなたと言葉を交わしたいと願っています。当然、この俺も。どうぞご自分を誇ってください。あなたは素敵な女性ですよ」



 どうして彼はこんなにも、私が欲しかった言葉をくれるのだろう? ずっとずっと、誰にも認めてもらえないって思っていた。諦めていたというのに――――



「エラ、そろそろ……」



 そう口にしたのは驚くことに、ヨナス様の側近であるアメル様だった。ずっと彼の後に控えていたらしい。腕時計をチラチラ見ながら、話を早く切り上げるよう言外に訴えてくる。



(アメル様が居るなんて全然気が付かなかったなぁ。ハンネス様に夢中だったし)



 彼が付き従っているということは、ハンネス様はヨナス様の大事な客人なのだろう。相当高い爵位の持ち主か、国外からのお客様か。


 思えば、ハンネス様のことを調べる時、そういった観点で調べてはいなかった。同い年だし、貴族の令息だろうって思って。もしかしたら、無意識に除外していたリストの中に、彼の名前があったのかもしれない。


 だけど、こんな来客予定、朝の打ち合わせの段階では聞いていない。急遽いらっしゃったんだろうか。

 それにつけても、折角の機会なのにもうお終いだなんて、残念過ぎる。もしかしたら、この後の予定が詰まっているのかもしれないけど。



「折角の再会なんだ。もう少し良いだろう? 先程、ヨナス殿下も城内でゆったりと楽しむように、と言ってくださったのだし」


「……承知しました」



 そう言って、アメル様は静かに後に引き下がる。不服気な表情。いつもの彼なら考えられない対応だった。



「そうだ、アメル殿。ついでと言っては何だけれど、このままエラ嬢に城の案内をお願いできないだろうか?」



 ハンネス様は続けざまにそんなことを口にする。

 爽やかな笑み。あまりにも魅力的な提案。期待に胸が躍った。



「それは……! その、エラを案内役にお付けするためには、ヨナス様に許可を戴かなければなりません」


「ヨナス殿下に? 別に、許可を要するようなことじゃないだろう? 彼女は君と同じ立場にあるのだから」



 いつも冷静なアメル様が動揺している。彼をよく知る私からすれば、物凄く貴重な光景だ。アメル様は基本的に慇懃無礼かつ不遜で、ヨナス様の言うことしか聞かない人なんだもの。

 それに引き換え、ハンネス様の悠然とした態度。柔和なのに押しが強い感じが堪らない。惚れ惚れする。



「しかし、エラにはクラウディア様をご案内するという大事な役目があります故」


「わたくしは別に、構いませんわ」



 その時、それまで黙っていたクラウディア様が、そっと身を乗り出した。



「お客様を優先するのは当然のことですもの。わたくしは一人で城を回れますし、日を改めることも可能ですから」



 やはり私と城内を回るのは居心地が悪かったのだろう。クラウディア様は渡りに船といった表情を浮かべている。



「決まりだ。では、アメル殿――――ヨナス殿下に、宜しく」



 ハンネス様はニコリと微笑み、私に向かって手を差し出す。

 胸がドキドキと鳴り響いた。

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