うわまじでわきやくでいいですごめんなさい2
ヤラン少年が風邪が完治してまず始めたのは、父について行って伐採した樹木の枝払だった。
ナタを振るって枝をはじいていく。刃物を使う以上一応は訓練にならない事もないと思ったからだ。
父のデビスとその仲間達が森に分け入り倒す木の選別から伐採を行う間、伐採した木を引き摺り込んだ広場でひたすら枝をはじく。
すぐにナタを持つ手が痛くなって掌を見ると人差し指と中指の付け根に血豆が出来ていた。
「うへー。いてぇいてぇと思ったら・・・。枝払うだけでも大変なんだなぁ」
全長10メートル近くある木の根元から登る形でナタを振るうが、大人の手首ほどの太さの枝を払うのに子供の力では10回以上叩かないと払えない。
刃の入れ加減を変えて抉るように叩いてみるが、思うように刃が入らず、午前中かけて4分の1も終わっていなかった。
大人の男達が森を開拓した広場に戻ってくる。
「お、ヤランちゃんとやってるじゃねえか」
人の良さそうなおじさんが笑っていうが、デビスはヤランの働きぶりを見て目を吊り上げて怒鳴り散らしてきた。
「まだそれしか終わってないのか! 気合が足りないんじゃあないのか!?」
「お、おいおい。ヤランは身体大きい方じゃないんだから。しかも病み上がりだろう。親父なら気をかけてやんなよ」
「ぬるい事言ってんじゃねえよ! コイツはなぁ、剣を習いたいとか夢みてぇな事抜かしやがったんだ。これっぽっちも終わってなくて何が剣だ! どだいお前じゃあ無理ってんだよ!」
「おいおいデビス・・・」
「そら言い過ぎだべ」
「ヤランはまだ10になったばかりだろう。しかも伐採を手伝い出したばかりじゃねぇか」
「んだんだ。厳しすぎるのは良くねぇべ」
「オメェらは黙っとれ! 家族の問題だ!」
「んだべなぁ」
「のう?」
ひょろっとしていたがどこか陰った怖さの目をしたおじさんがヤランの前にスタスタと近付いて、ナタを持つ右手を徐に掴んで見下ろして来た。
見覚えがある。
(あ、この人確か二週目で登場する隠れユニットのスーパー村人だ。名前なんだっけな。クラスチェンジするとめちゃ強い剣士になるんだよな・・・)
びくつきながら怖いおじさんを見上げていると、彼はナタを持つ右手を両手で包み込むように優しく握って言った。
「力み過ぎだ。優しすぎても手から抜け落ちてしまうが、」ヤランの手を、指を弄ってナタを握らせる「このくらいの力をイメージして枝を叩いてみろ」
「あ、はい・・・」
なんだか怖い印象だが意外と優しいのだろうか。ヤラン少年は戸惑いながらナタを枝に振るってみると、勢い半分ほど刃が入りメリメリと音を立てて枝が起きる。
「あ! すごい!」
もう一度振るうと面白いほど簡単に枝を払う事が出来た。
「その感覚を覚えるんだ。色々と役に立つ」
「ありがとうございます!」
その光景を見ていたデビスが顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「ダイル! 息子に変なこと教えるんじゃねえよ!」
「息子に仕事をさせるならナタの握り方くらい教えてやれ。あれでは手を痛めるだけだ!」
デビスもクマかというほど大きな体格で周囲を恐れさせるが、それを子犬でも叱りつけるようにピシャリと言い放つダイルおじさん。
(かっけー! そうだダイルだ! 確かゲームでは二週目以降に村でイベント起こすと仲間になるけど、それ以降喋るシーン無かったんだよな。自分の分身に使ってたっけ・・・)
ヤランがキョトンとしてダイルに睨まれて怯む父を見ていると、ダイルはチラッとヤランの方を振り向く。
「剣術などあってもなくても変わらん。戦に行くわけでもあるまい。ナタや斧を覚えろ。生活にはその方が断然役に立つ」
「は、はい。えっと」
デビスに向き直り、狼のようにじっと見つめるダイル。
「デビス、刃物の使い方くらい教えろ」
「ヤランにそんな物は必要ねぇ・・・」
バツが悪そうにデビスが顔を背けてそんな事を口走ると、ダイルは再びヤランの方を見て言った。
「父親の仕事を見て覚えるのだったな」
「えっと、はい。木こりが僕の仕事みたいなんで」
「明日も来い」
「えっと・・・ええ、はい・・・」
ぶっきらぼうに言い放ってダイルは他の男衆に混ざり昼食の弁当(布で包んだだけのバゲットサンド)を広げて食事を取り始めた。
デビスは不機嫌そうにヤラン少年の佇む伐採した木に歩み寄ると横たわる木に直接腰掛けて似たような包みを解いてベーコンと根菜を挟んだバゲットサンドを二人分取り出すと片方をヤラン少年にため息混じりに差し出してくる。
「そら、飯にするぞ」
「あ、はい。父さん」
ヤランはデビスの右隣によじ登って座るとバゲットサンドを受け取り両手でしっかりと持って頬張る。
デビスもまたガブリと一口咀嚼しながら言った。
「刃物の扱いはおいおいと思ってたんだがな。ダイルめ」
「そうなの?」
「お前が武術なんか習いたいなんて言い出すからだぞ!」
「ごめんなさい」(だって死活問題だし)
「枝の払い方は明日の朝、改めて教えてやる。確かにやたらと振るったからって枝が払えるわけじゃないからな」
「うん」
「まぁ、ダイルもいい職人だ。父さん以外の人から学ぶのもいい勉強になるだろう」
「はい、父さん」
「だがロバートの爺さんはダメだぞ。絶対にだ」
何故、デビスは頑なにロバートの事を嫌うのだろう。ヤラン少年の中に芽生えた生前の知識によれば、準主役級の強力な騎兵ユニットで、剣と槍に長けた優秀な騎士だったはずだが。
「父さん、何故、ロバートというお爺さんのことをそんなにも嫌ってるの?」
「ロクデナシの騎士崩れだからさ。働きもしないで年がら年中剣を振るってる変人だよ」
「ものすごく嫌ってるみたいだね」
「畑仕事の一つしないで作物のおこぼれをもらって暮らしているようなロクデナシだ。年頃の男の子を連れていて、まともに働く事も出来ないような大人になんか、学ぶことなんか無いんだからな」
「・・・はい・・・」
ロバートの連れている男の子というのは、間違いなくゲームの主人公だったアレン・バルドグラの事だろう。
(そりゃあ前皇帝の忘れ形見だもん。強い戦士として鍛えてるんだろうさ。しかし、やっぱり剣術的な技は覚えたいな。斧やナタが使えるようになったって、敵と立ち回る術を知らないときっと刃を交えるまでもなく斬り殺されてしまう。接敵即死の名前すらないモブ村人でいるのはあまりにも危険。な気がする・・・)
ダイルは隠れユニットだった事もあり実は何処かの元傭兵とかバックボーンがありそうだ。
明日それとなく教えてもらえるか聞いてみようかと、ヤラン少年は画策するのだった。
伐採作業を終えて村に帰る頃には、陽も落ちて辺りは薄闇に包まれつつあった。
「ほんじゃ、おつかれさーん」
「また明日ぁ」
「どうでい? 一杯ひっかけてくかい?」
「トーマスんとこか? 今日はまずかんべ。祭りの前さったら、あいつんとこは忙しいべ」
「まぁまた来週だなぁ」
「来週だなぁ」
別れ際に10人ほどの木こり達が残って酒を飲みに行くかどうかで寄り集まる。
文明の発達していないファンタジーな世界観では、そのくらいしか楽しみがないのだろうか。
「んだべデビスはどうすっけ。寄り道さしてくか?」
「バカ言ってんじゃねぇよスカタン。息子連れて寄り道なんか出来るか」
「んだな。オメさん嫁さいっからなぁ?」
「ふざけた事吐かすんじゃねえ! 俺は嫁一筋だかんな」
「マ・ジ・メ・ダ・ネー!! んだべメリンさデビスにゾッコンだべな」
「まーで羨ましいオシドリ夫婦だっぺやぁ。なぁ?」
「俺も嫁さほしがねぇ」
「オメェは遊び過ぎだべよ。どこん娘もオメェの事ぁもう相手にしてねっぺ」
「んだどゴラァ。俺さ村一番の色男だっぺ!」
「村ぁ一番の男前はダイルだっぺぇよぉ」
「んだんだ」
「よせ。俺は行かんぞ」
「そったらつまんね事言わないし! ダイルが来るんと来んのとじゃあ娘っ子の賑やかさ変わるんだべよ!」
「んだべ行こうなー。なあ?」
「俺は行かん」
「「「「「つまらん男ちなぁー」」」」」
ヤラン少年の耳には雑音にしか聞こえないと思っているのだろうが、転生前の記憶が断片的に思い出して来ているヤランにとってはその会話が女遊びだというのは容易に理解出来た。
(実際店には行った事ないけど。結構エチエチな事するんだろうな。つーか、こんな辺境の開拓村でそんな店あるのか非常に疑問なんだが)
わからないふりしてじっと前を見て歩くヤランを見下ろして、デビスは彼の肩に大きな手を乗せて引き寄せるように歩き出して言った。
「そんだら! 俺は帰るからな。みんなもほどほどにしておけよ!」
「へいへい」
「お疲れ〜」
「したば、また明日なー」
「ふー、はよ呑みたい歌いたい。ベッドの上で踊りたい」
「ばかてめコノゥ! 子供がいる前で滅多な事口走んじゃねえ!」
わいのわいのと騒いで村の外れをぐるっと歩いて去っていく木こり衆。
デビスはヤランを操るように歩き出してダイルに見下ろして向かって言った。
「ほったら、また明日な!」
「ん、よろしく頼む」
そしてダイルもまた村の中央に向かって歩き去って行った。
晩飯を作っているのかどの家からもスープの香りが漂ってきてヤランのお腹の虫が鳴る。
デビスが笑った。
「わはは! 体ぁ動かしたからな! 腹も減っただろ」
「うんそりゃあ。父さんの仕事は大変だね」
「冬ん前に薪作らんと冬は越せんし、家を建てたり直したりするにも木材は必要だ。俺たちの仕事は、村を支える大切な仕事なんだかんな」
「うん。わかるよ」
「そうかそうか! はよ家帰って母さんの飯食わねばな」
「うん。そうだね」
他愛もない会話をしながら帰路に就くヤラン少年とデビス。
村の中央に作られた四角い広場に差し掛かると、恰幅の良いやや良質な緑色のチュニックに身を包んだ太り気味の男が、村長である神官が中央広場の北側に建てられた神社の石鳥居をくぐって手を大きく振りながら呼び止めてきた。
「おお、デビス! 良い所に来た!」
「神官様? 今、伐採の帰りなんですが、何か?」
「うむうむ。夏の祭りについて打ち合わせしたくての」
「いやいや、今年は俺は祭りは見る方に回るて、ー」
「そう言うな。お前はそもそも所帯持ちだろうが」
「そりゃそうだが」
「祭りは嫁探しを兼ねとるんだ。所帯持ちのお前が見て回っても仕方なかろう」
「息子に祭りを見せて歩きてぇんだが・・・」
「子供は放っておいても育つ。祭りなら同い年の子と回ったほうが勉強になろう」
「困った事言うなぁ。ヤランと同い年はおらんだろう? 上は六つ上、下は三つ下の子ぉしかおらん。友達と呼べる子もおらんし親父が連れ歩く事は必要じゃろうがい」
「お主は過保護だからいかんのだ。多少年が離れとっても子供は勝手に仲良くなるものだ」
「神官様、今年は勘弁を・・・」
「それで、相談と言うのはだな、ー」
村長である神官のフレグナーはデビスの肩を抱いて無理やりに神社に引っ張っていく。
デビスは熊のような見た目にそぐわないおろおろとした様子でヤランに振り返って言った。
「ヤラン、先に帰ってろ! 話済ませてすぐに行くからな! 母さんによろしくな!」
「あー・・・うん・・・」
すっかり暗くなった村の広場に置き去りにされて、肩をすくめてとぼとぼと歩き出すヤランは左腰に下げたナタの鞘を左手でポンと叩いて呟く。
「さて、まっすぐ帰ってもつまらないけど、流石に心配かけちゃまずいよな」
デビスが言うように、ヤランには友達と呼べる子供の記憶がない。
体も丈夫な方でなかったせいか、村の子供たちからはいじめられもしなかったが爪はじきにされていたのは確かだ。
正直、デビスが祭りの機会などに連れ歩いてくれれば彼の友人の子供とも自然と接点が得られたのだろうが、年の近い子もいないヤランが一人で外を歩いてもあえて近付いてくる子供はどうやらこの村にはいない様子で、閉鎖的な辺境の村だという環境が影響しているのだと思えなくもない。
ヤランは自身の容姿が取り立てていいわけでもなく、さりとて悪いわけでもなく、何より頑丈さが足りなくてすぐに疲れてしまう事から余計に友達を作れるほど単独で出かけるような事もなく薪割りを手伝ったり母の薬草作りを手伝ったり、家庭菜園を手伝ったりするだけで一日は終わっていた。
(何より、インドア派な俺に積極的に友達を作るスキルなんかない! うん。帰ろう)
何かを諦めるように家路を急ぐと、前からヤランより年上の明るい赤色のチュニックに赤茶色のスカートを穿いた少女が通りを歩いてくるのを遠巻きに見る。
金髪に近い薄茶色の綺麗な髪をポニーテールに纏めた美少女だ。
(あの面影。ひょっとしてメインヒロインの一人の女騎士になる娘かな。綺麗だなぁ)
見とれながら距離が近付く。
20メートル、15メートル、10メートル。
少女の背後に別の人影を4つ見つけて眉を顰めた。
(なんだろう。肩当付きの革の胸当てに革の草刷り? 質素だけど左腰に小剣・・・。冒険者? いや、フォーチュンエンブレムになぞらえれば、軽戦士か。ガラ悪いなぁ。あんな奴ら村に設定されてたっけ・・・)
転生前の記憶に意識を巡らせていると、武装した男達は歩く速度を速めて少女の背後に近寄り、
「あっ!?」
あっという間に家と家の間の路地に連れ去ってしまった。
「・・・・・・・・・え??」
人攫い?
こんな辺鄙な村で?
なぜ?
現実味の無い出来事に呆けていると、連れ去り際に最後尾の軽戦士が「ギッ!」とヤランを睨みつけて裏の暗がりへと姿を消して行く。
「いやいや、睨まなくても追いかけないし! てか、フォーチュンエンブレムにこんなイベントあったっけ!?」
一瞬、「キャ」っと悲鳴が上がるが、本当に一瞬の事で鳥か猫かと言えば通じてしまうほどに弱々しい。あれでは周囲の民家の人は気付くまい。
(え? どうする? どうすればいいの?)
左腰にはナタがある。
心は大人だ。
そして、ヤランは男だ。
彼は今の自分の身体が子供だという事を忘れ、腰に武器らしきものを持っていたことから一歩踏み出してしまった。
転生前だったら絶対に逃げていたシチュエーション。
だが、今は武器がある。
(これは放っておいちゃあ駄目なヤツでしょ!!)
そして、ヤランはもう一つの選択肢、人を呼ぶという事を怠ってしまったことに気付かず、村の大通りの裏へと駆け出していた。