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70. 天翔

 

 セリオスは再び取り押さえられているアルフェリオの様子と、それからリシュリオたちに気が付き、わずかばかりぎくりとしたのが目に見えた。リシュリオと一瞬目が合い、ルーザに耳打ちしている姿を見て気まずそうに目線を泳がせていた。

 一通りを見回し、呼ばれるままに上がってくるべきではなかったらしいと反省した。誤魔化すように、抱えた漆黒の少女にさらりと告げた。

「アジェイ、ちょっと降りて。腕ちぎれそう」

「ちょっと! 貴方に掴まれって言うから、言われた通りにそうしたんじゃない」

 失礼ね。とアジェイは頬を膨らませた。その姿がエスタそっくりだとは、セリオスだけが苦く思った。

 アジェイは少しばかり危なっかしく、言われたとおりにテラスへと降り立った。同時に、そこにあった姿に気が付き、礼をとる。

「マーガス様、ご機嫌麗しゅうございます。そしてこの場でこのような発言をごめんなさい。すべてを思い出した今、私は帝国へ属することができません」

「チッ……○○(ゼロゼロ)の差し金か」

「いいえ。それはきっかけに過ぎませんわ」

 忌々しそうに睨まれても、アジェイが視線を逸らす事はなかった。

「思い出したんです。大切なことも、そうでないことも、貴方の献身も」

「忌々しい」

 まっすぐに返ってきたアジェイの視線に、城の主の方が先に耐えられなかったらしい。ふっとそらしていた。

 そんな姿にアジェイは追い打ちをかけるように告げた。

「わたくしは何度もお願い申し上げました。わたくしが作り出したものに関して正しくご利用いただけないのであれば、協力することは出来ないと。ですが、陛下のご無体を止めてくださったことには、本当に感謝しています」

「無体……?」

 跪かされたままにアルフェリオは、その強張った表情からまさかと隣を伺った。生憎、無表情な長兄からその考えは伺えそうにない。

「一番悪い考えで相違ございませんわ、リーステン様。貴方の父君……かつての皇帝陛下は、この真っ黒な髪に懸想を重ねていらっしゃいましたから」

 苦笑して告げられたアジェイの言葉に、誰もが言葉を失った。ただマーガスだけが、つまらなそうに鼻を鳴らして視線を流していた。

 沈黙が、妙に重い。


「マーガス兄さん。もういいだろう」


 不意にかかったそんな声に、マーガスは動揺することなく一瞥くれた。

「遅い」

「連れない言い方ですね。兄さんがほっぽり出した鳥獣駆除を引き受けてあげたのに」

 屋内からゆったりとやってきたのは、第二王子のオーランドに相違ない。その姿を睨みつけた男は、ポカンとした様子で兄たちの様子を伺っている姿を顎でしゃくった。

「お前がこいつを逃がすような事をしたからだろう」

「そりゃね。兄さんの邪魔してもらうのには、愚弟に死なれちゃ困るもの」

「たわけが」

「今更さ。それから逃がし屋さんの逃げ足が速すぎて、捕まえるのは無理だったよ。代わりにお願いして引いてもらった」

 やっと静かになったでしょ? とくすりと笑った第二王子は、後ろで自身の小姓が何かに衝撃を受けた表情をしているのを見てまた微笑む。

「もう全部おしまいにしよう。帝国はアレイットを襲った鳥に襲われましたとさ。この地を襲うように仕向けたのは僕らの愚弟であって、黒姫の記憶と人質を返還しに来たシュテルには温情を与えました、ってね」

 そんな言葉を聞きつけて、セリオスを凝視していたリシュリオもわずかに身を乗り出した。

「そりゃどーも。別に気を利かせてくれなくても困んねえけどな。ついでにそこの、アルフェリオの処刑も撤回してもらおうかね。そんなでも、死なれると寝覚めが悪い」

「さすがにそれは致しかねるな。そもそもウチの愚弟が帝国の外で行っていた行為の大半は、かなり犯罪行為も含まれるからな。そんなのを野放しにしては、ネブロディアエル家の恥をさらし続けることになる」

「ええ、ちょっとオーランド兄様?! 情報操作には気を使っていたって言うのに、あんまりだと思わない?」

「情報操作をすればいいという問題ではないと言っている。この大バカ者」

 恥を知れと、横から拳骨をくらったアルフェリオは、仕方がなさそうに唇をへの字に歪めていた。後生だから温情が欲しいよおとぼやいた姿は、後処理をすべて終わらせ、馬車馬のように働いたら考えてやるとすげなく返され項垂れた。

「構わないね、マーガス兄さん」

 オーランドが確かめるようにその表情を伺うと、暴君として君臨していた男はつまらなそうに腕を組んでいた。

「……後処理も一切合切、お前がやるなら好きにしろ」

「なら、話は早い。好きにするよ兄さん。リーステンの拘束を解いてやれ」

「ありがと」

 拘束を解かれたアルフェリオはさっそく、いまだに気まずそうにしているセリオスに呼びかけた。

「そういうわけだよセリオス。もうあれを止めてくれるね?」

 苦笑したアルフェリオを見上げながら、セリオスは首を傾げた。

「え、無理だけど」

「はい?」

 細めていた目を開けてしまうほど頓狂な声を上げたアルフェリオに、セリオスはただ肩を竦めた。

「帝国がマレスティナに手を出すっていうなら同じようにしてあげようかなって、島を落とすために即席で作ったからね。停止装置なんてないって。起動したら最後、目標に向けて落ちるだけだよ」

「……え、君。僕に言いたくなかったのって、そのため?」

 ひくりと頬をひきつらせた姿に、おかしなことを言うなあとセリオスは肩を竦めた。

「父さんの事もエスタたちの事も含めて、どうせろくな事しかしないんだもの、こんな国なくても良くない? って思ったんだけど」

「いや、アズネロはまだ地下牢にいるんだよ?!」

「え、助け出すって意気込んでたくせに!」

 まだだったの? とセリオスが責めると、そうじゃないだろうと返される。

「いや助けたらあとは壊していいって、一体どこから来たのその発想!」

 セリオスが責めると、アルフェリオもまた信じたくない様子で顔面を手で覆い、空を仰いでいた。

「君のものの考え方、本当にナイとそっくりだよ……」

「知らないよそんなの」

 つんとそっぽを向いたセリオスに、知らないでは済まないという嘆きは届かない。

 隣で考え込んでいた様子だったアジェイはふと、こちらを伺った。

「目標地点を定めるための装置があるでしょう? そちらを止めたらどうかしら」

「そっちを止めても、もうあれだけ勢いがついているものは止まらないよ。目標地点がすこしズレるくらいじゃな……いたっ」

 しれっと告げて肩を竦めていたら、今度は黒衣の少女にひっぱたかれた。

「貴方本気で言ってるの?」

 信じられないものを見たと言わんばかりにアジェイに目を見開かれて、思わず言葉を失くす。

「城に設置したのは、ここの最上階かしら」

 告げられた言葉に、セリオスは初めて罪悪感を覚えて頷いた。

「座標のために、発信機を十か所においてる」

「なら、私はそれを止めるわ。あとは方向が変更できないかやってみる。貴方はどうにかして、自分のやったことを食い止めて」

 急ぎ踵を返したアジェイは、勝手知った場所だと言わんばかりに駆けだしていた。その背中を一瞥し、マーガスは衛兵に言伝てし、手伝うよう告げ、後を追わせた。


 そんな姿を見送りながら、リシュリオはルーザに目くばせし、ルーザは無線を操作した。

 アジェイの言葉にそうは言ってもと悩んでいると、間もなく小さなエンジンの音と共に風が吹き込んだ。


「セリオス!」


 不意に怒鳴られてセリオスが顔を上げると、二翼飛行機(カイト)に乗ったエスタがこちらに突っ込んできた。器用に高度を整えて旋回し、エンジンの推進力を反重力装置で打ち消しながら、目の前で丁度止まっていた。

 ずっと話は聞いていたのだろう。有無を言わせない表情が、そこにはあった。

「エスタ? なんでここに……うわっ」

 差し出されたエスタの手をセリオスは躊躇いがちに掴んだら、思いのほか強い力に引っ張られた。

「止めに行くわよ、このお馬鹿!」

 セリオスを二翼飛行機(カイト)に引き込むと同時に、エスタは急発進させる。座席に押し付けられるような重みに耐えながら、反動で飛ばされないように、セリオスは座席のベルトにしがみついた。隣を伺うと、ゴーグルの奥で真剣に前方を睨みつけるエスタに、急に申し訳なくなってきた。

「……その、ごめん」

「いいわよ、その代わり後でアズネロさんとリシュリオさんに、死ぬほど怒られなさいよね」

「うげ」

 身に染みている記憶と、いつぞやの浮空島にて鬼のような笑みで怒る姿を思い出し、セリオスは身震いした。

「それは、いいけど」

 嫌だという顔をしつつも、仲間の無事に安堵を隠せないセリオスはふと残してきた姿を振り返った。見えないと解っていても、彼女がまだ、自分たちを見上げているような気がしてならない。

「残ってアジェイと会わなくてよかったの?」

「……いいのよ」

「なんでさ。ねえ、アジェイは君の事も」

「いいの! いずれ話す時間はたっぷりあるもの。それより一人で突っ走った、お馬鹿な仲間のしりぬぐいの方が先決でしょ」

「う……ごめんて」

 肩身狭く縮こまった姿に、エスタは仕方がないものを見たと言わんばかりに溜め息をついた。

「ねえセリオス、なんで一人で勝手に出て行ったのよ。私たちの事、そんなに信じられなかったの?」

「違う」

 ふてくされて否定すると、じゃあ何となじられる。

「大事だから、巻き込まないで済むなら、その方がいいと思った」

「馬鹿じゃないの」

 バッサリと切り捨てるように告げられて、セリオスも閉口した。ふてくされたような表情をエスタはちらりと伺い、溜め息をついていた。

「あんたが居なくなった後、大変だったんだから」

「ごめん」

「アジェイの図面の知識を得たから、自分だけで抱えて解決すると思ったんでしょ」

「ごめん」

「しかも何よ、浮空島の墜落って。帝国とおんなじことしてバカじゃない」

「ごめんって」

「どうせ自分の方が出来るからって、知らしめたかったんでしょ」

「だからごめんて」

「否定くらいしなさいよ大馬鹿。口だけの謝罪なんていらないわ」

「……だって。いい考えだと思ったんだもん」

「だってじゃないわよ。短慮というかなんというか……あんたねぇ、私が同じこと言って、アズネロさんに怒られたの知らないでしょ。帝国の頭を潰せば片付く話じゃないって」

「……そう言われると、なんも言えなくなる」

「反省しろって言ってるのよおバカ。あんたが今出来る謝罪は、あの島が落ちないようにすることよ」

「……わかってる」

 ぽつと呟いた言葉は、初めて落ち込んでいた。

「わかってるよ。ただホントに、じっとしてられなかったんだ」

 ちらりと一瞥をくれたエスタは、ややあってから溜め息をついていた。

「そんなことしなくたって、あんたがちゃんと技術面で優れてるって、みんな知ってんのよ。思い詰めて暴走すんなら、ちゃんとそれを言いなさいよ。仲間でしょ」

「…………そうだね」

 ぽつりと呟いた同意に、申し訳なさが追いついた。

「この工程は、一人でやるべきじゃなかった」

「解ればいいわよ、解れば! 急ぐわよ!」

「うん」

 ぐんと高度が上がる。風は笛のような唸りを伴い、内臓だけを置いていくような感覚があった。

 空気は薄いはずなのに、それが気にならないほど、心臓の高鳴りが強かった。頬を撫でる冷たい風すらも、今はただ心地よい。


 自らアルフェリオについて行く事を選び、自らの手で終わらせてやる。そんな意気込みの元動いていたはずなのに、本当は、拭えないこびりつくような不安が常に付きまとっていた。

 セリオス自身、余計な事をした自覚はある。だが、後悔は今になって追いついた。

 隣にいる仲間の存在が、声ほどまでに大きなものになっていたのだと今になってようやくわかった。


「ねえエスタ」

「何よ」

「来てくれて、ありがとう」

「ホント馬鹿ね。お礼ならリシュリオさんたちにちゃんと言いなさいよ」

「うん……ちゃんと、今度こそ終わらせてから、いっぱい謝って、いっぱいお礼を言うよ」

 

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