アレン
メティア村中央広場。
自警団に配属された力自慢の子らが1人の青く美しい髪を短く刈りそろえた純白のバンダナを額に巻く少年を中心に自警団に入団して間もない少年達が木剣を手に整列して一矢乱れず素振りを続けている。主人公のアレンと彼の仲間ユニットになる村人戦士の一行だ。
2メートル間隔で整然と素振りをする少年達の間を甲冑に身を包んだ半分白くなった髪をオールバックに整髪した老人が厳しい目付きで素振りに明け暮れる少年達を品定めするように眺め、時折姿勢を正すように手を添えたり乱れた動きに対して手刀を叩き込んで叱ったりしている。
メティア村を守備する自警団の訓練風景。
体格のやや劣るヤラン少年は、仕事の休みにダイル氏に稽古を付けてもらう傍ら、自警団員として正規兵を真似た訓練を続ける少年達を遠目に見てため息を吐くのだった。
ヤラン少年は別段、自警団に入れない事を嘆いたりはしていない。
経験を積んで晴れてユニットとして戦場に赴くのは主人公サイドに任せるとして、名も知られていないモブの自分は村で平穏な生活を謳歌しようと決めているからだ。
3年後。主人公のアレンや彼の友人である村人ユニット達が成人する年に、帝国の圧政に意を唱える抵抗軍の兵士ノーラスが勧誘に来るだろう。
そしてその彼を追って来た非正規軍の盗賊団に村は襲われ多くの犠牲が出る。
その時に自分と周囲を守るための剣の修行だ。
いつものようにダイルの家の裏手で木剣を手に基本の型を振り続ける。
数日毎に型の連携は一つずつ増えて行き、今では5つの基本、垂直斬り下ろし、水平斬り、下段からの斬り上げ、袈裟斬り、刺突と合わせて、防御の型、上段受け、中段受け、下段受け払いを織り交ぜて全周囲に木剣を振るうが、ダイルからは矢継ぎ早に叱られていた。
「足元が地に着いていない。足を掬われるぞ」「剣の軌道が大きい。間合いは大きければいいという物ではない!」「剣筋がブレているぞ、しっかりと柄を握れ。そんな握りでは武器を弾き落ちされるぞ!」
ヤランの体力がついて来て、満足に剣を振えるようになるとダイルの稽古は厳しいものになっていったが、前世の剣道で師範にいびられたのとは違う心からの指導でありヤランは不快に感じる事は無かった。
今はとにかく剣の腕をつけなければ、来たるべき時に生き残れない。
しっかりと両足で地面を踏み締め、歩幅に気を配り、剣筋は刃先で目標を確実に捉えられるよう大振りに気をつけ、さりとて軌道が小さすぎないよう最善の軌道を目指す。
剣筋も足の運びもまだまだフラつく子供然とした無様な踊りだったが、ダイルはヤランの直向きな姿勢と剣に真剣に向き合って僅かずつでも成長している事を喜び辛抱強く稽古をつけるのだった。
夕刻の帰り道。
「いててて・・・。なんか今日の稽古は厳しかったな。明日は筋肉痛かなー」
ぼやきながら右肩を大きく回してほぐす。
日の落ちて来た夕暮れ時の帰り道。
通りかかる家はどこも夕食の支度をしているのか、屋根の上に顔を覗かせるどう見ても簡易な造りの煙突から煙が立ち上っている。
急ぐでもなく、落ち込んでいるでもなく、当たり前の歩調で歩いていると、ヤランを待ち伏せていたのか純白のバンダナで青く美しい髪を短くまとめたヤランより三つほど年上の少年が道端に寂しげに生えるミカンの木に寄りかかったまま声をかけて来た。
「やあ、ヤラン。今、帰りかい?」
主人公のアレンだ。
これまで接点の無かった主人公から声をかけられるとは思っていなかったので、警戒するように身構えてしまう。
アレンは両手を大きく広げて見せて笑った。
「すまない。驚かせてしまったかな」
「い、いえ。べつに・・・」
夕陽に照らされた美少年の横顔。親しみやすい印象は主人公ならではか。
そんな彼との接点など、自らをモブと信じて疑わないヤランにはありえない事であり、何よりいずれは英雄になる少年とこうして向き合うのはそれだけで緊張してもおかしくない。
(そりゃそうだろ・・・。ヤラン、今の俺より3つ年上で3年後は19歳のクラスは戦士。現時点でも村一番の戦力のアレンが、なんで僕なんかに会いに来る?)
アレンはヤランの緊張ぶりを警戒と受け止めて、両手を下ろすと小さくため息を吐いて言った。
「先日、ダイルさんの所で剣の稽古をつけてる姿を見てね。少し気になって」
「アレンくらい強い人から見たら、僕なんか全然大したことないんじゃないかな」
「そう自分を卑下するものではないよ」
適当にあしらって別れようと自らを貶める発言をするヤランに、アレンは心から心配するように否定する。
「確かに、生まれ持った才能っていうのはあるのかも知れない。だけど、俺は努力に勝る才能なんて無いと思うんだ。どんな才能があったってそれを伸ばす努力を怠れば、すぐに頭打ちになってしまう」
それはそうなのだろう。と、無意識に頷くヤラン。
ヤラン少年がアレンの言葉を真摯に聞いてくれていると、彼はやや嬉しそうに続けた。
「それにヤラン。君は自分で思ってるよりずっと努力しているよ。剣の腕だって自警団のみんなと遜色ない、十分に戦えるレベルだ」
「そんなことは無いと思うけど・・・」
無様な足の運び。剣筋もブレブレで的確に的を斬り抜く筋力も無い。自警団のメンバーに比べたら、圧倒的に力不足だというのに、アレンはどこを見てそう思うのだろうとヤランは逆に不安に駆られた。
アレンはそんな不安に駆られて眉根を寄せるヤランの右手を握手するように取ってしっかりと握りしめてくる。
「分かるかい?」
何が、と、言いそうになってヤランは気付いた。
自分よりずっと強いと思っていたアレンの掌の感触は、確かにがっしりとしているがその手の皮にさほどの圧迫感を感じない。手を握った時、圧倒的に力の差があればその硬さで分かるものだ。
(あれ? 僕とアレンの力って同じくらい?)
「そうさ。君は体格が他のみんなより劣ってると気にしてるみたいだけど、力はしっかり付いてきてる。ダイルさんの木剣はとても重くなるように特殊な樹脂を染み込ませてあるからね」
「え、そうなの?」
「ああ。自警団の訓練で使ってる木剣より3倍は重たいよ」
楽しげに微笑むアレン。
ヤランはなんだか気恥ずかしくなって目を逸らした。
「お、重さがなんか、関係あるのかな」
「本物の剣と変わらない重さの木剣は、重心が悪い分剣筋がブレてしまう。俺も使ってるから分かるんだ。そんな重たいもので訓練してる君は、きっと強くなる」
力説するアレンの言葉に、何か気付いたヤランはその手を解いて慌てて言う。
「か、勧誘ならお断りだよ! 僕は自警団に向いてないし、入ったら絶対いじめられるっ」
「そっか、残念。でも考えすぎだと思うな」
「無理なものは無理! 僕は自分の身を守れるように剣の稽古をつけてもらってるだけなんだから!」
実際、ダイルは元剣士だと分かってからも自警団には入っていない。
そして、そんな実力のある男がヤランに剣を教えているのをアレンの祖父ロイドは知っていながら咎めも勧誘もしないのは何か理由があるとはアレンも感じていた。
戦える全ての者が自警団に参加する必要は無いというように。
理由はともあれ、それでヤラン少年が単独で剣を教わっているのを自警団の顧問であるロイドが黙認しているのだから、これ以上しつこく勧誘するものではないとアレンは肩をすくめた。
「やれやれ・・・。でも、友達にはなってくれるだろ?」
「とも、え? うん、まぁ。友達になるのは別に・・・」
「よし、じゃあ、今日から俺たちは友達だっ」
「つっても、平日は僕は仕事の手伝いがあるし遊んだりとかは出来ないよ」
「俺も爺ちゃんも村に住んでて仕事ひとつしてなかったけど、」
「そういえば一日中、ずっと戦闘訓練してたみたいだね」
「うん? 戦闘訓練ってよく分かったね。他の人達は泥んこ遊びって言うんだけど」
しまった、と、ヤランの表情が曇る。
(そうか・・・。前世の記憶で軍隊の訓練を映画とかで見てたからなんとなく分かったけど、メディアの無いこの世界じゃ分からない方が普通なのか!?)
頼もしそうに笑うアレン。
「ハハ、やっぱり君はどこか違うね! そうそう、明日からは俺も仕事をしたほうがいいって爺ちゃんが言ったから俺も木こりの仕事を手伝うよ。遊べはしないだろうけど、話は出来るだろ。友達として?」
「ま、まぁ、そうかも?」
「年は俺の方が上だけど、あんまり気追わないでくれよ? 友達、なんだからさ。ヤラン」
「え、うん。まぁ。分かったよアレン」
「ハハハッ、なんだかこそばゆいね! これからよろしくな!」
「こ、こちらこそ?」
ヤランとアレンは再度握手を交わして友好を確かめ合った。
そして、ヤランはこの時、自分がただのモブから端役に格上げになったと気付いていなかったのだが、アレンと別れて家路に着く中ではたと足を止めて両手で頬を押さえて真っ青な顔になる。
(おいまて! ダメだろ友達になっちゃ!? アレンの初期戦力に加わるのはゴメンだぞ、イベント戦生き残ってスローライフ計画が・・・!)
すぐに破綻することはないだろう。
が、小さな開拓村の中で関係を完全に断つことの方が無理がある。
思い直して、ヤランは遠くの山にほとんど沈んだ夕陽を見上げてため息を吐いた。
「まぁ、友達になったからすぐに何かが変わるって事もないだろうし・・・。あまり積極的にはしないようにしよう。戦争なんて巻き込まれたら生き残れるとは思えないから、ユニット入りだけは絶対避けないと・・・!」
そう心には決めたが、綻びは確実に起きていた。