暴食 2
「ピュア、グラトニー……?」
「邪魔をしようってのか!」
「戦るしかない! ミゼヤ」
俺の名を呼んだ魔怪獣だけでなく、その場にいた全員が動きだしていた。
牙を見せ、肩を怒らせの臨戦態勢である。
ピュアグラトニーと名乗った、オレンジのドレスの少女を倒さなくてはならない。
人間の少女---のようにも思えるが、腕は別の生き物である。
半分は人間でないというレベルではない、見た限り、小柄な体躯よりも明らかに腕の方が巨大。
どういう生き物なのか、魔怪獣としての経験から考えても未知だった。
「生かしておくわけにはいかない---同志の仇だ!」
奴の『蛇』の間合いではない位置を陣取り、周囲を囲む---十頭以上いる。
まだ、近くに分散けている連中がいるはずだ、それらの仲間もまだまだ---呼べる。
なかでも、
『……グジュライメ隊長、』
通信機を爪で掻き、作動させて呼んだ---だがあの隊長のことだからまだどこかで一人で楽しんでいる、という想いがあった。
おそらくは自分より弱いものを相手に。
予想通り、返答はない。
---地下。
そうか、可能性がよぎる。
そもそも通信は、地面の下まで届くのだろうか。
最善の手は打ちたい。
だがそれまでは時間稼ぎをせねばなるまい。
「だれか、呼んで来い!」
仲間が顔を見合わせそのうちの一匹、駆けた。
その背を追いかけるオレンジの蛇。
勢いよく、地面を擦り跳ねている。
四足歩行に劣らない速力だった---追いつく、やられる!
「ハハァッ!」
腕を直角に曲げたまま、蛇腹を打つ魔怪獣がいた。
大気に衝撃音が奔る。
拳の衝撃で軌道が変わり、仲間を逃がすことに成功した。
「ポディーデ!」
構え、握ったその指は鉄拳の光沢を放っていた。
二の腕の盛り上がりは目視でも明らかなほどで、四足歩行類の比ではない。
拳を打ち鳴らしたのはこの隊では少ない二足歩行獣。
殴打に特化した能力をもつ。
「へえぇ? キミ知ってるよ~~~」
ピュアグラトニーはまじまじとカンガルーを見る。
カンガルー……有袋類の動物。
彼女の目からはそう見えた、そうとしか思えなかった。
もっとも、その色は知るものとはかなり違う。おどろおどろしい紫と黒が混ざり合ったような体毛に覆われている。
敵意を漲らせた目は赤い光を放っており、魔法少女を睨み、ステップを刻む。
このような種が地球上のどこか、サバンナあたりにいようはずがない。
魔族の獣。
両腕が大蛇のような彼女ではあるが、対峙する相手もまた、異形の獣---怪物であった。
カンガルー型、ポディーデは背後から風を感じた。
回り込んできた蛇の牙が迫ってきた。
獣の俊敏さでそれを躱す。
だが、《《躱しすぎ》》は、しない。
「ホホ---ッ!」
また一発、横から腕の蛇に丸いグローブで突きを入れるが、本体である少女には苦痛はないように見える。
張り付いたような笑みが不気味である。
だが、拳が蛇の腕に通用することは確かめた。
弾ける、防御ができる---さらには。
「ナメるなよ! これで終わりだと思ったラ---大間違いダ!」
戦える、やはり元を絶たねば。
ポディーデは駆けだす。
拳を前に置きつつ---ピュアグラトニーへの接近を試みる。
周囲の魔怪獣も崩れかけていた包囲を再開した。
一頭の雄姿に心を打たれたのか。
異様な敵の出現時に浮かんだ憂色は引っ込めて、いつでも飛び掛かれる構えを取った。
「あはは~~~! 」
ぎゅるる、と気色悪い音が聞こえた。
地面を削る音だけなら蛇の移動時のそれに似ている。
魔法少女が蛇を引き戻して両腕に収めた音だった。
伸びたゴムを離したようなと納刀の音。
かと思えば、そこからは異様な変形が始まった。
彼女の両肩のあたりから爆発が起きた---そう見えた。
腕の太さが、いや体積が増えたのだ。
体積を膨らませる入道雲の様な盛り上がりだった。
その色合いからすればマグマのようでもある。
「---ナァッ!?」
今度は蛇ではない。
防御をしようはしたが、迫る肉壁に身体全体を吹き飛ばされる。
直撃の衝撃は雲などではなく、実体の重量がある。
見上げる魔怪獣たちの視界の上、ボールのように飛んでいく。
近くにあった木に背中をぶつける。
「ガッ……!アッ……」
落下した後も、身体が動かない。
衝撃が身体を駆け巡る状態が続いていた---かろうじて、気絶だけは堪えている。
「《《それ》》、いいね~~!」
ポディーデ少女の足音は聞こえない。
両腕の呻きのような音がうるさすぎる。
だが、高い声は迫るのが聞き取れる。
オレンジの雲が食らいついた。
食らいついてから気づいてしまった---牙が出現し、ポディーデにとどめを刺した。そのままグジュグジュと、おそらく刺さった牙を深々と刺し続けている。
「この野郎ォ---zーーー!」
背後から三匹で攻める魔怪獣。
疾走、切迫。
片腕は今、ポディーデを捕らえるのに使った。
今なら当たると踏んだのだ。
意地でも組み合いに持ち込もうと息巻く。
その三匹は、俊敏に振り返ったピュアグラトニーの殴打を受けた。
フック、アッパー、ストレート。
「なっ……!?」
ミゼヤは見た。
奴はオレンジ色の丸いグローブを構えている。
また形状が変わった---だが、あの形は、初めてみる形ではない。
あの形は。
「こう、かな~~?」
ピュアグラトニー……奴は、自分の目の高さに両拳を掲げた。
構え、握ったその指は鉄拳の光沢を放っていた。
二の腕の盛り上がりは目視でも明らかなほどで、四足歩行類の比ではない。
拳を打ち鳴らした---馬鹿な。
「馬鹿な……あれじゃあ、まるで……!」