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68. 奪還

 

 最後の機械を設置し起動を確かめてから、セリオスはほっと息をついた。

 懐に入れた反重力装置が熱を帯びてきたので、急いでそれを停止した。次の装置を起動して身体を軽くし、出来るだけ静かに走った。

 にわかに騒がしくなった城内では、衛兵は右往左往し、鳥たちが忙しなく飛び交っている。頭のすぐそばを通った鳥のうち、小さな個体が不意に肩に止まった。

「アジェイの場所、教えてくれる?」

 城内探索を終えたのだろう。事前にアーレンデュラと打ち合わせていた通りにやってきた小鳥は、先導するように目先を飛び立った。


 時折、鳥の駆除に勤しむ者や巡回の者を避けて、反重力装置を使って天井へと飛び上がる。明かりが落とされた城内は、それだけでセリオスは随分と人目を避けることが出来た。

「あそこ?」

 扉の前に見張りの立つ部屋を遠目に、小鳥に尋ねた。同意するように肩に落ち着くので、どうしたものかとあたりを伺った。

 これだけ城内が騒がしくても、その見張りがその場所を動く気配はない。専属か何かかと、面倒に思わずにはいられなかった。


 しばし悩んでから、ボディバックの中を漁る。用意した重力装置の出力を上げ、その足元へと転がした。

 ん? と相手がそれに気が付いたときには、石畳の床がびしりと嫌な音をあげていた。同時に、驚いた見張りの者は突然重くなった身体に足を取られて転んでいた。もう一つ、その足元に起動した装置を転がしてやると、「ぐっ……」 とうなり声をあげて指一本動かせなくなったようだった。

「二つは多すぎたかな……」

 そっと駆け寄りのぞき込むと、強く睨みつけられてひるむ。

「わ、ちょっと通りますね」

 どぎまぎしながらも、動かれるのが怖くてそっとそばに重力装置を添える。

「貴、様……」

「すぐ済みますから、多めに見てください」

 足元の存在にどぎまぎしながら、手の届かないように気をつけた。ふうと一つ息をついて、気持ちを改める。反重力装置にも負荷がかかっているのか、急がないと火傷しそうだと内心冷や汗をかいていた。


 中にも衛兵がいるかもしれないと、懐に忍ばせた重力装置をいつでも起動出来るように身構えながら、その扉を叩いた。返事はない。だが、身動ぎしたような音がしたので、留守という訳では無さそうだった。

「入りますよ」

 決定事項として告げ、扉を開く。部屋の中は薄暗く、明かりすらつけられていなかった。

 小鳥がセリオスの肩を離れて、窓辺へと飛んでいく。それにつられて部屋の中を伺うと、そこに置かれたベンチの前で座り込む姿があった。

 小鳥は様子を伺うように、少女の足元へと飛んでいき、その表情を覗き込む。チルルと問いかけるように囀ると、初めて顔を上げた。

「……アレン……?」

 憔悴したようなかすれた声が、恐ろしく小さな声で尋ねた。

「違うよ。でも、アレンからお使い頼まれた者だよ」

 月明かりが差し込む側まで寄ると、ハッとした様子で少女は慌てた。

「あなた……エスタと居た……」

「ああ、覚えててくれたんだ。なら話は早いね。君を連れ出しに来た。僕と一緒に来てよ。ここから出よう」

 差し出された手を凝視したかと思うと、少女は身体を引いた。

「エスタを殺して、今度は私の番とでも言うの」

「エスタを殺した?」

 セリオスは一瞬、頓狂な声を上げたものの、すぐに合点がいった。

「ああ、帝国側ではそうなってるのか。勝手に殺さないであげてよ。君を助けるために、どれだけエスタが苦労してると思ってるの」

「デタラメを言わないで!」

「デタラメって……いや、君こそ一体何を言ってるの?」

 はあ、と。どうしようもなく深く溜め息がこぼれた。

「何? 君ってやつは、帝国から与えられた情報を丸々信じているんだ? じゃあ、そうだとして、アレンはなんで、僕にこうして鳥を貸してくれてるんだろうね? アレンもエスタを殺した連中の仲間だってこと? ただ君を殺す為だけに、帝国の中枢に攻撃を仕掛けるほど、アレンや僕らは君を殺したがってるってこと?」

 畳みかけるようにセリオスが尋ねると、聞きたくないと言わんばかりに耳をふさがれていた。じっとそんな様子を見ていると、気が付けば何度目かの溜め息をついていた。

「寝ぼけたこと言うのは勘弁してよ。それでも僕の後釜なわけ?」

「どういうこと……」

 その一言には、少女も理解が追いつかなかったらしい。ただ説明するのも困難に思えて、セリオスは肩を竦めた。

「……まあいいや。僕も昔の記憶が無いクチだから、覚えていない話をされても困るって気持ちは、すごくよくわかるよ。でもさあ、覚えている記憶から、誰を信じるかって事くらいは出来ると思うよ」

 だからわかるだろう? 僕と一緒に来てと手を差し出すと、少女の行動はセリオスには意外なものとなった。

「い、いや……来ないで!」

 慌てて立ち上がった姿は、逃げ場を求めて窓を開いた。突飛な行動に驚かされつつ、セリオスもただ事ではない様子に足を止める。

「脅かして悪かったって。落ち着いて。危害を加えたいんじゃない。もう一度アレンたちと会って、話し合って欲しいだけなんだ」

 何やら随分と追い詰められているなと、正体の解らない不可解さと他人の事ほどよく見えるものだと冷静になるのが解った。

 セリオスは改めて溜め息をつくと、一歩踏み出した。

「ねえ、そこからなら外の様子がよく見えるでしょ。アレンが連れてきた鳥たちがさ。ズタボロにされながら、君の救助のためだけに、皆戦ってるんだよ」

「でも! ナシェア様もあなた達が殺したんでしょ?!」

「誰って? その人の事を僕は知らない。だから、そうだとも違うとも言えないよ。でもそれは、君自身だってそうだろ? 帝国にとって都合のいいように、ねじ曲げた情報しか与えられてないんだもの」

「そんなはずないわ」

「なんでそう言い切れるんだよ。ねえ、じゃあさあ。君は新聞読んだことある? 君がいたアレイットは僕たちシュテルが襲ったことになっている。でもさ、君があの国を出た時、そんな事実あった? ないよね? それは君が理解しているはずだし、それこそ帝国が都合よく事実を捻じ曲げている証拠だと思うけど」

 淡々とセリオスが思うように返していたら、ひどく傷ついたような顔がそこにはあった。

「どうして? なんでそんな酷いことを言うの……?」

「酷い? 待ってごめん、どこがどんな風に? 言っている意味が全く解らないよ」

「何故、私が信じているものを、そうやって無下に出来るのよ!」

 涙ながらに言われて、セリオスは思わず口元を覆った。

「……え、頭悪いな」

「っ…………!」

 ぽつりと出てしまった言葉は、口元を覆った程度では隠せなかったらしい。ああもうと、セリオスは苛立ち交じりに頭をかくと、なるべく自身を落ち着かせて口を開いた。

「無下にしているんじゃなくて、事実に目を向けてほしいだけ。君が信じてる帝国側の情報が全て虚言だって、そう言ってるだろ。なんで行動で示しているアーレンデュラたちを信じてあげないの?」

「もう、いいわ。お願い、こっちに来ないで」

 一歩、二歩とにじり寄ると同じように身体を引いた少女は、もう何も聞きたくないと言わんばかりに耳をふさいだ。

「そうやって逃げていても何も変わらないって、なんで解らないんだよ!」

 いい加減にしてくれ、と思わず声を荒げた時だった。

「もう、嫌よ! 誰かに振り回されるくらいなら、いっそ!」

 一人ハッとした様子を見せた少女は、怯えた様子を見せながらもいいことを思いついたとでも言うように薄ら笑む。

「……そうよ、もういいの。貴方の声を聞きたくない。知りたくない。貴方と共に逃げるくらいなら、きっとこの方がずっといいわ」

 刹那。躊躇いなく欄干の向こうへと、少女は身を投げた。目の前で起きた事があまりにも突然過ぎて、それほど思いつめられていたのかと考える間もなく、一瞬理解が追いつかなかった。

「くそっ!」

 慌てて駆け寄り、その腕を掴む。人ひとりの重みに、一瞬身体ごと持っていかれそうになってひやりとした。同時に、思っていたよりも即座に動けた自分を、セリオスは褒めたかった。

 だが。捕らえられたことに安堵したのも束の間だった。

「離して!」

「なっ……」

 強く腕を振り払われてしまった。ふわり、少女が落ちていく様が、妙にゆったりとして見えた。


 少女がホッとしたような表情を見せたのを目前に、セリオスは躊躇いなくその手摺を飛び越えた。

「この……!」

 手を伸ばす。少しばかり足りない距離は、重力装置の力を借りた。

 腕を掴み、今度こそ振り払わせないと強く引いて抱きとめる。信じられないものを見たと言わんばかりの表情からは、もう小言すら出ないようだった。どうにか身体を入れ替えて、背中に庇う。

 ポケットに入れっぱなしにしていた反重力装置を起動すると、途端、落下速度はわずかに緩やかになった。だが起動が遅くて、ほとんど変わらない速度で植木へと突っ込んだ。

 ぱきぱきと細い枝が背中でいくつも折れていく。

「あだっ……!」

 間もなくどうっと勢いよく打ち付けた背中が痛い。一瞬息も止まった。腹に乗った少女の自重は、反重力装置のおかげでそれほど衝撃がなかったのが救いだ。お陰で抱きかかえた少女の方は、身体を張った甲斐もあって怪我もなかったようだ。


「どうして……」


 今の一瞬で何が起きたのか、未だに少女は受け止めきれていないらしい。

「どうしてって? 君を助けに来たんだから、手を伸ばすのは当然でしょう?」

 死ぬかと思ったとセリオスがぼやくと、混乱した様子の少女はぽつりと口を開いた。

「……その、ごめんなさい」

「なに、急にしおらしいね」

「だって、もう何を信じたらいいか解らなくて……気が付いたら、飛び降りてた」

「発作的に飛び降りるとか、勘弁してよ」

 やれやれと身体を起こした拍子に、反重力装置が一つ潰れて、完全に使い物にならなくなってしまっているのに気が付いた。仕方がないと溜め息をつきつつ、ケガがなかっただけよしとしようと開き直る。


「あの時、手を伸ばしていたのは、エスタだったわ」


 不意に呟かれた言葉は、思いつめた様子さえあった。

「ふうん」

「前落ちた時は……エスタが助けようとしてくれていた……」

「はあ、全く。もしかして君ってやつは、どこからか落ちるのが趣味なわけ?」

「…………違うわ」

 不意に自分を抱きかかえて震えた少女に、セリオスは怪訝そうに眉を潜めた。

「なに、今になって怖くなったんだ?」

「そうじゃないの」

「じゃあ何」

「……思い出したの」

 ぽつと呟いた言葉は、とても不安そうだった。混乱した様子で視線をさまよわせる姿は、自分の身に何が起きているのか理解するのに精いっぱいのようだった。

「貴方の言う通り、私……馬鹿だったわ。一番、大切な事を忘れてしまっていたの」

「あ、そう。まあ、アレンと合流するまで、自分で走ってくれるなら何でもいいよ」

 セリオスが素っ気なく告げると、つれない人だと苦笑される。

「私、ちゃんと向き合わないといけなかったんだわ」

「あのさ、反省はあとにしてくれる? 時間が勿体ない」

「……ひどい人」



 ***



 不躾に部屋に押し入ってきたその青年に、少女は見覚えがあった。

「エスタを殺して、今度は私の番とでも言うの」

「エスタを殺した?」

 あまりにもイヤそうな顔をするので、一瞬こちらがおかしなことを言っただろうかと錯覚してしまうほどだった。どうやら相手の認識は、あくまでこちらが間違っていると言いたいらしい。


 ナシェアの事を問い詰めても、相手は怪訝な顔をするばかりだった。本当に知らないのか、こちらを欺こうとしているのか。そんな判断さえも、少女にはできなかった。

 ただひたすら、自分が信じていたものを否定され、一方的に決め付けられ。ここから逃げるために自分を信じろだなんて、なんとも都合の良い事を言う、目の前の人物を信じたいとは思えなかった。


「酷い? ごめん、どこがどんな風に? 言っている意味が解らないよ」


 心底理解できないという表情が、そこにはあった。自分の言葉を一番に受け止めて、理解してくれようとしてくれていた人たちとは、明らかに違う。少女にとって当たり前にあった環境は、当たり前ではなかったのかと今になって思い知らされた。

 傷つけるような言葉ばかりを吐いて来る、目の前の人物が嫌いだ。そう思うには、あまりにもたやすいことだった。


 いい加減にしてくれ、と声を荒げられて、自分だって同じ言葉を返したい。向こうも自分に辟易しているのだから、だったら干渉しなければいい。

 気が付くと窓を開け放ち、欄干へと飛びついていた。

「もう、いいの。貴方と共に逃げるくらいなら、きっとこの方がずっといいわ」

 妙に晴れやかな気分だった。相手の鼻を明かせたからかもしれない。

 だが。

「くそっ!」

 焦ったような顔をしながら手を伸ばしてきた姿に、驚かされた。その姿が、エスタに見えたのだから、もっと驚かされた。何故と思ったのもつかの間、知らないはずの景色が一息の間にいくつも見えた。




 やがて記憶の最後に、手を伸ばして泣き崩れるエスタの顔を見た。

 肌が泡立つ。どうしてこんなに大切なことを忘れてしまっていたのだろうか。


 落下の衝撃は、思っていたよりも優しかった。大嫌いなこの相手が、下敷きになってくれたお陰かもしれない。

 どうして、と思わず口から出ていた言葉は、別に相手に向けた言葉ではなかった。

 一息の間に噴き出したような記憶に、戸惑いしかなかった。同時に、どこかに逃げ隠れしたくなるほど己の行動が恥ずかしくなった。

 だがそれを目の前のいけ好かない男に言いたくなくて、視線をさ迷わせた。


「貴方の言う通り、私……馬鹿だったわ。一番、大切な事を忘れてしまっていたの」

 

 反省も贖罪も、今は後回しだ。ただ一つ叶えたい願いのために、今だけはこのいけ好かない男と共に逃げてもいいのかもしれないと思った。


 同時に気がつく。

「……貴方、何者なの」

「何者って?」

 質問の意図が解らないと言わんばかりに、眉をひそめられた。

「さっき使っていた装置……あれは重力装置よね。私の設計は、そんな規模の小さいものではなかったはずよ」

 真剣に尋ねると、ああと何でもない事のようにポケットから取り出した。

「君の設計は余計なものが多かったから、適当に省いただけだよ。制御って意味では必要だったと思うけど、間に合わせで作ったから、そんなの用意出来なかったし」

「そんな! 簡単なものじゃないはずよ」

「そうは言われてもね……」

 説明するのも面倒だと露骨に顔に描かれても、アジェイは納得が出来なかった。

「……貴方の名前を伺ってなかったわ」

 しつこく尋ねれば、苦い表情は諦めたものに変わって溜め息をついていた。

「セリオス・フロリウス。この帝国イチの技術者の息子だよ」

「フロリウス……」

 よく知るその名に驚いていた。その時だ。

 頭上を、帝国の大型飛空艇が横切った。

「増援か」

 セリオスが嫌そうに言うので、渦中で鳥を率いるアーレンデュラの事がただ、気がかりだった。

「もたもたしてられないや。アレンに合流して逃げるよ。ついてきて」

「……わかったわ」

 

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