とある春の日 奇妙な噂
朝の陽光を受け止める、生い茂った木々。
木漏れ日がきらめく公園の隣を移動する、一人の少女がいた。
公園の時計は八時を過ぎたころであることを確認して、彼女は目的地である中学校のある方向を見た。
土が転がりがちな歩道を見やり、ペダルを漕いでいく。
私、有北さいかは、普通の中学生でしかありません。
教室で出会ったささやかな女友達だけでなく、同じ文芸部に所属する子たちとも距離が縮まってきたかなと、思うような思わないような、そんな日々を送っています。
時計が八時半を過ぎたころに家を出て、中学校に向かって自転車を走らせます。
昨日は降っていたはず。
けれど朝の空は青く---いい天気です。
この平和さは、眠気を誘います。
まあ起きたばかりですからね。
「おっはよー!」
「わあ!?」
横付けというかなんというか。
並走している自転車がいました、いつの間に。
「さいかがぼーっとし過ぎてたからだってぇ、近寄るの簡単!」
ところでさ、と笑みを浮かべながらペダルを漕ぐのは友達のアメちゃん。
「ニュースみたー?なんか出たんだってー」
教室では隣の席のアメちゃんは。
下の名前が飴乃。甘そうな名前ですが声は鞭って感じ---ビシビシ張っています。
ある種の目覚まし時計のように私のシナプスを刺激します。
……で、何でしたっけ。
「だからァ、出たのよー」
「で、出る?出るって何よ。やめてよ、や、私、オバケは本当に駄目だからって何度も言ってるじゃない!」
「そうじゃなくてさ、真っ黒な化け物!でっかいやつ!」
「お、おんなじでしょ!そんなもの!ダメだって聞きたくない!」
可能な限りイヤそうな表情を作ったのですが、良くしゃべる子です。
「聞きたくないデス」
私は拒否る。
拒否りマックスの構えである---首をフリフリしているだけだけれど。
でも自転車のハンドルを握っているので、耳をふさぐことはできません。
手放し運転をしようか?
それは嫌だ、と思って言う間にも、話しかけられ続けます。
「動物みたいなんだけど、どいつもこいつも真っ黒な感じで---基本、紫とかそんな感じで
でさ、なんか襲われるらしいよ!」
「そうなんだ」
「あと言葉を話したとか話さなかったとかなんとか!」
「そうなんだ」
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いていたら何なの!」
「大ニュースだよ!さいか、わかってないでしょう!」
「どーせまた、どっか知らない人から聞いたんでしょうよ」
「友達の友達が近所のおばさんから聞いたって言ってた」
「そんなの!……知らない人じゃんそんなの!すっごい他人!ネットの方がまだマシなレベル!」
「さいかも気を付けなよー?化け物じゃなくても襲いたくなる弱そうな子なんだからー!」
「ううう」
そんな話をしながら学校へ。
問題はそこからでした。
そこからというか、教室についてですね。
クラスのみんなも同じような話していたのです。
いわく、見上げるほど大きかったとか、巨大な馬だとか、猪、山羊、蜥蜴、蛙。
他にも、じっくり見る時間はなかったけれど、恐ろしいもの。
その大きな手で襲い掛かったところを命からがら逃げてきたというような話が、伝え伝えに。
ただ色んな人が話しているからどれも正確には聞き取れず。
教室では禁止されていますが、ネットに頼る人が。
さすがに興奮収まらない、大事件のテンションで、誰かが開いたスマートフォン。
ネットニュースのトップにも謎の黒々しい生物の文字がしっかりと表示されているそうです。
「そんな……」
本当だったことに恐れおののく私。
心霊オバケ系統の話題はとうに使い切ったから、別の話題を一生懸命考えてきたんじゃあなかったの!?
私が怖がりなのだと知った彼女は度々そういった迷惑行為を行っている。
もはや趣味の一つらしい。
過去にも手を変え品を変え。
ワンパターンなのでさすがに飽きてきたなあと思っていた矢先でした。
「だーかーら、言ったじゃん!さいか。いるんだって『黒いバケモノ』!」
ポン、ポン、と肩をたたくアメちゃん。
他の子も続々とドアから入ってきます。
「はぁ……」
ため息をつきます。
私はただ、この学校でそこそこに目立たないように毎日を過ごしたい、それだけができればいいのに。
「本当に怖がりよねー、さいか自体がまず怖くないし。誰だって普通は怒ったときとかさァ、あるよちょっとは。怖い瞬間」
「ごめんなさい」
「いや謝るとかじゃないけどさ……ほんと、どっかに置き忘れちゃったんじゃないの?」
近くにいる男子がゲラゲラと笑いました。
まぁ、気分悪い。
見たくなーい。
「はぁい、おはようございますよ! 鈴賀くん静かにねー」
がらりとドアをスライドさせ、女性教諭が入ってくる。
「今日はねぇ?皆さんに素敵なお知らせです!」
クラスがざわつく。
今日はねぇ?のように言い聞かせるような言葉が特徴的。
優しい声で、保育士さんになった方があきらかに良いともっぱら評判の神斉先生だった。
「なんとこのクラスに転校生がやってきます!」
「おぉ……?」
ねえ聞いた?
アメちゃんが私の瞳を見つめて、期待の笑みを見せました。




