天秤棒良し良し(店主の実話・居酒屋編)
登場人物
居酒屋竜船店主・袴田さん=通称[はかまっちゃん]
少し常連客・満川良夫=通称[良し良しさん]
以上2名
「いらっしゃーい!」
『おう!来てやったぞ!』
居酒屋【竜船】に現れたのは、歳の頃は62、3。薄い白髪交じりの短髪だが、てっぺんだけはツンと立ち上がったキューピー頭の男である。カウンターは5.6人座れば満席、小上がりの座敷は4人席だけの、言ってみれば小料理屋だ。
「良し良しさん!お久しぶり!」
『おう!はかまっちゃん、お元気ィ? どうだい?店の方は?』
「最近お見えにならなかったから、どうしたかと?」
『おうよ。これこれ』
そう言うとキューピー頭の良し良しは入口から二歩踏み込んで仁王立ちになった。頭には暖簾がまだ乗っかっていた。
そして1メーター50はある木の棒を縦にして前に突き出した。
『これよ。これ』
「何すか?それ?」
『こ・こ・見・ろ・よ』
良し良しは縦にした棒の上部をツンツンと指さした。
「ん?国旗? シール?」
『おうよ。ベットナムよ。ベットナム国旗のシール付き』
「えっ、ベトナムに?いらしてた?」
『おうよ。ご旅行よ』
『これはさッ、ベトナムの農民が量りに使うさ、天秤棒よ』
「おー!」
『だけどよ。こうして担ぐだろ。そうするとさッ、肥えを担ぐ棒にもなるのよ』
「おー!」
『でさッ、畑耕す牛いんだろ?ベットナムってさ。言う事聞かなきゃさッ、これでツンツンとさ、牛の尻を。 あッはかまっちゃん!お銚子。熱燗の人肌。』
良し良しは、一旦カウンターに座ったもののすぐに立ち上がり、手振り身振りを交え
『でよ、こうやって上からスッとおろすとよ、剣道の竹刀さながらよ。足でヒョイと。ほら、柔剣道よ!すぐれものよ!』
「良し良しさん、すげーや!」
座敷にいた二人組のカップルからもお声が掛かった。
良し良しさんは、すごすごと座敷に向かいこの棒の凄さをカップル達に話始めた。
『ていうかさッ、これ、はかまっちゃんにベットナム土産ってわけさッ。どうだいいだろう?どっか飾れる?』
「あっ、、ありがとうございます。また飾れる所探しておきます」
ベットナムの話が尽きると、相手がいない良し良しはしんみりと手酌で人肌を呑んだ。
それから、数か月。
(そういや、最近また竜船ご無沙汰だな。そろそろ行ってみるか、、天秤棒は店のイメージキャラみたいにあれかな? デーンと入り口にか!? まさか、神棚に祀ってある?)
良し良しは、デニムのジャンパーに着替え颯爽と竜船に向かった。
『おや?』
【長らくのご愛顧誠にありがとうございました。当店は11月30日をもって閉店致しました】
良し良しが店の前まで近づくと[テナント募集]というプラカードが立っていた。
それを支えていた木の棒にはベットナムのシールが貼ってあった。
元々ただの棒切れだった事に良し良しは今更ながら、気づいた。
そろそろ、北風が冷たく吹きつけるころであった。
※この作品は以前、漫画として書き上げたもの。
添付は下絵です。
それを、小説として書き上げましたので文の内容と絵が一致してない事(特に後半)お許しくださいませ。
尚、小説を投稿してから7か月後の添付です。