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第十二話

 この日の昼休みと放課後は、しぶしぶ始まった律歌――と呼び捨てにしてほしいと本人に言われた――によるカウンセリングで時間を使い切った。


 今まで誰かに話したことも話すつもりもなかった事だから、ちぐはぐで要領を得ない話だったけど、それを律歌は辛抱強く聞いてくれた。


 悩みは誰かに話したほうが楽になる。という言葉を迷信だとばかり考えていたけど、どうやら認識を改めなくてはならないみたい。


「……とまあ、こんな感じかな」

「話してくださってありがとうございます。……まずお伝えしておきたいのが私は雅さんにこうしろとか、これはするなとか、指示したりするつもりはありません。お話を聞いたことをもとに提案することはあっても、私は雅さんの重荷を一緒に背負うためにいるのであって、それを取り上げに来た訳ではないからです」


 律歌はじっとわたしの目を見ながら、時に要点をまとめつつ真剣に話を聞いてくれた。

 律歌の一つ一つの言葉からはわたしを尊重してくれているんだなという想いが伝わってきて嬉しくなった。


「……ありがとう。今まで純粋に友達として心配してくれたり相談に乗ってくれたりする人が居なかったから嬉しいな」

「それは光栄です」

「芸能界で会う人たちってどうしても表面上だけの付き合いになりがちなの分かるでしょう?」

「あぁ……そうですね」

「律歌はそうじゃなくて、ちゃんとわたしのことを考えてくれてるんだなっていうのが新鮮で嬉しい」


 友達というか、親友ってこんな感じなのかなって心の底で思ってみたり。


「ねえ、律歌」

「はい、雅さん」

「わたしって、誰なんだろう」


 最後にずっと悩んでいたことを口にする。


「わたしは今までたくさんの『わたし』を生み出してきた。雨野みやびとして演技をする度に『わたし』が出てきて弱いわたしを匿うの。でも最近はずっとわたし自身のままでね」


『わたし』が居なくなってしまったんだという話をする。

 この問いかけに律歌はしばらく沈黙して考えた後、こう答えた。


「雅さんがみやびさんになる時は、きっと麗ちゃんを守りたいって思ってるときだと思います。だから麗ちゃんと一緒にいる寄り添いたい時にはありのままの雅さんがいて、外の世界で闘ってるときは盾となるみやびさんがいて」


 律歌は二つの握りこぶしを前に出して説明してくれる。


「きっと麗ちゃんが雅さんを支えたいって言ってくれたことがトリガーになって、麗ちゃんを守るべき存在から隣りで支え合う仲として認識し始めたことで、みやびさんの領域に雅さんが出てくるようになったんじゃないかなって思います」


 二つの拳がぶつかっている状態。

 それが今のわたしなんだそうだ。


「今は雅さんとみやびさんがいますけど、結局は同じ天野雅さんっていう一人の人間なんです。雅さんがみやびさんだと思ってることも実は雅さん自身の行動だし、その逆も同じです」


 そう言うと握っていた手をひらいて、膝の上に置いていたわたしの手を包み込むようにして握ってくる。


「私は雅さんに、雅さん自身のことをもっとよく知ってほしいなぁ。だって、今あまりにも自分のことを知らないでしょう? ずっと演技だって考えて雅さんとみやびさんを切り離していたでしょう? まずはそこの認識を変えましょう。大丈夫、私がついてます」


 麗の言葉と通じる言葉。

 どうしたらいいのか分からなかったわたしは、素直に助けを乞うことにした。


「わたしを、助けてほしい」

「任せてください」



 ***



 雅さんの助けを求める言葉は、必死なものでも欺瞞の含んだものでもプライドを傷付けられて羞恥が混じったものでもない、シンプルな「助けてほしい」という一言だけだった。


 ずっと麗ちゃんのことを考えて前だけを見続けてきた雅さんらしい言葉。

 とても好感が持てる真っ直ぐな姿勢に惚れ惚れする。


「じゃあ早速ですけど。明日私とデートしましょう」

「えっ、デート!?」

「そうです。ただのデートじゃありません。明日は雅さんが私をリードして回ってください。麗ちゃんのことを考えるのは悪いことでもなんでもありません。家族として普通の事です。だから少しでも麗ちゃん以外ーーつまり私のことを考えることがいいんじゃないかと思って」

「……なるほど」


 雅さんはなかなか本心を見せないけれど、目に見えて動揺したところは初めてみたかも。


「ついでに設定も付けましょうか。私と雅さんは交際一周年の記念に遊びに行くことになりました。雅さんは私が怖い乗り物が苦手なのを知っていて、それでも楽しめるプランを考えて一緒の時間を過ごそうとしてくれる、とかどうですか?」


 私はあえて、わたしとデートをする日常の雅さんと、設定を付けることで出てくるみやびさんを融合させるようと思いついた。


 いまの雅さんは、雨野みやびである時の自分が天野雅でないと考えている。

 でも、雨野みやびで演技するはずなのに、私とのことを考えてデートプランを作ったり一緒に回るのは天野雅であるという、雅さんにとってはじめて矛盾している状況を作り出す。


 そこでうまく意識が混ざってくれたらいいなと淡い希望を描いて。


 雅さんが私を仕事関係者ではなく、友人だと思ってくれているからこそできることだ。

 仕事関係者の前では雨野みやびになってしまうだろうから。

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