逃走者のその後 *別サイド
今回はアルを囮にし、逃亡したスレイン達のお話になります。
「くそが! あのゴミ野郎! 最後の最後まで俺たちの足を引っ張りやがって!」
「本当にありえない! あれだけジュエルビートルを倒したのに手に入った宝石が0だなんて! おまけにバッグまで忘れてくるなんて」
「……囮にする所までは良かったがバッグの事を完全に忘れていた。痛い失態だな」
スレインは大きく声を荒げ、この場にいない少年、アルを罵倒する。スレインたちはアルをキマイラの囮にして逃亡した後、何とかダンジョンから脱出し、町まで戻ってきていた。あのダンジョンにキマイラが住むと呼ばれているのは知ってはいたが、まさか初めて潜ったその日に遭遇するとは夢にも思っていなかった。自分たちがAランクの実力者という肩書を持っているという事もあり、万が一キマイラと遭遇しても何とか倒せるだろうという自信があった。しかし現実は甘くなく、自分の剣術では傷一つ負わす事ができず逃亡するという羽目になってしまった。
「スレイン! あのゴミを囮にするならもっとやり方があったんじゃない? なんで事前に相談しなかったのよ!」
「うるせぇ! 後ろからキマイラが追いかけてきてたんだ! そんな余裕あるわけないだろうが!」
「……囮にするなら途中で俺に荷物を渡すべきだった。そうすればジュエルビートルの角だけでも手に入ったのだ」
「はん! ずいぶん舐めた口聞くじゃねぇかルゼル! キマイラから逃げられたのは誰のおかげだ? 素早い判断でゴミを囮にした俺のおかげだろうが!」
スレイン、ローズ、ルゼルが今回の行動に対しお互いに反発しあう。この会話による争いは傍から見れば非常に不毛だろう。だがこの会話で恐ろしい事は、アルという人物を平気でゴミ扱いし、魔物の囮にして当たり前という事前提で話されている事だ。
「み……みんなぁ。喧嘩はダメだよぉー」
唯一ルゥだけが言い争いに参加せず全員をなだめようとしていた。スレインたちは曲がりなりにもAランクのギルドメンバーで名もそれなりに売れている。そんな彼らが言い争いをしていれば大衆の目に簡単につく。
「おい、あれスレインたちじゃないか?」
「町中で喧嘩か? 一体何があったんだ?」
人が人を呼び、知らない間に周りにどんどん人が集まってきていた。
「ちっ! ここで言い争っても仕方ねぇか」
「……そうだな。とにかくまずはギルドに報告しにいかなければな」
スレインたちは一度言い争いをやめ、今回の事の結末を報告するために、ギルドに足を運ぶことにした。
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「そうですか……本当にキマイラがいたとは……。スレインさんたちが無事で何よりです」
スレインの報告を聞いた受付嬢がほっと息をつく。ギルドとしてもキマイラの存在は半信半疑てあったが、今日改めて報告を受けてその存在を確信するに至る。
「しかしスレインさんたちでも歯が立たないなんて……。しばらくあのダンジョンには近づかない方がよさそうですね。他の人たちにも報告しておきます」
「ああ、そうしてやってくれ」
Aランクのスレインたちが敵わない魔物が生息するダンジョンとなればギルドとしても無視する事ができない。安易に近づかないようギルドから全メンバーに通達しておかないとさらなる被害者が出る可能性もありえるからだ。
「しかし、あの彼、まさかそのような凶行に走るなんて……」
「俺も本当に驚いたぜ、まさかあの野郎があんな事をするなんてな」
そしてスレインは囮にしたアルの件をこう報告した。
ダンジョンで自分たちを罠にかけハメようとしたが、その矢先キマイラと遭遇し真っ先に逃げ出したと。しかも自分たちの荷物を持ったままでという嘘を一言付け加える。
「何て事を……。スレイン達をハメようとした挙句、荷物を奪って逃走するなんて……」
「本当に信じられねぇ……。スキル封じの腕輪をつけられて、働き口がないっていうんで荷物持ちとして雇ってやったってのに。恩を仇で返された気分だぜ」
「分かりました。では今日をもってアル・スペンサーをギルドから追放。犯罪者としてリストアップするよう手配します」
「そうしてくれ。まぁあの野郎が生きてるとは思えねぇが」
アルを囮にした時、深手とはいえないが剣で斬りつけておいた。あの傷を負った状態でキマイラからは逃げ切る事はできないだろう。追放という形にはなったが、それ以前にもうこの世には存在しないだろう。
(くくく、感謝しろよ。追放されて、犯罪者の汚名を着せられた現実から解放してやったんだからな)
「ところでさ、今日の夜予定あいてないか? 良かったら俺と飲みに行かない?」
「まぁ。スレインさんったら……。今日はたまたま夕方で上がりなんです」
「じゃあ決まりだな」
虚偽の報告をし、アルを追放した事に対し一切の罪悪感を持たず、スレインは受付嬢と飲みに行く約束を取り付けた。
「スレイン。またやってるよー」
「……今日あんな事があったのだ。あれくらい多めに見てやれ」
そんな様子を他のメンバーもただ遠目で見ているだけであった。アルの追放に関してツッコミを入れる者が誰一人いなかった。
「ねぇ、ルゼル? もう一回だけダンジョンにいかない? 私どうしてもジュエルビートルの角があきらめられないの……」
「……さすがに許可はできん。あのキマイラがうろついているんだぞ。危険すぎる」
「だってぇ。本当ならジュエルビートルの角があれだけあったのよ。それが無しだなんて。もう! 本当に使えないわね! あのゴミ! 囮になるんなら荷物くらいこっちに投げてよこすくらいしなさいよ!」
ローズもまた理不尽な理由でアルに対し辛辣な発言をしていた。
「ローズ。角ならまたチャンスはあるけど命は一つだよー。あきらめよー」
「……ルゥもこう言ってる。今回は諦めるんだな」
「その代わり何かおいしいものを食べにいこうよー。そうすれば気持ちも晴れると思う」
「仕方ないわねぇ。今日はヤケ食いよ。あんたたち返さないからね」
こうして彼らは日常に戻っていく。だが彼らは知らない。馬鹿にしていた少年がとんでもない力を身に着け復讐の機会を伺っているという事に……。