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狂気 8


 焦げ付いた匂いが部屋を満たしていく。

 細かく発光を繰り返すその光景に、少女は心を奪われているように、動かない。



 浅い海のような色合いの部屋は、もはや存在しなかった。

 部屋の空気は弾けつつ体積を増す硝煙で満たされ、夕暮れを受けた雲の様な色合いに落ち着いている。

 その中心には、激しく点滅する魔怪獣。



「素晴らしい……!」



 少女は目を見開く。

 興奮したその眼球はぐぐっと半分くらいは飛び出しており、輝いている―――まるで深海魚を彷彿とさせる異様性である。

 魔怪獣とは異なる異形である。

 

 そのきらきらと輝く瞳は今、保護されている。

 魔法少女としての装備オプションの一つである流線型のサングラスは、姿かたち、グレイタイプの宇宙人を連想させる。

 電流の抵抗と化しているフィルハリーを食い入るように見つめたまま、彼女は呟く。



「死なない……」



 目の前の光景への感想であった。

 驚愕と恍惚。

  そのまま自身の耳のあたりを触れると、雷撃の光を見つめるレンズにいくつかの数値が表示される。



「百ミリアンペア」



 瞬きひとつせず、呟くピュアマッドネスの顔は、目の前の発光によって点滅している。

 サングラスには各種計器の数値が小さく表示されては、視界の右から左へと流れていく。

 それらはこの状況を可能な限り数値化するべく、作動している。

 そして次の計測項目へ―――その中には、彼女自身言葉の意味を知らないものも含まれた。


 魔力に関する係数がかかったものが大半だ。

 彼女はこの魔法戦杖(マジカルステッキ)を手に入れてから、未熟であることをわかっている。

 まだまだ知らなければならないことが多く、魔法少女として、進化しなければ。

 

 この魔法戦杖(マジカルステッキ)を使いこなさなければ―――!

 そう思う彼女の手には、棒状のものなど、影もかたちも存在しない。

 




「いま流れている電流だ……なんてことだ。百ミリ。ミリと言ってもこれは通常の人間ならば……例えば魔法装衣(マジカルドレス)着用(つけ)ていないときの私ならば……心肺停止は確実な数値! 十分な危険値な……のに」



「があああああああああああああッ!?」


ピュアマッドネスは確かに感情を揺らしていた。

心を揺らす。

言葉を発することが出来ることに対する、驚愕を持っていた。


「だがまだ意識が!意識があるっていうことは―――それに耐えられるのかッ!」


 壁に、少女の肩の高さのツマミがあった。

 指で掴んで回すと、電流の流れる音は増加し地鳴りのように部屋を揺らすに至った。


「ぎゃあああう!」


 彼の四肢は筋肉の痙攣(けいれん)を続けていたが、波状的に高まった衝撃に耐えきれず、拘束限界を越えた運動によってワイヤーが吹き飛んだ。

 


 フィルハリーは四足を床に着けても、煙を巻いて跳ねる。

 スイッチから指を離すと、自由落下したフィルハリー。

 一拍遅れてばしぱしと、ワイヤーが跳ねる音が響く。

 同じような痙攣を繰り返しつつも立ち上がろうとするフィルハリー、脚は言うことを聞かない。


「興味深いね……!」


 続けよう、実験を。

 呟くピュアマッドネス。



 フィルハリーが見上げれば、利き腕に何かを持った少女が近づいてくる。

 一歩一歩。

 三又の槍を短くしたようなそれが、一体何なのか説明がなされていない。

 電流より何か、危険なものが―――確実ではないが何か来る。

 そう予感した。



 身をよじるたびに筋繊維に刺すような痛みが走る―――電流からは解放されたのに、床に意図しない衝突を繰り返した。

 なんだ今のは……身体を動かそうとしても、動けなかった。

 だが避けなければ。


 姿勢を保つのがままならず、足を滑らせるが、それでも獣の俊敏さから活動を再開。

 彼は嘔吐をしたつもりだったが、喉からは何も出なかった。

 間違いなく人間界の生物よりも高い生命力を持つ。

 ピュアマッドネスもまた、それをわかっていた。


 

 「常識を外れた存在だ」



 転がり込んだフィルハリーは、壁に会ったスイッチの一つを爪で押してしまう。

 指先など、もはやコントロールが効かないのである。


 

 部屋の壁がゴウン、と思い音を立ててゆっくり開く。

 フィルハリーは注目した。

 せざるを得ない―――なんでもいい、出口が増える可能性を期待したことは確かだった。

 防火シャッターのようなそれが上がっていく。



 結論から言うと出口は実在する。

 だが、その時開いたシャッターは違った。

 壁一面に並んだ魔怪獣の身体の一部。

 腕や足や、フィルハリーは目にすること自体が初めてな臓器が、推奨室の壁の奥に、花瓶のように置き並べられていた。


「…………ッ!」



 ウユルジン、タリー……同じく行動していた者が左端に固まっていた。


「すべて大切にしている」



 質問してもいないのに少女は答えた。

 これが、これが一体何になるというんだ、何がしたい。

 フィルハリーは視線のみで訴える。

 少女は。

 魔怪獣の―――これは《《保管》》をしている。


「何をしている、お前は……!」


「ワタシの力でキミたちを知りたい。魔法戦杖(マジカルステッキ)で集めたのさ」



 魔法戦杖(マジカルステッキ)……?

 ステッキらしいものなどどこにもない―――!

 少女の手にあるものは、奇妙な槍の形状をしているが。



「んん……? ああ、これは。これも確かに私の魔法戦杖(マジカルステッキ)の一部だ……そう判断しても良い」


 一部?

 注視する。

 注視するが気づく―――あれが奴の力の源、武器なのか?

 電流や冷凍も、あれか?

 あれが―――。



「くっ……!」


 何もかもがわからない中、考えなければならないことだけは増えていく。


 この女から離れなければ。ただ。

 逃走してどうする―――そのあと?

 知らせなければ。

 知らせなければいけないだろう、それくらいしかない。

 もはや何もかも狂っているが、こいつに近づいては、同志が危ない……!


  

 俺の首が次の瞬間飛んでいてもおかしくない。

 こいつは異様な戦闘手段を持っていることは、しかも複数―――それは確かだ。

 戦闘……戦闘だと!?

 違う、ピュアマッドネスは何か―――別のことだ。

 こんなことは、明らかに戦闘行為ではない。


 ―――知りたいだけだよ。

 奴は言った。


魔法戦杖(マジカルステッキ)の名称は自分でつけることはできなかった、できないそうだよ。生まれた時から、あるいは魂の時から決まっている。一人ひとり必ず違うものになる」



 人ひとりが通れる大きさの出口に向かって、疾駆した。

 その背を見ながら、追いかけずに言う青い装飾の少女。



「―――ああっ!」


 出ていくんじゃあない、とすがる手。

 聞く耳もないようだった魔怪獣。

 

 

 ピュアマッドネスは武器ではなく、壁に近づく。

 違うスイッチを押す―――作動準備。

 彼女は自分の所有物であるこの部屋の作動装置の多くを理解していた。



 全速力で扉を抜ける。

 フィルハリーの目に、まったくの暗闇と、町が浮かんだ。

 距離を取ることを願った。

 しめた、外へ出られる。

 俺は出口をくぐったのだ。

 

 背後から静かに声が聞こえた。



魔法戦杖(マジカルステッキ)―――『窮絡究室』メイデン・ディセクション



 駆け抜ける瞬間に入口が閉じる。

 フィルハリーは気づいた。

 閉じる速度が恐ろしい速度であること。

 閉じたのが扉でなく、別の何かであったこと。


 彼の腰部を砕き切る刃がハサミのように交差し、金切り声を上げる。

 



「……この部屋すべてが、私の魔法戦杖(マジカルステッキ)だよ」

 

 

 発動形態の、ね。

 呟いてやや不機嫌になる少女。

 魔怪獣を捕らえることはできなかった。

 そればかりか、牡鹿の―――ヘミオーと教えてくれたが、一体を破損してしまった。

 損失だ。

 大きな損失だ。 

 


 一人部屋で天井を仰ぐピュアマッドネス。

 表情には悲しみが。

 色々な後悔が巡る―――今の一体以外にも、さっきの集団にはいたが、その中で偶然目に留まったものを選んで捕獲した結果だった。

 

 他にも見たこともなくて面白そうでひたすらに興味深い魔怪獣がいたかもしれない。

 その想いはある。

 その思いこそが核だ。




「残念だよ。彼……初めて見るタイプの魔怪獣(やつ)だったのに」


 

 ピュアマッドネス。

 彼女は魔怪獣すべての捕獲を望んでいた。

 理想としては―――。

 この魔法戦杖(マジカルステッキ)なら可能なはずだと願って信じていた。

 可能な限りの原形を留めて。


 目の前には千切(ちぎ)れた魔怪獣の下半身が落ちていた。


 魔怪獣すべての捕獲を望んでいた。

 理想としては―――。

 この魔法戦杖(マジカルステッキ)なら可能なはずだと願って信じていた。

 可能な限りの原形を留めて。




小説投稿サイト「カクヨム」でも連載しております。

続きが気になる方は、是非そちらもご覧ください。

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