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第一話「公爵令嬢フレーリア」

「やあ、来てくれたんだねフレーリア。どこにいるんだい?」


 そう仰って差し伸べてこられたエラルド王太子殿下の手を、(わたくし)は両手で包み込む様にして握った。

 殿下は生まれつき目がご不自由であられたのだけれど、障碍(しょうがい)など感じさせないほどに、傑出した王太子として知られている。


 私はそんなエラルド様をとても敬愛しており、幸運にも殿下の婚約者となれた事がとても誇らしい。


「ここにおりましてよ、エラルド様」


 私の手を強く握り返してくれたエラルド様は、「わざわざありがとう」と仰った後に、少しだけ眉を寄せたのだった。


「でもすまない。今日は君に、いや俺にとっても辛い話をしなくてはならないんだ」


「はい、何でございましょうか?」 


「うん、この様な事態になってしまったのでね、俺は君との婚約を破棄しようと考えている」


 エラルド王太子殿下のお言葉に、私の心は(えぐ)られる様な痛みを覚えた。

 薄々は予想し覚悟もしていた事だけれど、改めて愛するエラルド様から直接聞かされると、そんな覚悟が役には立たなかった事を思い知らされる。


「どうしてもそうなるのでしょうか?」


 私は未練だと思いながらも、そう()かず(王太子殿下に婚約者が質問するのなら、こちらの方がいいのかも知れません。{尋ねるは質問するの意味、 訊ねるは当用漢字でないので、尋問と置き換えられますが、本来は訊問でした。とがめる、問いただすような強い意味があります。})にはいられない。

 するとエラルド様は自嘲気味な笑顔を作られて、「この無様な姿を見てごらん」と仰ったのだ。


「牢に繋がれたこの俺に、未来があると思うかい? フレーリアのお父上であるランドック公爵とて、みすみす愛娘(まなむすめ)を罪人に嫁がそうとは思わないだろう。俺とて君を不幸にはしたくはない」


 おいたわしくもエラルド様は反逆の罪で捕えられ、不潔で狭い牢獄に閉じ込められておいでだ。

 隣国との戦争がいよいよ現実味を帯びてきて、反戦を唱えていたエラルド様は平和の話し合いをしに隣国へと赴かれた。しかしそれが罪に問われてしまうだなんて。


「ですが、国王陛下とて戦争は望んでいなかったとお聞きしておりますわ。なら──」


「君はまだ知らないんだねフレーリア。陛下はいま病が重篤で意識がないんだよ。だから全ては弟カイゼルの思うがままに政治が動かされている。やがて戦争も始ってしまうだろうね……」


 エラルド様は切なそうにそう吐露した言葉の後で、「戦争の事もそうだが、俺はフレーリアの事が心配だ」と私を思いやってくれたのだ。

 牢に繋がれたご自分が一番辛いはずなのに、僅かな愚痴さえ漏らされないまま。


「いいかいフレーリア、カイゼルからその身を守るんだ。奴は残忍で強欲な異常者であり、今回の戦争も全て奴の歪んだ思考から始まっている。そんなカイゼルが君を欲している事は、フレーリアも知っているだろ?」


 途端に私は酷い不快感に襲われて、ゾクっと総毛(そうけ)立った。カイゼル様が私を見る時の、あの舐め回す様ないやらしい目つきを思い出したからだ。

 しかし今はそんな事に怖じ気づいている場合ではない。ご自分の事さえ後回しにして私を心配して下さるエラルド様に、申し訳が立たないもの。


「大丈夫ですわ、どんな事があろうとも私はエラルド様のものです」


「いやそうじゃない、それじゃ駄目なんだよフレーリア」


 そう仰ったエラルド様の(めしい)た瞳はとても寂しそうで、鉄格子に遮られたまま握った私の手に再び力を込められた。


「君は俺の居ない人生で、これから幸せにならなくちゃいけないんだよ」



  ◇*◇*◇



 その日からしばらく後のこと、私とエラルド様の婚約は正式に破棄された。

 まるでそれを待ち構えていたかの様に、カイゼル様からの婚約の申し込みがお父様に届き、私はお父様に書斎へと呼ばれた。


「絶対に嫌ですッ! カイゼル様と婚約するだなんてあり得ません!」


 普段感情をあまり(あらわ)にしない私の剣幕に、お父様は驚いていたようだ。だからと言って娘の言い分に従うほど、ランドック公爵の肩書きが軽くはない事くらい私も承知している。


「我が儘を申すな! 公爵家の娘に生まれたからには、結婚の自由が無い事くらい今更の話だ。それにカイゼル殿下は戦争終結のあかつきには立太子なさるご予定である。将来は王の妃となれる身分に何の不満があるというのだ」


「不満ならございます。私の夫はエラルド様ただお一人と決めてございますのでッ!」


 するとお父様は眉間に皺を寄せられて、小さく溜め息をつきながら仰られた。


「むろんお前の気持ちも分かる。エラルド殿下は盲目の身で有らせられながら、家臣達を己が目として使い見事な王国経営をなされていた。儂とて殿下こそが次期国王に相応しいと考えておったわ」


「ならばお父様のお力で、今すぐにでもエラルド様を牢よりお救いくださいまし」


 私はお父様のお言葉に希望を感じ、縋る様にお願いしたのだけれど……


「出来るものならやっておる! 最早カイゼル殿下派閥の権勢は揺るぎ無い。我らランドック公爵家とて、身の振り方を誤れば命取りになるほどにな」


「でもお父様ッ!」


「ええいっ、何も言うな! 最早決まった事だと諦めろッ!」


「いいえ、私がカイゼル様の婚約者になるなど絶対に嫌ですわッ!」


 所詮は無駄な足掻(あが)きだとは分かっていても、私は言わずにはいられなかった。

 いいえ、そうじゃない。言うだけでは駄目なのだ。今こそ私は強い意思を持って行動しなければならないのだわ。


──だって、エラルド様は私に身を守れと仰ったのだから。


 そして私は考えた抜いた末に、公爵家を捨てる事にしたのだった。

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