その男、元老院議員 part2
「ふ、ふざけるなぁっ!!」
今にも飛びかかりそうになるエアリアを、リオンがその肩を掴み制止する。
燃えるような怒りが、そのオレンジ色の瞳を包み込む。
かなり強く力を込めないと、斬りかかりそうなほどの怒りだった。
「相変わらず、熱くなりやすいな」
それを見たトムスが、胸のポケットから煙草を取り出し火を点ける。
そしてゆっくりと吸い、虚空を見つめながら煙を吐いた。
その表情からは、先ほどの鋭さは幾分なりを潜め、替わりに呆れが入り混じる物になっていた。
「そもそも、この国と貴様たちのガランはなんの協定も結んではいない。いくら自国の領内が荒らされようとも勝手な振る舞いができる道理はないだろう? しかも、王国近衛騎士団長である貴様が」
「だが、ことは急を要するのだぞ! そんな悠長なことを言っていては手遅れになってしまうかもしれないんだ!」
だが、トムスはそんなエアリアの必死の言葉も、興味はなさそうにしている。
その視線はまるで、子供がこねるしつこい駄々に嫌気がさしている親のようだった。
「はぁ……なら、貴様らに手を貸して、どれほどの利益が私にあるというのだ」
「り、利益……だと?」
結局はそこである。
エアリアの言葉が目の前の男に響くことがないのは、彼が利益を追及する男だからである。それが前提にある以上、騎士として国を護る想いが届くはずもなかった。
「そう、利益だ。貴様、いやガランに協力をすることへのメリットを、貴様は提示していない。ただ勝手な振る舞いを見過ごせと言うのは、いささか都合が良すぎるとは思わんか?」
エアリアは、握りしめた拳をワナワナと震わせ俯いている。
だが、これは仕方のない部分でもあった。国に身を捧げた騎士と、金によって成りあがった男では思想が交わることが無いのは当然のことである。
「だったら、僕たちはどうすればいい?」
煙草をくゆらせる、目の前の男は気に食わないが仕方がない。無効の求めるものを差し出すより他は無いのだ。それが商人という生き物だった。
千年前も、商人から情報を貰うのには非常に苦労していた。ハルトが仲間に加わるまでは、誰もそういった事を得意としていなかったので時間を喰う場合が多かった。
特に“勇者”もエアリアに似て正義感で動くような人物だったので、イザコザも多かった。
「今日一日で発生した損害、その二十倍の金額で手を打とうじゃないか」
「二十倍!?」
後ろで小さくなっていたカレンが、驚きの叫びを上げて、エアリアも呆れたように頭を抱える。
「馬鹿げてる、この街で調査を行うだけで、そこまでせしめるつもりか!!」
「貴様には話していない。私はそこの小僧に言っているんだ」
その言葉にエアリアは憎々し気に歯を食いしばる。
「リオン、構うことはない。こんなふざけた話聞く価値も無い」
「ウチもそう思います。そもそも、単純に考えただけでもこの街の三か月並みの予算になるっスよ……」
だが、それを聞いてもリオンは、気にすることなく話を進める。
莫大な金額を吹っ掛けられているのは、もちろん分かる。だが、リオンには目の前の男はおろか、二人も知らない異能があった。
だから、
「それでいいんだな? その金額を支払えばこの街で自由に行動できるんだな?」
こともなげに答える。
その目には一切の躊躇いも無かった。
後ろの二人は顔面蒼白で、カレンに至っては今にも倒れそうになり、エアリアにもたれ掛かっている。
「ふっ……はっははははは!!!!」
トムスが、タガが外れたかのように大笑いし始める。
しかし、その瞳は笑っておらず、リオンを真っ直ぐ見つめていた。
「どうやって用意をするつもりだ? そこの小娘の言うように並大抵の金額では無いぞ? でたらめを……」
「僕の質問に答えろ。支払えば自由を約束するか?」
トムスはその言葉に、思わず押し黙る。
こんな、素性もしれない小僧ごときが、用意できる金額ではない。
頭では分かっているが、こちらへ向けられた紺碧の瞳には“何か”があるとトムスの長年の直感が告げていた。
「いいだろう。好きにさせてやる。ただし街に被害は出すなよ?」
そう答えるしかなかった。長く、経営という名の戦いの世界に身をおいているから分かる。
この男とは勝負をするべきではない。無理に挑めば潰されるのは自分だ。下手に出ている内に引いておくべきだと。
リオンは、トムスの言葉に頷くと、
「それなら、あんたにいくつか聞きたいことがある」
今までより冷たい声でそう言った。




