うわまじでわきやくでいいですごめんなさい3
少女、レスティナは剣の腕には自信があった。
村長である神官フレグナーを支える剣士の家系の長女であり、兄である長男グレンには及ばずとも身体は鍛えていたし剣技の腕も父すら舌を巻くほどに熟達していたからこそ自身に魔の手が及ぶなど想像だにできなかった。
いつもの夜回りだった。
村に異変がない事を確認して回り、民家から香る夕食の香りを嗅ぐのを日課にしていたレスティナが、まさか自らに魔の手が及ぼうなどと考えてもいなかったのだ。
それもそのはず。メティナ村は開拓村で支配者となる貴族は居らず、村を導く神官フレグナーの存在こそが正義であり、彼の目の黒いうちは村に危険など及ぶはずもなかったのだから。
「ひへへっ、かなりな上玉だぜぇ? どうする? どうする? ええ?」
男達に背後から強襲されて民家の裏手、乾草を山と積まれた納屋に連れ込まれてしまい、口も大きな手で塞がれて声を上げる事すらおぼつかない。
枯れ草の山が収音装置の役割をしてくれるおかげで多少の音は民家の中までは届かない悪環境。
男達に見覚えは無い。流れの傭兵風情だろうとは想像できたが・・・。
(不覚! 最近村の近辺に盗賊が出るとは聞いていたけどっ、この人達は討伐に来た傭兵!? それとも、盗賊!?)
男達は年端もゆかないレスティナの身体をまさぐりながら下卑た笑みを浮かべて怯える少女の顔を覗き込んで下劣な視線で視姦してくる。
涙目になって視線で訴えかけて来るレスティナに欲望にまみれた言葉をぶちまけてきた。
「お、おい、どうする? やるか? やっちまうか?」
「おう、そうだな。かなりな上玉だしな」
「けどよ、どう見ても15かそこらの子供だぜ?」
「あ? お前何言ってんだ。女は14から大人だろ」
「げへへへへ! そうだよな! 頂いちまわない方が失礼ってもんだよな!!」
レスティナはことここに居たり、目を閉じて諦めた。
どうあがいた所で、一般人の村人を集めた所で彼らは腕の立つ傭兵だと佇まいを見れば分かる。人を呼べたとしてもいたずらに犠牲が増えるだけ。
彼女の生娘を捧げるだけで済むのなら、もはや・・・。
(でも・・・こんな・・・。こんな奪われ方なんて・・・)
泣くしかできない哀れな自分。
身体を鍛えても、剣の腕を磨いても、年端もゆかぬ女の子では大の大人の傭兵の男には屈してしまうというのか。
ぎゅっと目を閉じて涙するレスティナを見て、一団のリーダーらしき男がにんまりと笑う。
「さぁて、そんじゃあ頂くとしますかぁ?」
ゴツゴツとした右手がスカートの裾を持ち上げ始めた時、未だ声変りをしていない少年の声が裏通りに木霊した。
「そのくらいにしておけ! クソ野郎ども!」
「「「「ああ?」」」」
一斉に男達が少年に振り向く。
年のころ10になったばかりかと言う幼い少年がナタを右手に構えてじっと傭兵崩れの男達を睨みつけて来ていた。
隊長格の男がレスティナから手を放して首を前にがっくりと折ってため息を吐く。
「はぁぁ・・・。おいおいおいおい。なんなんだ、あのガキは」
レスティナを背後から支配してやわらかな胸を揉みしだく男がゲヘゲヘと笑った。
「うひゃひゃひゃひゃ! なんだなんだ坊主。お前も女の子がアンアン鳴くのを見に来たのかあ? いいぜえ? 見せてやるぜぇ? うへへへひゃひゃひゃひゃ!!」
ゴリゴリ、モニュモニュと少女の乳をチュニックの上から揉みしだく男に苛立ち、気持ちの大きくなっていた少年はナタを振りかざして駆け出す。
隊長格の男が右足を一歩、ほんの一歩踏み出して剣を目にも止まらぬ速さで降りぬくと、少年の持つナタは半分から上が弾けて、飛んで、消滅した。
「・・・え?」
規格外すぎる。一般人とユニットの戦力さって、それほどだったのか。
少年は冷や汗を滲ませて顎を引いて隊長格の男を上目遣いで見上げていた。
隊長格の男は、レスティナのか細い腰を左手で抱いて抱き寄せるとナタを振りかざして凄んでくるどちらかというと可愛らしい少年を見下ろして言った。
「そおおら、ぼくう? これからこの女がどうなるか見てみたいよなぁ?」
右手に力を込めてレスティナの赤いチュニックの襟元に指を滑り込ませて、男は一気に少女のチュニックを上から下へ引き裂く。
鍛えられてはいたが女の子の綺麗な肌が露にされて、カッと頭に血が上るのが分かった。
気が付いた時にはヤランは駆け出してレスティナを襲う不届きな輩に刃を振り上げるが、ヤランとリーダーの間に一人の軽戦士が立ちはだかり左腰の小剣の金属音を鳴らして脅しにかかってきて、
「クソはこれでも食らってろ!!」
真正面から挑みかかってナタを横薙ぎに男の右手の後背にすれ違いざま刃を打ち下ろすと、
「げええ!?」
半分打ち砕かれたとはいえ、刃の全てを失ったわけではない。ヤランのナタは一人の男の太腿の裏に大きく斬り傷をつけていた。
唐突な激痛に地面に転がってのたうち回る男。
「ううぎゃっはあああ!? いでっ、いでえええええええ!!」
レスティナを背後から抱き自由を奪って乳を揉みしだいている男はそのままに、隊長格の男ともう一人が小剣を抜き放ってヤランににじり寄った。
「おい。おいおいおいおい。小僧。テメェ、ナメた真似してんじゃねぇぞ」
勢い半壊したナタを振り回す少年を無慈悲に見下ろして、隊長格の男がギラリと小剣の刃を光らせる。
剣による攻撃を警戒して身構えるヤラン少年の鳩尾に隊長格の男の前蹴りが容赦なく叩き込まれた。
(!?)
軽く3メートルは飛ばされて少年の身体が地面に無惨に転がされる。
(ぐわわわわっ! い、痛え痛え!? めちゃ速い全然回避できる気がしねえ!?)
お腹を抱えて地面を転がるしかない少年に足速に歩み寄り、男はさらに鳩尾に右足の爪先を蹴り込んで転がした。
「うぎゃっ!」
「小僧が・・・子供が傭兵に勝てるとでも思ったのかよナメた真似しやがって・・・」
腹を抱えて蹲るヤランの顔が青くなる。
(傭兵!? 傭兵って剣士の転職前の職業じゃん! 防御力は並以下だけど攻撃力はメチャ高い序盤の強敵にして優秀な歩兵ユニット!)
フォーチュンエンブレムでは傭兵は最下級職だが、装備する武器によっては重装甲の大盾兵をクリティカルヒットで一撃で屠る事もある。最終職は、忍者という最強職に転職出来る。
(まずいまずいまずいっ。くそっ、身体が動かない! ああくそ、何で飛び出したんだろう俺。クソ痛え!)
そしてふとヒロインの背景を、唐突に思い出す。
(あ、そうだ・・・。ヒロインの女騎士レスティナは幼少の頃に男達に酷い目に遭わされて復讐心から剣の道を極めて騎士になったんだ。酷い事ってコレか・・・)
ゆるゆると顔を上げて上半身裸で辱めを受けている少女を見て表情が急速に無気力になっていくヤラン。
(ああ、コレ確定イベントか・・・。影からこっそり覗いてハァハァしてればよかった。コレ俺死ぬの確定じゃん・・・)
傭兵が小剣を逆手に持って切先をヤランの首筋に向けたその時、音もなく現れた痩せ型の男が隊長格の傭兵のすぐ隣に歩み寄って、
「ぐは!?」
顔面を殴りつけて地面に転がした。
「なっ!?」
「なんだテメェは!!」
太腿の裏をナタで斬られた男と傍観してニヤニヤしていた男が小剣を抜いて身構える。
隊長格の傭兵もすぐに立ち上がって男を睨みつけるが、男は彼らの動きを無視してヤラン少年に近付き跪いて右手をかざし、そっとその身体を撫でて言った。
「勇敢だったぞ。ヤラン」
「だ、ダイル、おじさん・・・」
「そうだな・・・」
何がそうなのだろう。
疑問符を顔に浮かべて耐えがたい苦痛に地面に転がったままの少年をそのままに立ち上がると、ヤラン少年を守るように立ちはだかって傭兵達に睨みを利かせるダイル。
「友の子を痛めつけたな。相応の礼をしなくてはならん」
「何言ってんだコイツ」
「素手で俺達とやり合おうってか!?」
抜刀した男二人がジリとにじり寄り、隊長格の男が遠巻きに未だ女の子の胸を弄ぶ男をジロリと睨んで吠えた。
「いつまで遊んでんだ! そんな女放っておけよ!!」
「え、だって、隊長」
「テメェもさっさと武器を構えるんだよ!」
4体1。あまりにも部が悪そうに見える状況で、ダイルは怯みもせずじっと相手を見据えていた。
ダイルは最初の周回には出てこない。理由は二週目で判明するが、彼は村に襲いかかって来た4体の傭兵ユニットに立ちはだかって村を守るために命を落とすのだ。
こんな形のイベントではなかった気がするが・・・。
(ダイルおじさん、まさかここで死んじゃうんじゃあ・・・)
グッと痛みを耐えて身を起こそうとするヤランに、少女が、レスティナが駆け寄ってその身を起こしてギュッと抱きしめて来た。
「ごめんなさい・・・ごめん・・・」
ポロポロと涙する。
見覚えのあるシーン。
盗賊の砦に囚われたレスティナを主人公のアレンが救出に行くと、傷付きながら彼女を解放してくれたアレンに抱きついて同じように謝っていたシーンがあった。
そのシーンではアレンの育ての親であり側近でもあるロバートが彼らの前に立ちはだかって盗賊と対峙していたが。
(なんか、そのシーンに似てるな・・・。それよりレスティナの胸が頬に当たってキモチイイ・・・)
寝ぼけた事を考えていると、男達が一斉にダイルに襲いかかるのが見えた。
あ、コレは、ダイル死んだかな。そう思ったが、ダイルは目にも止まらぬ速さで小剣の斬撃を潜り抜けて次々と男達の顎を拳で打ち抜いて地面に転がして行く。
「うぎ!?」
「がはっ!」
「ぐげっ!!」
「ぎゃっ!?」
一撃で気絶させられていく傭兵達。
ダイルはヤランを抱きしめるレスティナに振り返って言った。
「無事、とは言えなそうだが、無事でよかった。怪我はしていないか」
「わ、私は大丈夫です・・・。でも、この子が・・・」
「友人の子だ。どうして一人でこんな無茶をしたかはわからんが、ー」
ようやく痛みが引いて来て、ヤランが身を捩るとレスティナはそっと解放してくれる。
彼女の裸を見ないように注意しながら身を起こして、ヤランはダイルにお辞儀した。
「あ、ありがとうございました・・・。父さんは、祭りの打ち合わせで神社に呼ばれてて。一人で家に帰る途中で、この人が」レスティナに振り向こうとして左手だけで指し「男達に連れ去られるのを見て・・・。咄嗟に・・・」
「そうか。勇敢だったぞ。だがな」
力強い右手がヤランの頭に伸びて、掌で頭をポンと叩いて撫でた。
「お前はまだ子供だ。無茶はするな。人を呼べ」
「そうしてて、女の子が酷い目に遭わされるのを見過ごすのは! ・・・違うと思います・・・」
「殺されていたかもしれんのだ。自分に出来る事と出来ない事を知りなさい。まだお前に戦いは無理だ」
確かに、と思う。
と、レスティナが両手で胸を隠して立ち上がると、ダイルに向かって言った。
「ダイルさん。助けて頂いてありがとうございました・・・」
「礼には及ばん」
ダイルはチュニックを脱いで上半身タンクトップ姿になるとチュニックをレスティナに放って言った。
「間に合って良かった」
いそいそとダイルのチュニックに着替えるレスティナ。
そして深々とお辞儀をする。
「本当にありがとうございました。剣士様・・・」
(剣士様?)
キョトンとするヤラン。
ダイルは迷惑そうに苦笑するとレスティナに身体を向けた。
「俺は剣を置いた身だ。そう呼ばないで欲しい」
「ですけど、私は剣を学びたいと思います。助けて頂いた上で厚かましい事かもしれませんが、どうか私に剣を教えて下さい!」
逡巡するダイル。
そしてヤランは、あっ、と思った。
(レスティナの剣の師匠って、謎に包まれてたけど。ダイルが師匠だったのか)
ダイルを見上げると、複雑そうな顔で悩んでいる。
ふっと軽くため息を吐いて言った。
「教えるのはやぶさかではないが、今の俺は木こりだ。そんなに時間は取れないぞ」
「少しずつで構いません。私は強くなりたいんです!」
「そうか」
何故かヤランの頭をポンと叩く。
「それじゃあ、明日の昼から伐採広場に雑茶と茶菓子を届けてくれ。15人分だ。仕事から帰った残りの時間で少し教えてやろう」
もう一度ヤランの頭をポンと叩いて、
「お前にもな」
「あ、ありがとう、ございます」
当初の目的の、剣術を習うが達成出来そうだ。ヤランは喜んだ。
(よっしよっし、結果オーライ。コレで生存率は確保出来そうだ!)
背後からレスティナが抱きついてくる。
(・・・・・・・・・・・・え??)
そして愛おしそうに頬擦りをして来て言った。
「ごめんなさい。私、強くなるわ。あなたを守れるように・・・」
「え? え? あ、はい・・・?」
「助けに来てくれてありがとう・・・」
チュッと右頬にキスされて戸惑うヤラン。
「え、え、いやっあのっ」
「痛い思いさせてごめんなさい・・・。あなたの事は、私が守るわ・・・」
(それアレンが言われるセリフー!! えー!? 俺メインユニット入りするつもりは無いんですけどー!?)
ダイルが微笑ましそうに笑った。
(いやいや待って。俺マジで脇役で良いんで、しかも今後レスティナがアレンと出会えばそっちに惚れるでしょそういう失恋確定とかいらないんですけど!!)
ヤラン少年の気持ちを知ってか知らずか抱きしめる力に強さがこもるレスティナ。
「お姉さんが、あなたをきっと守るわ。あなたも、同じ気持ちでいてくれたら嬉しい・・・」
(やめてー!! そんな失恋したくないしセットでアレン軍団入ったら俺の生存率下がるからー!!)
まだ少し硬いが女の子の胸の膨らみを後頭部に感じて頬を赤く染めながら、ヤランは苦悶の表情で涙目になっていた。
(うわまじでわきやくでいいですごめんなさい。傭兵と戦って普通に痛くってごめんなさい。俺にヒロインと一緒にいるのは無理ですごめんなさい・・・)
とんでもない結果に落ち着き、ヤランは前途多難に感じていた。
ダイルが剣士だと知ったら、父のデビスはどう思うだろう。
ともかく、剣は教えてもらおう。年上ヒロインのレスティナは・・・まぁ今は置いておこう。
ヤラン少年は、こうなれば主人公のアレンとは出会わないようにした方が良いだろうと決意を新たにするのだった。