8。
目の前では男二人が、何やら困った顔をして相談している。
何やら俺の処遇についてらしいが……困ってんならその辺に放り出せばいいのに、そうする気はないらしい。
「おれ、軽ーい雑談のつもりだったんだけどなあ……リーダー、どうします?」
「……そもそも、奴隷としての動物の売買は違法だ。どこの国でもな。ーーどっかの然るべき機関に引き渡して、保護を求めるのが妥当だろう」
「引き渡すって、このチビっ子をですかい? そこら中ケガしてんですぜ?」
こんなちっこいのに、そいつは可哀想じゃねーですか……と若い男の方が渋面を作る。
「最終的には商隊長の判断だが、何も今すぐってわけじゃない。怪我が治ってから、一番安全そうな国で引き渡すのが良いだろう」
「一番安全な国っていうと……あそこですかねー。例の女王の国」
「ま、ウチの商隊の目的地でもあるからな、ちょうど良いだろ」
……なんだか俺の意見なんて関係なしって感じで、どんどん話が纏まっていく。
俺は成り行きを黙って眺めながら、必死で考えていた。
そもそも、コイツらを信用していいのか? 人間の、しかも男ーー俺を奴隷にしようとしていた奴隷商人たちと同じ種類の連中だ。
暗くなるのを待って、こっそりと逃げた方がいいんじゃないか?
そう思ってると、話し合いの終わったらしい二人がこちらを向いた。
「……ってことだ坊主。お前は、しばらくオレらと一緒にこの商隊で旅をしてもらう」
「逃げ出そうとか考えているかもだけど、この辺の国は物騒だからねー。絶対止めといた方がいいよー」
それにその脚、結構酷めに捻ってたから。しばらく立てないと思うよーと指を差される。
……完全に忘れてた。
包帯でグルグル巻きにされて見えないが、左右で足首の太さが倍ぐらい違ってる。
これは、しばらく逃げられないな。
「今は鎮痛剤が効いてるだろうが、まだかなり痛むハズだ。大人しく寝とけ」
「そうそう! そんだけ酷い捻挫は、ちゃんと治るのに一ヶ月くらい掛かると思うし? その頃には目的の国に着いてるからさー」
逃げんならそれからにしたら? おれらと一緒なら飯の心配もないよー、と続けられる。
ーーまあ、脚が治るまでは他に選択肢もないから、仕方ないな。
にしても……コイツらはなんで俺の面倒を見ようとしているんだろう?
それをそのまま聞いたら「置いてくのが心配だからに決まってるでしょ?!」と若い方に言われた。
心配って、どういう事だ? 俺は犬だぞ?
……お前ら人間は俺たちを奴隷として利用するか、愛玩動物として所有して気が向いた時に玩ぶだけなんじゃないのか?
なのにコイツら奴隷として売るつもりもなさそうだしーー人間って本当によく分からないな。
……あの女も、俺の手当てをして助けるつもりの様だったが。戻って俺がいないのを見て、どう思ったろう。
ーーひょっとして、心配したんだろうか?
まあ今となってはどうしようもないか。そもそも現実にあったことかどうかも定かじゃないしな……
……そう思っていたが。
「おおそうだ、お前を拾った場所にこれが落ちていてな。今返しておこう」
「あ、あったねーソレ。脚にも変わった植物で添え木がしてあったし、おれらの前にも誰か助けようとしてくれたんだよね?」
可愛いリボンだったから、きっと手当てしたのは女の子だよねーという声が聞こえた気もしたが、正直言葉が頭に入ってこなかった。
これ、この布は。
「ただ、リボンの端っこのは血文字だろう? オレ達には読めないが、なんて書いてあるんだろうな」
「ーーリュウ、だ」
「あれ、チビちゃんソレ読めるの?」
それとも今の、チビちゃんの名前? と聞かれる。
「ーーああ、多分。名前をくれると言っていた」
「つまりそのリボンは首輪として付けてもらったって事か」
「へぇ、そいつぁスゴいな! なら、そのリボンは大事に持っとかなきゃだなぁ」
「……そうだな、そうする」
そう言ってリボンを受け取る。
端の部分には、すっかり茶色く変色した血文字が残っていた。
ーーやっぱり、夢じゃなかったのか。