プロローグ 地球に迫る危機がある
俺は黒銀の天井を見つめていた---ずいぶん深い眠りについていたらしい。
自室の外から喧騒が聞こえる。 扉は開いていた。誰かが先に出ていったのだろう---寝惚けまなこを擦りながら、ユークスの甲高い叫びを思い出した。
最近話す機会が増えた同胞のうちの一頭。あるいは一羽。
あいつのような鳥型魔怪獣同士で他の誰かとでも、つるんでいればいいのに―――そんなことを彼は思う。
肉球で自らの顔を掻く。
体毛や爪を軽く見やる---あの頃よりもやつれてはいないだろうか。
だが、部屋が同じになった誼を結ぶのもよいだろう---作戦の前にわざわざ仲たがいするのも阿呆くさい。
おそらく、喜ぶのは人間くらいなものだろう。
空間に渦巻く気配は濃い---心なしか、皆いつもより瞳が大きい。力があふれている。
目標がすぐ目の前にある、この時がやってきたという実感を持っていた---そうか、ついに地球の位置をはっきりと捉えた発表がされたのが数日前のこと。
彼は徐々に思い出してきた。
この数日間で立て続けに起こったこと、自分たちの希望を。
人間と同盟を組んでいる邪魔もの共さえいなければ、もっと近場からの出撃も可能となるが、そこまではまだ望めない。それでも、道は開けた。
廊下を歩いてゆくと、それぞれに全く違う甲羅、尻尾など揺らす一団と合流する。
歩幅はばらばらであるが特にに合わせず歩く。
「よォ」「いよいよだな、ジェーファ」
声をかけてきた細身の獣らが、いち魔怪獣である俺の名を呼んで軽くたたいてくる。
その顔の並びを見て昨日は奴らと大騒ぎしていたのだったということを思い出す。
地球への、部隊本格上陸を祝していた、前祝のようななにか。
床に這わせる前足からも振動が伝わってきた、騒いでいる。
歩き続けるうちに視界が開けた。
おびただしい数の魔怪獣が収まる大広間で、それぞれに息を荒げている。
時折、調子の外れた悲鳴など聞こえていた。
「うるさいぞ、皆の者」
魔力の光がきらめいた。
大広間にレッベルテウス様の声が響き渡る。強大な魔力を持つ魔怪獣の上官だ。
黒燐きらめく鬣、ライオンのように雄々しい四足獣の声に、集まっていた一同は静まり返る。
「グググ……!しかし、騒ぎたくもなるというもの!我々の求める感情エネルギーがついに見つかったのだから!」
目標は地球。
異形たちはそれぞれ全く違った種類の鳴き声を上げ、大広間を揺らした。
これから自分たちが手にするもの、その偉勲を想って、確信してのことである。
「グググ! 騒ぎたくなるというものよ……」
良い、良いと獣は息を荒げる。
興奮が収まりきらず、黒煙のような息とともに漏れた様子である。
「グアハハッハ!騒げ、騒げ!まずはこれを見よ―――」
ブゥン。
部屋の壁そのものとでも形容すべき大画面が現れる。
そこに狸のような魔怪獣が表れた。
『レッベルテウス様ァ!』
言葉を話す彼は、当然地球上のどの種類とも違う狸、魔怪獣の一員である。
前足だけ地面から持ち上げ、その身体をせかせかと動かしている。
そんな彼にも注目したが、その場に集まったなかには気づいた魔怪獣もいた。
彼の背後に木があり、地面が見え、自然の光景がある、それが地球のものであることに。
奴は到着している。
「どうしたァ?」
『そ、それが、なんと申しますか、あのうそのう、とんでもないことが……!』
「んンん~~~?」
『い、任務を始めたところなのですが!』
戸惑いと緊張の表情を浮かべた周囲の獣が見えた、その時。
画面に突然、光源が映る。
紫水晶のような輝きを持つそれ。
その内部にきらめく極小の粒子が生きているように動くのが見える。
『我々の求める『エネルギー』がたんまりと手に入りましたァアアアア―――ッ』
大広間が轟音で揺れる。
すべての魔怪獣の叫びによるものである。
「「オオオオオオオオオオ---ッ!」」
「同士よ……!」
「これは、こんなことが」
「ひ、悲願は」
「達成されたのだ!もう探し回る必要などないのだ!」
「ガハハハハ!騒げ騒げェ---zッ!侵略の開始だあ---ッ!」
闇夜のごとき宇宙に浮かぶ巨大戦艦では、異形たちの宴が続いている。
人が見れば恐怖におびえるであろう、魑魅魍魎の巣食う場所。
強靭強力、恐ろしき魔怪獣族カナ・リメーワクの集会である。
★★★
同時刻、この世のどことも知れぬ場所、陽の光を受けた美しい庭園を駆け抜ける者がいた。
者、と表現すべきか、見る人は迷うだろう戸惑うだろう。
ネコのような耳はあるが、頭部が異様に大きく、逆に体格は小さい。
人間界の常識で考えれば異様ですらある。
二頭身の、人間界ならばキーホルダーにでもついていそうな姿かたちをしたマスコットであった。
全力で走っている---とてとて、と石の廊下を駆け、二足歩行だ。
彼はこの国の民であり、魔法協会の一会員でもある。
「国王様!」
彼は扉を壊さないように、しかし大きな音を響かせるようにして、開いた。
危機を伝えるための奔走ではあったが、そのちんまりとした体格ゆえに迫力はない。
奥に目的の人物がいた。
否、人ではないが。
「……悪い知らせです、ついに……ついに。 この時が来ました」
その表情、声色だけで、王---愛らしい風貌のマスコットの王は察した。
状況を、何が起こったのかを。
「なんと……!」
老齢に差し掛かった彼はちからなく、よろけるように、豪奢な椅子に腰を落とす。
「ついに来たか、この日が……ああ、ああ……!」
沈痛な表情を浮かべた。
そして瞼を苦く閉じる---これから起こる様々な問題、それにたいする対処を思案し始めた。
力なく吐露する。
「---良い準備が、できなかった」