2。
俺は、奴隷商から逃げ出した子犬だった。
俺のいた大陸では、犬も猫も人とほとんど変わらぬ姿で、変わらぬ言葉を話す。
国によってはそんなヒト型をとれる動物に、人間とほぼ変わらない権利を与えている場所もあった。
ただ不運なことに俺の生まれた国は偏見も差別も多く、犬の権利なんて無いも等しい場所だった。
それでも普通に市井で産まれていればなんとか平民としてやっていく道もあったのだが、俺が産まれたのは繁殖場の囲いの中。
当時その国には悪徳なブリーダーが複数存在し、繁殖で増やした犬達を表ではペットショップに卸し、裏では奴隷として海を渡った異国に出荷する、なんていう非合法な商売が流行っていた。
そして非常に運が悪いことに、俺はそこで生まれた犬の一匹だった。
そこでは産まれたばかりの子犬の耳に穴を開け、”姿封じの耳飾り”をつけて飼育する。
なぜなら犬の姿の方が成長が早く、商品として早く出荷できるから。
エサ代も減らすことができ狭いスペースでも大量に飼育できる、という限りなく人間にだけ都合がいいクソな理由で、ヒトとしての姿を取れなくするための呪いのアイテムだ。
母犬からの乳ではなく食事が摂れるようになった時点で、狭い鉄格子の中に放り込まれ、毎日餌と水だけが与えられ、体が大きくなるまでただただ無為な時間をそこで過ごし。
そうして産まれてから半年ほど経った時点で、今度は別の箱に詰め込まれ、船に乗せられて異国に出荷されるのだ。
雄の犬は従順で力のある、都合の良い労働力として売られる。
金持ちや商人に奴隷として扱き使われるのはまだマシな方、下手をすれば犯罪者達と一緒の鉱山に送られて働かされ、そこから死ぬまで出られない。
雌は雌で、まあ誰でも想像するような下衆な商売の商品にされていた。
どちらがより不幸なのかは分からないが、どっちにしろロクなもんじゃない。
俺が入れられていた鉄格子は、たまたまブリーダーの手下達の休憩所、と呼ばれる場所の近くにあったらしい。
開けっ放しのドアから下っ端達の雑談が漏れ聞こえる場所で、俺はそんなロクでもない話を寝物語にして育った。
人間共は、俺たち犬を同じ知能を持つ動物だなんて考えていない。
ヒトの姿をとっている相手にはそうでもないらしいが、産まれてからずっと犬の姿しか取れていない商品に対しては、自分の話が理解されて盗み聞きされているなんて可能性は頭から抜けているようだった。
ーーそれならそれで好都合だ。好きに侮っているがいいさ。
いつ売りに出され、どんな買い手がつくのか。役人達にバレないように商品を移送する方法が何なのか。ーー逃げ出すチャンスが何処にあるのか。
丸まって大人しく眠るような姿を見せながら、俺は黙って奴らの話を聞き、情報を集め、必死で考えた。
売買は月に一度、新月の夜。惑いの森と呼ばれる場所で受け渡しを行う。
そこでブリーダー達が檻から出した犬達を奴隷商人に引き渡し、受け取った商人は果物用のデカい木箱に犬達と餌を詰めていく。
その後木箱を港で船に積み替え、出航するという手筈らしい。
あとは三日三晩船に揺られれば、着いた先が今生の終点というわけだ。
檻から出されるのはその一度だけ。なら、逃げ出せるタイミングはそこしかない。
俺は下っ端達がいない夜の時間を狙い、狭い檻の中で必死に体を動かした。
いざという時に体が動かなければ、隙をついたとしても逃げ出せない。
ま、バレてたとしてもせいぜいちょっとやんちゃな子犬が一人で遊んでいるくらいにしか見てないだろう。
人間どもは何も分かっちゃいないんだから。
出荷される日の朝、俺は下っ端達の見ていない時を見計らって、眠り薬入りの餌を檻の向こう側に落とした。
薬が効いてグッスリ眠らされている間に箱に詰め替えられるというのは調査済みだ。
ーーあとは、眠りこけたフリをして時を待てばいい。
人間共のいいように利用されてなんかやるもんか。
俺は、絶対自由になってやる。