闇の亀裂 part3
“闇”を貫く黒雷。
その迸りは、二人がいる部屋、いやそれだけにとどまらず魔王城そのものを揺るがした。
「まだだっ!! この程度で私の、いや私たちの怒りはっ!!!!」
ヘカテリスの怒声と共に、黒雷が激しい音を立てて魔王を包む“闇”へ襲い掛かる。だが、そのすべてが“闇”を貫いているというのに、ヘカテリスの表情が曇る。
「……もう終わりかな?」
ひとしきりの迸りが収まった一瞬に、“魔王”が薄い笑い声と共にヘカテリスへと聞く。“闇”は全ての黒雷を飲み込み、同化させ、同じ“闇”にしてしまっていた。
「千年前もこんな程度だったか?」
「貴様……」
“闇”が僅かに蠢く。ヘカテリスはそれを見た瞬間、勢いよく身を翻した。
ーードシュルルルルルルルル!!!!!!!
猛烈な闇の螺旋が、今までヘカテリスが立っていた場所を抉るように突き進む。その勢いのまま城の外壁を突き破り、暗黒広がる外へと突き抜けていった。
「あーらら、城の壁、突き破っちゃってまぁ……」
「まったく……力加減を考えない奴だ」
ドラガンとマリーベートが呆れた様な表情で、外の暗黒を引き裂き進む漆黒の螺旋を眺める。言葉とは裏腹に、どこかのんきさが声から漏れていた。
「へぇ、よく避けたね。でもこれはどうかな?」
闇が蠢き、ヘカテリスの背後へと回ったかと思った瞬間、黒雷が迸る。それはヘカテリスの無防備な背中に深々と突き立てられた。鮮血が周囲へ、噴水のように吹き出る。
「言ったはずだ……この程度で私たちの怒りは収まらないとっ!!」
黒雷が突き刺さるヘカテリスの体が不自然に揺らめいたかと思うと、吹き出た鮮血が霧となって揺らめく体と一緒くたに混ざり合う。
「この距離なら!!!」
赤黒い霧から、雷が迸る。それは今までの黒雷ではなく、白き光を伴った白雷とも言うべき物だった。
「……貴様を打ち倒すためなら、光の力すらも使って見せよう!!」
それは魔族にとっては忌むべき力。光を宿した聖なる雷。本来なら魔族に光の魔術は使うことはできない。
だが、今のヘカテリスは魔族にあって魔族にない存在。死せる肉体に、魂を宿されたモノ。自身を魔族ではないと再定義し、聖なる力を使ったのだった。
「貴様が与えたこのカラダが、貴様自信を殺す!!」
「……まさか、自ら魔族であることを捨てる……いや、死ぬ気か?」
そう、たとえ肉体が与えられたモノであっても、魂は確かにヘカテリスの物。魔族であることに変わりはない。尋常ではない精神力で聖なる魔力をその身に宿すのは諸刃の刃。その証拠に、輝く雷光を放つたび、ヘカテリスの美しい顔に細かなヒビが走り、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「構わない、たとえこの身が朽ちようとも、ここで貴様だけは……殺す!!!」
悲痛な叫びと共に、白雷の光がさらに強まる。その光に呼応するようにヘカテリスの体に走るヒビも大きく広がる。まるで命を吸っているかのように。
「残念だよ……ヘカテリス。せっかく造ったのに、失敗か……」
だが、それだけの覚悟を乗せた、決死の白雷も“魔王”には届かなかった。“闇”すら晴らすことも叶わなかった。
蠢く“闇”の中で僅かに煌めくなにかが、聖なる光の白雷を受け止めていた。
「そ、その輝きは……聖剣……」
そう、“闇”と共にあっても、魔剣へと堕ちても、その聖なる煌めきを同時に宿す“勇者”の剣。
「君だけが聖なる魔力を使える訳じゃないんだよ」
その言葉と共に、“魔剣”が突き出される。その聖なる煌めきは、いとも簡単にヘカテリスの体へ突き刺さり、ひび割れた肉体を崩壊させた。
「くっ……だが、いずれ貴様も、滅びが来る……貴様も私同様、不完全な魔族なのだから」
呪詛の言葉と共に消滅するヘカテリスに、“魔王”が答えることはなかった。




