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想像の力

「思い出されましたか?」

マユリの声が聞こえ、少年は瞳を開いた。その双眸には大きな涙の粒が浮かんでいた。

「僕は、勇者たちと一緒に魔王を討伐するための旅をしていた、回復師として。そして長い旅の果て、ようやく魔王を倒したとき勇者が僕を剣で刺し殺したんだ……」

「そうですわ。あなたは仲間とともに懸命に戦った。 なのにその仲間たちはあなたを裏切り無残にもその命を奪ったのですわ。ですから私があなたの魂をここへ運び、その心が目覚めるまで眠りにつかせたのです。そして千年の後、あなたはこうして目覚めたのです」



震える声で自らの最期を語る少年に、マユリが続ける。

「あなたは何一つ罪を犯したわけではないのです。ですから私があなたに命と力を授けましょう。世界を変えることも可能な命と力を」

「……命と力?」

「ええ、あなたにはその資格がおありですもの。でも、それをを受け取ったら一つだけやってほしいことがありますの」

「僕に何をやらせようと?」

少年の質問をマユリは優しい笑顔で受け流す。

「受け取っていただけたらお話いたしますわ」

それはつまり、受け取らないなら用はない、そう言っているようなものだった。



「……わかった、あなたの言う命と力、それを受け取ろう」

しばしの逡巡の後、少年は命と力を受け取ることにした。 ここでずっと座り込んでいても悲しみが癒えることは決してない。それなら新たな命とともに千年後の世界で生きるのも悪くはない、そう思ったからだった。 



「それで、僕は何をすればいい?」

少年は改めてマユリに尋ねる。だがマユリから告げられた言葉は、にわかには信じられないものだった。

「あなたには新たなる魔王となった勇者とその仲間たちの討滅をしていただきたいのです」

「新しい魔王? ……勇者が?」

「ええ」

「嘘だ!! 嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」

思わず、叫んでいた。そうでもしないと頭がどうにかなりそうだった。ずっと魔王を倒すその目的で共に旅をしてきた勇者たちが、魔王と化してしまったなんて認めたくなかった。



だが、マユリの言葉はそんな思いをたやすく打ち砕いた。

「事実ですわ。勇者たちはあなたを殺した後、魔王の闇の力を取り込み自らの肉体を魔なる者へと変貌せしめたのです」

「そうか、だから僕に力を与えようって言いうんだな。勇者たちのことをよく知っているから多少なりとも組し易いだろうって」

少年の追及にマユリは変わらない優しい微笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

「否定はしませんわ。私はこの世界の行く末を憂うもの、少しでも早くより良い世界にできるのならそれを選びますわ」



マユリは指先にこぶし大ほどの光球を浮かべるとそれを少年の胸元へと向けた。すると、まるでそうなるのが自然だと言わんばかりに少年の体に光球は吸い込まれていった。

「それがあなたの新しい力、“自在術式(マルチスキル)”ですわ」

自在術式(マルチスキル)? どんな力なんだ?」

「あなたの想像力次第でどんなことも可能になる魔術ですわ。魔王と戦うのに回復師としての魔術だけではとてもかないませんもの、これくらいの魔術はあってもいいはずですわ」

「ちょっと待ってくれ、どんなこともって本当なのか?」

「ええ、あなたが思い描くことならなんでも」



その言葉を聞き、少年にはある思いがよぎった。

「……なら、この力で勇者たちをもとに戻すことも可能なのか?」

「命を奪われて、まだそんなことをおっしゃいますの? あなたも随分なお人……」

「答えてくれ!」



はぐらかそうとするマユリに少年は語気を強めて詰め寄った。

一瞬驚いたような顔を浮かべたマユリだったが、すぐに元の笑みを浮かべた。

「あなた次第、としか言えませんわ。その魔術はずっと封印されていたものでどこまでのことができるのかは全くの未知数ですもの」

「魔王と戦わせようっていうのに随分不安定なものを渡すんだな」

「今の私にできる最大限のことですわ」



そう言いながら、今度は自らの背後に大きな門を作り出すとその扉を開いた。

「さあ、この門をくぐれば人間界ですわ、決心が固まったら進んでくださいな」



少年は、迷うことなく歩みを進めた。どのみちこの力を受け取った以上やるよりほかはないのだ。だったら一縷の望みであっても、勇者たちを元に戻し何があったのか、なぜ自分を、自分だけを殺さなければならなかったのかを聞こうと思った。

「良い結果をお待ちしていますわ、新たなる勇者殿」



だから門をくぐるときにマユリが投げかけた言葉にこう返したのだった。

「僕を勇者と呼ばないでくれ、僕はただの旅人、リオンだ」

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