1。
気づけば、見たこともない植物が一面に生えた林の中に逃げ込んでいた。
明るい黄緑のそれは木なのか、それとも巨大な草の茎なのか判断に困るような見た目をしており、ほぼ決まった長さで節を作りながら、ひたすら長く真っ直ぐに天に向かって生えていた。
あとで聞いた話ではそれは”タケ”と呼ばれる植物だったのだが、初めて見る俺にはなんとも気持ち悪くて、”マズい場所に来てしまった”と血の気が引いたものだった。
まあ実際にその時出血多量で、血の気が引いた状態だったせいかもしれないが。
兎に角、見たことも聞いたこともない植物に囲まれた場所で、当時の俺は死に掛けていた。
◇
「ねえこっち! 犬がケガをしているの。早く!」
若い女の声がして、ゆっくりと意識が覚醒する。
ノロノロと顔を上げると、黒髪黒目の女がこちらを覗き込んでいた。近い。
「アナタ、まだ子供ね? 小さいのに、なんでこんな血だらけで……早く手当てしないと危ないわ」
そう言ってガサゴソと背負っていた荷物を漁り出すのを見て、俺は低く唸り声を上げた。
……コイツ、何をする気だ。
見た感じ追手ではなさそうだが、どうせ人間なんか誰も彼もロクなもんじゃない。早いとこ此処からも逃げないと……
そう思ってよろよろと立ち上がりなんとか足を動かそうとするが、血を失いすぎた身体は言うことを効かずフラつき、ついに俺は諦めてその場に蹲った。
正直今にも意識が飛びそうな感じだし、どうせもう逃げられない。
できることなら甚振らずに一思いに殺してくれーーそう願いながら目を閉じた。
再び遠くなっていく意識の端で、耳だけが女の声を拾う。
「このままだとマズいわね……とりあえず土を落とさないと」
ーーバシャッ!
うっ、グゥッ?! いッッてぇーーーー!!
な、何したんだコイツ!?
見ると、周りに生えている植物を切って作ったような筒から水を勢い良く溢し、傷口の汚れを洗い流していた。
鈍っていた痛覚を呼び戻され、キャイン、と情けなく声を上げてしまう。
「痛いわよね……ゴメンね……?
でもキレイにしておかないと、後で病気になってしまうから……」
そう言いながら女は次次と傷を洗い流す。
「……このキズ、矢傷だわ……一体誰がこんな事をしたのかしら」
一番深い矢傷を見て顔をひそめると、何を思ったのか女が俺の傷口に自分の口をつけ、吸い付いた。
はっ? ーーコイツ、今度は何する気なんだ?
痛みから逃げようと身を捩る俺を押さえつけ、女はぢゅうぢゅうと血を吸い出し、吐き出すことを繰り返した。
最後にまた水で流し、傷口を確認した後で何か変な臭いの軟膏を塗り付け、割いた布を巻いていく。
ーーもしかして、傷の手当てをしているのか?
助けるつもり、なのか。俺を。まさか。
……一体コイツはどういうつもりなんだ。
そう思いながら女の顔を見ていれば、「あら?」と言った顔で小首を傾げた。
「ひょっとして、喉も渇いてるのかしら……ちょっと待ってね」
そう言って近くに生えていた植物の一本を、手元のゴツい刃物でスパン、と切り落とした。
植物の中は空洞だったらしい。あっという間にもう一方を切り落とし、即席で器のような形に切り出した。
切り口をキレイに削った後で、水を注いで俺の口元に持ってくる。
「これならきっと飲めるわよね? さあどうぞ」
そう言いながら差し出してくるが……何を考えているんだ。
こんな死にかけを介抱してなんの得がある?
ーー奴隷商人の商品と知った上で、横流しでもする気だろうか。
「警戒しているのかしら……毒なんて入ってないわよ? 見てて」
女は目の前でぐっと水を呑んでみせ、ねっ?大丈夫でしょ、と言いながらまた水を注ぎ足した。
今度は口元に差し出すのではなく、そっと地面に置いて少し距離を取った。
「さ、飲んで。」
そうもう一度促され、俺は水に口をつける。
このまま死ぬにしても。回復を待って別の誰かに売られるにしても。
ーー今この瞬間の渇きが癒えるなら、悩むだけ馬鹿らしい。
俺は考えることを放棄して、目の前の水をバシャバシャと舌で掬って飲み続けた。