こうして復讐が始まる
ようやく転機です
これが走馬灯というものなのだろうか。自身の過去の思い出が次々と蘇る。幼少期は両親との楽しい思い出がたくさんあった。だが時が経つにつれ、思い出は辛く苦しいものへと変わっていく。
(俺にもっと力があれば……)
スキル封じの腕輪をつけさせられ、他の者たちと大きく差をつけられる中、それでもあらゆる事を一生懸命にやってきた。辛い事や苦しい事にも必死で耐え生活を続けた。そんな自分に待っていた結末が囮にされて魔物の餌にされるという惨めなものだった。
(絶対に許さない。この恨み、来世で何倍にもして返してやる)
もしこの世に、神がいるとすれば何と非情な存在なのだろう。教会にいる時、神は常に人々を見守っており、苦しい時に助けてくれる存在であると教わった事がある。だが何が起こっても神が自分を助けてくれる事など一切なかった。存在するかしないかも分からない相手ではあるが、そんな相手にさえ憎しみをぶつけたくて仕方がない。
(父さん……。母さん……。ごめんなさい……。)
唯一の心の残りは自分を育ててくれた両親の存在であった。自分を処分すべきだという声が上がった時も、両親だけは自分の事を庇ってくれた。最初こそ何度か面会の機会こそ与えられたものの、そのうちそれさえも許されなくなった。もし自分がウイルス感染などというスキルを授かっていなければ……。もっと温かい当たり前の暮らしができたのではないか。つらい思いを父と母に与えずに済んだのではないか。そんな思いが胸に溢れてくる。
(次に生まれ変わったらその時は……)
遺言のように自分の思いを胸にこめる。もう間もなく自分に死が訪れるだろう。いよいよ俺は死を受け入れる準備をした。だがいつまでたっても自身に死が訪れない。それどころか激しい痛みさえ襲ってこない。
(一体……どうなって……)
その時、ぱっと自身の目が開かれるのが分かった。頭はまだぼんやりとしている。どうやら自分は今まで気を失っており、走馬灯だと思っていたものはどうやら夢だったようだ。
「夢だったのか………。ってうぉ!」
目を開くとそこにはキマイラの顔が自分の目の前に大きく映り、思わず声を上げてしまう。だがその様子は普通ではなかった。瞳孔が大きく開いており、口を大きく開け、ヨダレを垂らした状態で静止している。そしてさきほどとは違い、ピクリとも動かずにいた。
「ま……まさか……。死んでる?」
ゆっくりと立ち上がり、キマイラの元に移動する。スレインに斬られた傷が痛むが歩けなくなるほどではなかった。そっと心臓部に耳を傾け鼓動を確認する。
「音がしない……。まさか本当に……。でもなんで?」
信じられない事にスレインの剣をいともたやすくはじき返すほどの強靭さを持つキマイラが、絶命していた。いったい誰がどうやって倒したのか。疑問を抱かずにはいられない。その時、ふと自分の手首に目をやると信じられない光景が目に浮かんだ。
「スキル封じの腕輪が……外れてる……? でもどうして……」
自分のスキルを永い間封じてきた腕輪がいつの間にか手首から外れており、辺りを見渡すと先ほどまで自分が倒れていた所に、割れた腕輪が転がっていた。
「そうか……。壁に体をぶつけたあの時に……」
キマイラにふきとばされ、その衝撃で俺は全身を大きく壁に打ち付ける事となった。そしてそれは自身の腕も例外ではなく、ぶつかった際の衝撃で腕輪にも振動がいき、それがきっかけとなって割れてしまったようだ。
「って事は……。まさか俺のスキルで……」
無意識のうちに自身が持つスキル、ウイルス感染が発動してキマイラの命を奪う事となった。この状況を見るにそうとしか考えられなかった。
「はは……マジかよ……」
未だに自身のスキルがどのような影響を及ぼすかは分かっていないが、何はともあれ結果的に助かったのだ。この機を逃す手はない。
「とにかく……まずは傷を癒さないとな」
俺は背負っていた魔法のバッグを手元に移し、中をガサゴソと探り始める。ある意味運がよかったというべきか、スレイン達は自分を囮にこそしたものの、それと引き換えに自分たちのバッグの回収をする事ができなかったのだ。
「あった! これだ」
バッグからポーションを取り出し、ゆっくりと飲む。するとスレインに斬りつけられた傷が少しずつだが塞がっていくのが分かった。俺に対し非道ともいえる行為を行ったスレイン達ではあったが仮にも彼らはAランクの実力者で、少なからず探索するための必需品として傷を癒すポーションは用意していたのだ。
「ありがとよ。スレイン。本当に初めて心の底から感謝してやるぜ」
バッグにあったポーションをいくつか飲む事で、負った傷は完全に完治した。幸いにもバッグには食料も入っていたため、数日なら何とかなりそうだ。
「まずは俺のスキルの検証からだな。どんな効果で何ができるか……。そんでその後は策を練ってあいつらに……。はは、何だよこりゃ。笑いが止まらねぇぜ」
先ほどまでいつ死ぬのかと考えていたのに、いつの間にかこれからどうしていくかを考える余裕ができてしまった。そんな状態になった事もあり、思わず笑みを浮かべてしまう。
こうして、絶望を味わった少年の復讐が始まりを告げる事となった。