帰郷
ダンジョンを脱出した俺は故郷に帰るために、行商人を探して馬車に乗せてもらう事にした。
彼らは素材の売買を行うために、町から町へと日々移動している。どの時間帯にどこを通るのかというのは様々な仕事を引き受けていた事もあって把握している。そのおかげかそれほど時間がかかる事なく行商人を見つける事ができた。
料金さえしっかり払えば、それ相応の仕事をしてくれる存在なので、今の俺には非常にありがたい存在だ。何せこちらはスキル封じの腕輪をつけさせられるほどの危険人物として扱われていた存在だ。彼らは相手が訳アリだったとしても料金さえ払っておけば、こちらの素性に関しても深くは詮索してこない。良くも悪くも持ちつ持たれつの関係なのだ。
「しかし兄さん、あんたついてるねぇ。まさかジュエルビートルの角を提供してくれるなんて。夢にも思いませんでしたぜ」
「ええ、本当に"ラッキー"でしたよ」
この行商人に手渡したのは、ダンジョンで手に入れたジュエルビートルの角だ。角部分は宝石で出来ており、貴族の装飾品としても使われるほどの一品物だ。ジュエルビートルはそれほど強くはないが、素材がおいしい魔物だ。それゆえ遭遇できればラッキーといっても過言ではない珍しい魔物なのだ。まぁ今回はキマイラという化け物とセットだったのだが、それ以上に俺のスキルが強力だった事は本当に"ラッキー"だった。
「本当に角の代わりが送迎とその装備品だけでいいんですかい? うちの倉庫に戻ればもっと良いものがありますぜ?」
「急ぎの用事がありまして。とにかく時間が優先何ですよ」
「そうですかい。じゃあ、お言葉に甘えていただきやすぜ」
俺はジュエルビートルの角と引き換えに、両親の住む故郷までの送迎といくつかの装備品を貰えるよう交渉した。今の俺の服装はヨレヨレといった状態で、お世辞にも清潔感があるとはとてもいえない状態だった。食事事情と寝床を何とかするのに精一杯で服装を整える余裕などなかったからだ。今後活動するにあたって、やはり最低限の身なりを整えておかなければ、少なからず街中でいると注目を浴びてしまう。行商人からもらった服装は普通の軽装備ではあったが、さすがに今の服装よりは綺麗であったため、それを身に着けておけば、少なくとも今の服装で活動するよりは目立たないはずだ。
相手の言う通りジュエルビートルの角は俺が希望した装備品以上の価値があるものなのだが、今はとにかく時間が惜しい。あまりウロウロしていると教会やギルドの関係者とばったりと出くわす可能性がある。いつでもどこでもウイルスを発生させてパンデミックを起こせる存在など畏怖の対象でしかない。そんな存在である俺が彼らと遭遇し、スキル封じの腕輪をつけてない事が発覚したとなればおそらく俺を捕まえようと追ってくるに違いない。捕まれば最後、即処刑か何かの実験材料扱いされて終わりだろう。
「しかし兄さん、兄さんが行くって言ってる村なんですが、そんな大層なもんがあるところじゃないですぜ。知り合いでもいるんですかい?」
「まぁ、そんな所です」
「そうでしたか。ただ気をつけてくださいよ。最近色々物騒になってきたんでさ。魔物が狂暴化するわ、ダンジョンに強力な魔物が現れ始めるわ、どこぞの国が戦争を始めようとしてるとかいう噂が流れるわ、大変な事になってるみたいでさ」
「……へぇ。そうなんですね」
「そういや、兄さんが行く村でも何かありやしたね。確か昔の話ですが何やらとんでもないスキルを持った子どもがいたとか。あまりにも危険なんで今でも厳重に監視された生活を送ってるって話を聞いたことがありやす」
どうやら俺が思っていた以上に、俺の事が世間に広まっていたようだ。ただ村にいたとんでもないスキルを持った子どもが俺だという事まではさすがに知らなかったようだ。とはいえ油断は禁物だ。今は知らないふりをしているだけで、後から実は俺がその存在でしたという事に気づき、その情報を誰かに売り渡す可能性がある。
あまり村でも悠長にしている余裕はなさそうだ。
「お待たせしやした。兄さんつきやしたぜ。本当に帰りの送迎はいいんですかい? ジュエルビートルの角の値段に全然見合ってやせんが」」
「ありがとうございます。ここまで大分早く送ってくれましたから十分ですよ」
「まぁ、さすがに申し訳ない気がしやすし、今度会ったときは何かおごらせてくだせぇ。また兄さんとは会いそうな気がしやすから」「はは、その時はぜひお願いしますよ」
愛想笑いを行商人に返し、その姿を見送る。さて、家の場所が変わっていなければここからもう少し奥に行った先に我が家があったはずだ。今、自分の両親がどんな生活を送っているのか、様々な思いを胸に抱き、俺は両親がいる家に向かう事にした。