4。
ーーそう、そんな感じで目を閉じた筈だったのだが。
…………………何処だ、ここ。
俺が気を失った場所は、断じてココじゃなかったぞ?!
大体側に転がっていたはずの毒矢も消えているし、血塗れになって頭を擦り付けたゴツゴツの岩だってここにはないし。
一体、何がどうなってるんだ。寝ている間に場所を移動したっていうのか?
そんな馬鹿な、と思うものの、俺は下っ端達がしていた与太話のひとつを思い出す。
惑いの森は、迷いの森。
霧深い彼の森は土地が頻繁に入れ替わり、
一度迷い込めば簡単には出てこられない。
死にたくない者は森の奥に入ってはいけない。
ーーただし死にたいほど何かから逃げたい者ならば、
飛び込む事で異なる世界に逃げこめる“
驚いたことにほとんどの部分は真実で、常に地殻変動が繰り返される危険な森、というのは本当の話なのだと言っていた。
下っ端達は互いに注意を促しながら、それでも最後の一文は冗談として笑いながら馬鹿にしていたのだったが。
まさか、最後の一文も本当のことだったのか?
……いや、流石にそれは無いか。夢物語もいいとこだ。
おそらく、気を失っているうちに土地の入れ替わりというのが起きて、聞いたことも無いような異国の地に繋がったのだろう。
ーーなら、俺を追いかけてきていた商人共は此処には居ないということになる。
それはつまり、奴隷商人やブリーダー連中に連れ戻されるという事態がひとまず回避できたということで。
……なんて好都合なんだ。森に逃げ込んで正解だった。
と、言うことは。
俺の手当てをしているこの変わった女は、下心なく治療してくれている可能性もあるのか?
いやいやそんなはずないだろうと思いつつ、心配そうに覗き込みながら手当てを続ける様子には、悪意が見られない。
水を飲みながら女の方をチラリと見上げれば、「もっとお水が欲しいの?」と嬉しそうな顔で水を注ぎ足された。
実際喉は渇いていたので、竹の器に鼻先を突っ込みガブ飲みする。
「……ちょっとは元気が出てきたのかしら」
そう言って口の周りに飛び散った水を拭き取ってくるが……なんでそっちが嬉しそうなんだ。変わった人間だな。
ひょっとしたらこの国では、犬の扱いが元いた国よりも相当にマシなのかも知れない。
ヒトの姿もとってもいないのにこんなに丁寧に手当てをしてもらえるなら、きっとそう言うことなんだろう。
俺が水を飲んでいる間も、女はぶつぶつと独り言を言いながら手を動かし続けている。
「痛いかもしれないけど、傷が深い所は強めに圧迫させてもらうね。
脚は捻ってるかもしれないから、竹を添え木にすればいいかな。
ーーさて、と。応急処置でできるのはこんなとこかしら」
耳の縁がちぎれかかっているのは、私じゃ縫ってあげられないわね。お医者様に診せないとだわ。
そう言って、女は残った薬を片付けていく。
ーーなんてことだ、本当に粗方手当てされてしまった……。
驚きの念を持って女を見つめれば、茶目っ気のある仕草で片目を瞑ってきた。
「これで私のできる手当てはお終い。
その薬はとてもよく効くから、きっとすぐ良くなるわ。
ーーあとは一度お医者様に診ていただいて、お耳の所を縫ってもらわないとね」
耳飾りもつけているからきっと何処かのお家の子でしょうに、なんでこんなに傷だらけにされてしまったのかしらーー
そう言って女は痛ましそうな顔で、千切れかけの耳と俺の顔を交互に見つめていた。
参ったな……まさか人間に助けられる事になるなんて。
内心複雑な思いで女を見上げていると、がさり、と奥の笹が揺れ、手当てをしてくれた女と同じ年頃の黒髪黒目の娘がもう一人現れた。