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64. 殲滅


 最初に曲がり角に踏み込んてきた者の喉元に向けて、ダガーナイフを投擲する。刺さりはあまり深くなかったようだが、奇襲と致命傷にはなった。一人目に起きたことを後続が理解するよりも先に、二人目も同じく喉に的確に打ち込んだ。

「っ……! 引け!」

 漸く反撃されている事実に気がついて、男たちは慌てて元来た方へと戻る。まごついた隙に、ルーザはひと息に距離を詰めた。


 指揮者はルーザにすぐ気がついたようだった。

 自身の手に握る銃剣を咄嗟に突き出すが、身体を捻ったルーザに避けられる。即座にぐるりと回して銃身で顎を打とうとしていたようだが、冷静に頭をそらして空を切った。

 今までの人間よりも判断が早い。

 恐らく相手自身も、今の攻撃が当たるとは思っていないのだろう。もう一手、回した銃身を左手で掴むと同時に、前蹴りをした。


 距離を稼ぎたがっているのだと、ルーザもそれにすぐ理解する。同時に、指揮者の男の背中で先ほどの狙撃部隊が再び構えている事に気がついた。

 離れたら即座に撃たれるか。身体が自然と部隊指揮者の男の影に入るように密着した。

 目の前の男に至近距離から首元を狙う。……ように見せかけて、その肩越しに銃剣を構える一人の目を狙った。

 直前まで狙いを定めていたせいか。ハッとした一人は目前に迫ったナイフに驚き、よろめいた。よろめいた男は狙い通りに周りを巻き込む形でしりもちをつく。それだけで簡単に陣形が崩れてくれたので、ルーザは目の前の男の脇をすり抜けると慌てて体制を整えようとしている者たちへと肉薄した。


「チッ、防御態勢!!」

「遅いよ」


 追い抜かれた男が咄嗟に叫ぶが、もう遅い。号令に真っ先に反応して、瞬時に構えた銃口を蹴り上げた。天井に向けて発砲された弾丸が、火花を散らす。次弾を撃とう一歩二歩と下がったその者は、どうにか冷静に対処しようとしているようだ。

 ルーザはその砲身をつかむと、強引に引き寄せる。まさか引っ張られると思っていなかったらしい男は、簡単に前へとつんのめった。

 後ろに向けてぶんと振り回すと、予想通りに背後に駆けつけていた指揮者の男にぶつかったらしい。「貴様!」 と怒気を増した様子に、突き刺しでもしたかと軽く肩を竦めた。

「自分の責任だろ」

 冷ややかに告げ、振り返りながら回し蹴る。相手の獲物を蹴り飛ばすと、回し蹴りの勢いのまま身体をひねり、右手に持ち直したコンバットナイフの切っ先を頸動脈めがけて串刺した。


 素手相手ならば恐れることはないと考えたのだろうか。最後の一人はへたり込んだ姿をかばうように、どこかおぼつかない手つきで両手で握った銃剣を振り上げた。

 ルーザは半歩下がって、殴り降ろされたそれをよけると、そのまま男が握る銃剣の切っ先を踏みつけた。

「な……!」

「全く、とんだ時間の無駄だよ」

 男が賢明に足の下から引き抜こうとするので、ぱっと足を離してやった。勢いでひっくり返ってしりもちをつくので、阿保を見たと言わんばかりに半眼した。四つん這いで逃げ出そうとする背中を踏みつける。

「逃げ出すときは背を向けるなって言われないんだ?」

 背後から首をつかむと、指先に自分でもかなり強く力を籠める。大概のものは壊してしまう純粋な握力だけで、ルーザは気道をつぶした。

 もっと閉所で扱いやすいものの訓練でもしておきなよと、次がない相手に疲れを隠さずにぼやいた。

 そして最後の一人に目を向ける。


 最初によろめき、へたり込んだまま青い顔でこちらを見ていた眉間に、奪った銃剣を突き付けた。

「助け……!」

 タンっと、やはりいとも簡単な音が響く。

「なら、最初から戦地に来なけりゃよかったのにね」

 敵対した相手にどんな事情があるかなんて、ルーザの知ったことではない。自分の背にあるものを守るか守れないか。明確なそれがあるのか、ただそれだけの事だった。

「はあ、本当に数が多い」

 アルフェリオの付き人の女は本当に雑兵の対処をしているのだろうかと、疑いたくもなる。最も、彼女が派手に引き受けなければもっと有象無象が多かったことをルーザは知らない。知るつもりも知る由もなかった。


 人の気配を伺うが、随分と遠くの方で息を潜めているように感じる。あるいは、大方処分が済んだのだろうか。相手の規模が解らなくて、ただ、前に進むしかない。



 通路を進んでいると、屋内は終わりを告げた。屋外通路へとさしかかり、先ほどまであった窓の並びは欄干へと変わった。部屋はいくつかまだ並んでいる事を確認し、事前に聞いていた操舵室はこの先だろうと確信する。

 いつの間にか、雪交じりの天気はただの冷たい風へと変わっていたらしい。雲の切れ目から、かすかに太陽が姿を見せ始めていた。


 ふと、ルーザは足を止めた。自身が乗り込むこの飛空艇のエンジン音が、急に変わったのを聞きつけたせいだ。

 その、次の瞬間のことだった。

 ぐんと、大型の飛空艇にはあるまじき旋回をしたかと思うと、刹那、まるで大砲でも撃ったかのような爆発音が鳴り響いた。一瞬の間に、屋外通路には欄干向こうから叩きつけるような勢いの木っ端を伴う白い風が吹き抜けた。

「なっ……!」

 思いがけない突風に拐われないように、ルーザは咄嗟に踏ん張った。視界を横切った影を追って、欄干に駆け寄る。

 嫌な予感に心臓がどくと鳴った。あれほど動き回っても、息切れ一つしなかったというのに。

 身を乗り出すようにして、事の原因を探した。やがて雪煙が過ぎ去ると、見たくなかった景色が広がる。極太のワイヤーを伴った巨大なアンカーが、シュテルの飛空艇を貫いていた。


「っ……」


 まさか、と思わずにはいられない。

 見ている前で、一筋の煙が飛空艇から落ちていた。それはやがて翼を広げて離脱していたので、少なくとも二翼飛行機(カイト)で脱出したのだろうことだけは伺えた。

 だが、よそ見もしていられなくて、ただ前を見据える。

「やってくれたね」

「それはお互い様でしょう? 反逆者の手先のおかた?」

 その視線の先には、プラチナブロンドの髪を後ろで高く結わえた女がいた。火煙を上げた飛空艇を背に、真っ赤なルージュを引いた口元はにっこりと不敵に笑う。さながら赤い三日月のようだ。穏やかそうに見える笑みとは裏腹に、緑とグレーのオッドアイには、静かな殺意が揺らめいていた。

「反逆者? 面白いね。つまり自分らに正義があるって?」

「言うまでもない話です。名誉に思いなさい。あなた方は我が主に選ばれて、帝国の歴史に悪名を刻むのですから」

「はは! 随分と陳腐な歴史なことだ。先に正義だと言い張った方が、最初の正義にはなるんだ。けれどね、正義ってやつは、生き残ったほうが最後の正義になる。いつだって、そうやって暴力的に決まるもんだ」

「では、我々が最初から最後まで正義であると、証明いたしましょう」

「これだけ死人を出しておいて、まだ自分が正しいって?」

「その手にかけたのは、他でもない貴方でしょう」

「いいや? 君が部下たちにそうさせたんだろう? 死んでこいって」

「ふ……人の心を持たない虐殺者に、どのような戯言を投げかけられたとて、所詮は虐殺者。何も感じません。人の言葉ではありませんから」

「なるほど、同感だね。ただあんただって、僕と同類だろう? 血に飢えた獣の匂いしかしないよ」

 『人の心』が互いに無いから仕方ないね。ふふと柔らかく笑ったルーザに、女は表情を消した。

「貴方は今ここで、屠る必要があるようです」

「残念だね。それは無理だよ。実力差がわからない? せっかく同類に会えて喜ばしいところだけど、君は手を出してはいけないものに手を出した」

 静かに告げると、冷ややかに女を見据えた。まだ間合いは長銃を構える女のものであると思われていたが、刹那、ルーザは駆け出した。


 左手で、数少ないダガーナイフを抜く。

 ぐんと身を低くして、一発目の銃弾を避けた。即座に右へと跳ぶと、壁を踏み台のように踏みしめた。


 女の舌打ちと共に、即座に銃口がルーザを捕らえていたので、投擲用のダガーナイフをこちらも投げ返す。キンッと軽い音が聞こえたかと思うと、弾丸に弾かれたナイフが明後日の方向へと飛んでいった。だが、弾丸の軌道を反らすにはそれで十分だった。

 勢いのまま前に踏み出す。と、同時に天井のわずかな凹凸を掴み身体を引き上げながらもう一本ダガーナイフを投げつけた。

 ぐんっと振子の要領で身体を前へと押しやる。やはり的確にこちらを捉えてくるので、ならばと側の扉のドアノブを蹴り壊す。反動でわずかに開いた扉の縁をつかむと、発砲音と同時に開いて盾がわりにした。


「チッ」


 露骨な舌打ちが聞こえたことに、相手も流石に今の弾丸を避けきれるとは思っていなかったらしい。しぶとい奴めと忌々しそうに呟かれた言葉は褒め言葉でしかなかった。


 扉の影から、またもう一本ダガーナイフをその顔面に投げつける。大きな動作もなく横にわずかに動いただけの女は、扉の影から顔を出したルーザの眉間に向けて、的確に三度発砲した。


 一瞬だけ首をひっこめ、装填の隙をついてまた駆ける。

 詰めた距離だけ女が逃げるので、気がつくと外廊下を抜け甲板に出ていた。ここならば遮るものはないと、誘い出されたのだと気がつく。


 遮蔽に使えるものがないならば、飛び上がると見せかけて、限界まで身を低くして前に跳んだ。前転し、即座に体制性を整え手元を隠しながらダガーナイフを投擲する。

 その予備動作を目敏く確認していた女は、ルーザに間合いを詰めさせまいと、更に後ろにステップを刻んだ。


 不意に頭上を、燃え盛るシュテルの飛空艇が横切る。恐らくワイヤーをねじ切ろうとしているのだろう。ぼんっと小さな爆発音は外殻から聞こえたものだが、内部にまで引火するのは時間の問題そうだった。

「ああ……」

 何とも言えない哀愁に、溜め息がこぼれた。ものに執着しないと思っていたルーザにとって、飛空艇の撃墜は思っていた以上に残念な気持ちになっていた。

 その事実に驚きながらも、もうおしまいだと肩を落とす。

「君はよくやったと思うよ」

「まだ勝負はついていないのに、随分と余裕なことですね」

「そりゃそうさ。僕たちの勝ちだから、ね」

「何?」

 いつの間にか晴れていた雪風は、太陽が弱々しいながらも頭上ではっきりと輝いていた。その眩しさにわずかにルーザが目を細めると、好機と見たナシェアは下段に銃剣を構えて突撃してきた。

 筈だった。


「このクソッタレ! よくもやってくれやがったな?!」

「なっ……!」


 その刹那、太陽が瞬いたかと思うと、ナシェアの頭上に影が落ちた。

 気が付き見上げた時にはもう遅い。ルーザはその隙に駆け出し、飛空艇から飛び降りたリシュリオもまた、危なっかしく女の背中側に着地をしたと同時に、同じようにそちらに向けて駆けつけた。


 どちらも対応しようとして、ナシェアはどちらにも対応出来なかった。

 飛んでくる蹴りと拳と。辛うじていく分か鈍い拳を避け、リシュリオの喉を狙って右に握りしめた銃剣を突き出していたが、それは全力で横に身体ごとひねってリシュリオは避けていた。

 もう一つは頭を狙っているであろうと当たりをつけて、左腕を犠牲にガードして衝撃に備えていた。だが女の目算は甘かった。腕のガードごと蹴り飛ばされ、反動で回った身体は襟元を掴まれていた。

「さよなら」

 しまったと思った時には、もう遅い。ぐるりとルーザは身体を捻ると、いとも簡単に飛空艇の甲板に頭から叩きつけた。

 息を詰めたような、うめき声とも言えるような。叩きつけられた反動で、鮮血が散る。恐らく少なからず額はぱっくりと張り裂けてしまった事だろう。プラチナブロンドの髪が、じんわりと変色し始めた。

 ガツッと、遠くで弾け跳んだ銃剣が落ちる。


 微かに腕に力を込めて、まだ反撃してこようとしているのが見えたので、ルーザはその首を折ろうとした。

「ルーザ」

 だがそれは、リシュリオによって止められる。

「俺らの勝ちだ。そいつは主格だろ、吐かせるから縛り上げてくれ」

 拳を突き出されて、ルーザは拘束を緩めないように気をつけながら、しばしそれを見た。

「…………わかったよ」

 仕方がないなと大きく肩を竦めると、捕らえた姿を逃さないように気をつけながら、その拳に拳を合わせた。



 操舵室を連れ立って覗き込むと、先をいつの間に抜かれていたのだろうか。そちらもまた一方的な蹂躙を受けたあとだった。

「こちらまでお越しいただき申し訳ありません。脱出手段より移動手段が必要になるかと思い、制圧しておりました」

 二人に気がついたユーイが振り返り、そんな業務報告に苦笑していた。


「ホントに二人で制圧するとは思わなかったな」

「そう? 信じて任せてくれたんじゃないの?」

「信じてはいたさ。いたけどさ、身体が普通ついていかねえって」

「ええ? でもリオ、ちゃんと相手の動き見えてるだろう? 見えてるなら、当たらないように避けるだけだって」

「んな、動体視力だけで殴り合いのケンカ出来るんだったら苦労しねぇよ! お前の反射神経がおかしいんだって」

 おどけたルーザに乗っかって騒いでいたのもつかの間、火の手を上げて燃える飛空艇を見えなくなるまで眺めながら、リシュリオは項垂れた。

「はー……つら。すげぇがんばって作ったのになぁ……」

 気に入ってたのに……と未練がましくぼやくリシュリオに、ルーザは苦笑した。

「まあまあ、全部終わってからアルフェリオに修理費用と迷惑料を請求しようよ」

「世界新聞側で私財を別に確保しておりますので、そちらから費用を手配いたします」

 即座に入ったユーイのフォローに、冗談めいてリシュリオは笑った。

「お、じゃあついでに、折角だから飛空艇の聖地でオーダーメイドしようかな」

「構いません。紹介状もご用意いたします」

「それ最高」

 まじで頼むわ、と。うきうきした様子で無線を取ったリシュリオに、ルーザだけがちらりとユーイを伺い肩を竦めた。くすくすと笑みをこぼしていた彼女の表情は晴れやかで、少しばかり仲間意識を持ったルーザもまあいいかと開き直る。


「エスタ、聞こえるか? 飛空艇はダメになったが、こっちは終わった。戻ってこれるか」

『……よかった! 連絡ないから心配で心配で……ええ、すぐそちらに向かうわ。方角を教えて』

 




 * * *




 縛り上げられた腕の骨が折れるのも構わず、女はどうにか片腕を自由にした。全身の痛みはとうに限界を超え、既に痛みを感じている様子はない。ただ荒く息をつき、霞む視界の中、懸命に懐の通信機を引っ張り出した。

「……ご報告、申し上げ、ます」

 端末を起動すると同時に、かすれる声で告げた。

「申し訳ございません。任務を、失敗いたしました。これより、最期の任務を、遂行いたします」

『今までご苦労』

 薄暗い部屋の中、端的に返ってきた言葉に女は微笑むと、躊躇いなく舌を噛み切り自決した。


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