収の日、ヤランの稽古は本格的に
この世界にも、日曜日というものはあるようだ。
豊穣の女神ティアは一週間を5日という単位で区切っていた。
土壌を耕す、土の日。
種を撒く、放の日。
水を撒く、水の日。
種が育つ、産の日。
収穫をする、収の日。
収の日は土地を休めるという工程も含まれており、また、作物を収穫するのはめでたい日でもある事から人々は身体を休めて土地に感謝を捧げる祈りを早朝に行い、残りの時間は仕事はせずゆっくりと過ごすようだ。
もっとも、よくよく考えれば収穫の後に田畑を耕して土を休める工程が抜けており、そこを収の日にまとめているとすれば随分とアバウトな考え方ではあるのだが。
そして、ひと月も5週で考えられており、ヤラン少年は地球の記憶の方が強くなってきている事から週と月の考え方に微妙な違和感を強く感じていた。
(地球じゃないんだからその常識に照らし合わせるのは間違っているんだろうけど・・・。一番は一年が350日って事かな。しかも月は14月と来たもんだ。もうここまで来れば一年を15月って考えても良いもんだろうに)
そして今日は収の日。両親に連れられて早朝から神社に参拝した後で、ヤラン少年はデビスに連れられてダインの家に剣の稽古に来ていた。
部外者がほぼ居ないという理由なのか、そもそもこの世界の建築水準がそうなのか、ダインの家もそうだがヤラン少年の暮らす家も含めてまるで掘建て小屋なのはどうにも慣れない。病で高熱を出さなければ思い出すことも無かった異世界の記憶では、家と言う家は堅固な造りで耐震性も高く扉と言う扉、窓という窓は外に面している所は全て施錠出来る防犯対策もしっかりとしたものだというのに、メティア村の家は外壁こそどうにか平らに近く加工した石を貼り付けてはいるものの基礎は木造で窓は四角く刳り貫いた空間に上へ跳ね上げて頬杖で簡単に固定する鎧戸が付いているだけ。玄関に関しては人が十分通れる広さ(幅1・5メートル、高さ2メートル)の空間に地面に擦れるほどの長さの暗幕を吊るしているだけ。
(都市部がどうかわからないけど、はっきり言って文明レベルが・・・)
低い。当然なのだが。
家の構造はどこも大体一緒で、玄関をくぐると土間のキッチンがあり、キッチンの奥には作業場兼薪風呂。石を組み合わせた四角い風呂桶にしっかりと湯が張れるものでこれだけは優れていると思えなくもない。
キッチンの脇には玄関口と同じ程度の出入り口があり、半分ほどの丈の暗幕が吊るされて一応仕切られており、そこが居間兼食卓。そしてその奥に寝室。
寝室には質素な竹で編んだ低いベッドが人数分に綿の代わりに藁を敷き詰めたシーツ・・・いや、敷布団があり、掛布団は無くやや厚手の毛布。寒い夜はベッドをくっつけて家族で寄り集まって寝るようだ。
家と家の間隔は10メートル以上離れており、どこまでが庭でどこまでが道なのか判別出来ないが、村人達はおよその感覚で家から3メートルまでを敷地と考えている。
そう、土地は個人で購入するという概念は辺境の村には無く、等しく皆の土地なのだ。ゆえに、お互いに尊重してお互いに土地を守り、新しい家族が出来れば村総出で家を建て、祝い、皆で守り生きていく。
(向こうの世界では考えられない生活だな。自由だと言えるのか、不自由だと言えるのか。ボッチ生活をしてきた俺には敷居が高いんだよな・・・。しかも、この身体もどちらかと言えば病弱でしかもボッチだったし。うーん。問題だらけだ)
ヤランの悩みを他所に、デビスがダイルに笑顔で両手で両肩を叩く。
「いやあ、ダイル。オメエさんが昔剣士だったってのは今でも信じ難ぇが、オメエさんなら息子を任せられる。よろしく鍛えてやってくれ!」
「それは構わんが・・・。なぜロバート殿の所に行かせない」
たしかに、と、そこはヤランも不思議に思っていた。よっぽどロバート老人が嫌いなのだろうか。
「オメエさんも知ってるとは思うが、ヤランに年の近い子供はいねぇし病弱だったもんだから友達っつう友達も居らなくてな。あそこには村の、力自慢の若い衆しか居らんからついてはいけねぇ。オメエさんならヤランの体力に合わせて鍛えてくれるだろ?」
「そういう事なら断る理由はないが」
こうして、ヤラン少年は木こりの仕事の無い日にも剣の稽古を付けてもらえるようになるのだが、
(あれ? そうすると日曜日は・・・? 収の日って日曜日じゃないのか?)
「そんじゃあ、日が暮れる前には迎えに来るからな。お前が自分で言ったんだ。ちゃんと稽古付けてもらうんだぞ」
「あ、うん・・・。わかったよ父さん」
この世界において明確な休日と言うのは無い。皆が皆、身体が壊れる前には休みの日を(勝手に)入れるし、お互いにそこは補い合って生きているのだ。
(やりづらい・・・。向こうの世界の記憶なんて思い出すんじゃなかった・・・)
こうして、ヤラン少年の稽古の一日が始まった。