59. 往時
「セリオスさん。不躾な質問になりますが、先ほどの『あなたが幸せである』という発言は、あなたもかつて帝国に従属していた事を認知していると認識してよろしいでしょうか」
静かに切り出したユーイに、セリオスは不思議に思いながらもただ首肯した。
「うん、構わないよ。って言っても、何してたかも全く覚えていないけど」
「問題ありません。重要なのは、『あなたが知っている』ということなので」
一息ついて、ユーイは続けた。
「技術開発研究所の元来の計画は、幼少期からの徹底的な英才教育を行うための機関でした」
「英才教育……」
「技術の躍進と、開発に特化した頭脳を持つ『研究者の開発』のためです。発足当時は様々な年代の子供たちが沢山集められておりました」
そう言われても、セリオスにはよくわからない。うっすらと覚えている景色は、あまりにも殺風景で他の子供たちが居るようには見えなかった。
首肯してひとまず続きを促すと、「その頃は、親元を離された子どもたちの存在に、アルフェリオ様だけでなく、第二王子殿下もまた、異議を唱えておりました」 と語る。
「多くの子供たちにとっては、幸いといえば良いのでしょうか。最も特異性を示した者に被験体〇〇の称号が与えられた事で、集められた彼らは真っ先に解放されました」
「解放された子たちは、親元に返されたってこと?」
「必ずしもそうではありませんが、その件についてはアルフェリオ様が、子どもたち自身との対話を通して、当人が望むように取り計らっておりますのでご安心ください」
「そうなんだ……」
セリオスがまじまじとそちらを伺ってしまったのも仕方がない。相手と向き合うだなんて姿が思い浮かばないどころか、気味の悪さを感じてしまったせいだ。
ユーイもセリオスの疑いのまなざしには気が付いているのだろう。特にそれに関して何か言うことはなかった。ただ淡々と過去を言葉として紡ぐ。
「被験体〇〇の発想は、当時の研究者たちを大いに喜ばせたと聞き及んでおります。アズネロさんも確か、あの方の技量と合わせれば、より良いものが出来るのではと、周りの推薦で参画されたはずです」
「あはは。親方の若い頃って想像つかないけど、すごく仕事熱心だったんだろうな」
「そうですね。仕事熱心でもありましたし、アズネロさん以上の技術者は私も心当たりがありません。ですが、そんなアズネロさん以上の発想を、被験体〇〇は持っていたのです」
「ふうん」
すごいねと言うのも、さすがだと言うのも違う気がして、セリオスはただ頷いた。
そんなセリオスの内心を知ってか知らずかは解らない。ユーイはもともと乏しかった表情から、さらに真剣そうに唇を引き結んだ。
「その中でも特に大きな影響を与えたのが、『不老不死の構想』です。夢物語のような話が出たことで、状況が変わりました」
「不老不死?」
そんなこと出来るの? と、思わず驚いていたら、すぐに返答はなかった。不思議に思って首を傾げると、表情を変えない女は少しだけ視線をそらしていた。どうやら少しだけ、気まずく思っているらしい。
「アルフェリオ様から聞いた話では、あくまでそれは夢物語で、『あったらおもしろいよね』という被験体〇〇の遊びの一つだとおっしゃっておりました」
「え、遊び? 冗談って……こと? とんでもない事だと思うけど」
「実現不可能なことを、それらしい理論を並べ立てていかにも実現できそうに見せることで、周りの大人たちが右往左往する様を見て楽しんでいたそうです」
「あー……」 戸惑いは一瞬で、つまらなそうな自分と同じ表情が「んべっ」 と舌を突き出しているさまが目に浮かぶ気がした。
「すごく面白そう。いい趣味してるね、昔の僕」
セリオスが思わず遠い目をしていると、そうですねとユーイもかすかに口元をゆがませて苦笑していた。それも一瞬のことで、すぐに表情は引き締められた。
「ただ残念なことに、本気で受けとってしまった者がおりました」
「誰、そのかわいそうな頭の悪い人……」
「アルフェリオ様の実父である、皇帝陛下です」
「え゛っ……!」
思わず絶句して、目の前の女の顔をセリオスはまじまじと伺った。相も変わらず動かない表情は真剣で、冗談ではないらしいと察すると、うわあ……と言葉にならなかった。「なんでまたそんな……」 と言いかけて、ふと、つい先ほど聞いた話を思い出す。
「もしかして、皇后陛下のこと?」
「察しがよくて大変助かります」
「え、でも僕が生まれるよりも前に亡くなったんじゃ」
「そうですね」
「……不老不死が出来るなら、生き返らせられるとでも思ったの?」
「そうかもしれません。実際のところはわかりません。皇帝陛下の御心を推し量ることはできません。ですが、亡き皇后様の生き写しを、技術開発研究所とは別の場所で実現させようとしていたことは事実です」
「それって」
エスタたちの事なのか。尋ねるまでもなくて、ぞっとした。くらりと眩暈がしたような気がするのは、単に飛空艇の揺れに酔ったからだと思いたい。
「なんでそこまでして……」
「そこまでしてでも成し遂げたい理由があったから、でしょうね」
周りがその理由を理解することは非常に困難と言えるでしょう。静かにそう告げられて、セリオスにはこみ上げた気持ち悪さを飲み下すことで精いっぱいだった。
「……ユーイさん。それってまさかと思うけど、実現させるための案を昔の僕は出していたの?」
「いいえ。その要請については、アルフェリオ様がすべて揉み消しておりました。ですが、鋭い観察力と考察力を持った被験体〇〇は、そういう要請があることに気が付いていたかもしれませんね」
事実がどのようだったかは定かではありませんが。そう締めくくられた言葉に、すぐには返す言葉を見つけられなかった。
「……ごめん、ユーイさん。ちょっと気分悪いから厨房に水取ってくる」
ようやくセリオスがやっとの思いで告げると、ハッとした様子のユーイが慌てて立ち上がった。
「申し訳ございません。もしよろしければお支えします」
「うん……ありがと」
「セリ」
「大丈夫大丈夫」
セリオスが壁際のルーザを振り返ると、眉をひそめているルーザと目があった。心配してくれているのだと理解がおよび、苦笑して手を振った。
本当は彼女の申し出も断って警戒対象を一か所にまとめておくのが賢明だと理解しているものの、今のセリオスにはそうは言っている余裕がなかった。言い表せない気持ち悪さに、口元を覆う。
『自分』が行ったことではないとはいえ、素知らぬ顔を出来るほど、セリオスも図太くなかった。もしかしてエスタがこうして帝国に追われるという原因の根幹に、自分が関係してるのか。そう思うと、意味の分からない気持ち悪さと恐ろしさが、ない混ぜになった。
背中に添えられた暖かい手の熱が、心地よい。随分と身体が冷え切っていたのだと、今更のように思い知った。
「申し訳ございません」
ふと頭上で呟かれた言葉は、ずいぶんと気落ちした様子さえもあった。ユーイとしても、セリオスがここまで動揺するとは思っていなかったらしい。
おぼつかない足元と、体調不良の極みのような、耳元で聞こえる自分の心音にうんざりして、短く息を吐いた。
* * *
セリオスとユーイが連れ立って厨房へと向かう様子を流し見て、ルーザは小さく肩を竦めた。
目新しい話だったと言われればそうであるし、今更知ったところで共感も何もないと言われれば、そうだった。
「……それで、君はいつまで寝たふりをしているつもり?」
つまらなそうに静かに尋ねると、今までぴくりとも動く気配のなかった姿は、そのままの体制で「ふふ」 と肩を揺らしていた。
「嫌だねえ、ちょっと起きるタイミングを逃しただけだよ」
ユーイってばおしゃべりなんだから……とぼやいた姿に、同情心も沸かない。
「うちのクルーの不安を煽ったこと、責任取ってそこから飛び降りてもらってもいいけど?」
淡々とルーザが告げると、狸寝入りを決め込んでいた男はくすくす笑った。
「あはは。そうだねー、やりたいこと全部終わったら考えようかなー?」
「死ぬまで君はそうしているんだろうね」
つと視線を反らしたルーザは、もう目の前の男に興味が無いと窓の外へと目を向けた。随分と吹雪は弱まり、リシュリオから聞いていたスケジュールよりも早く連山を抜けていそうだ。
「ユーイをセリオスと二人きりにしてよかったんだ?」
アルフェリオがどこか挑戦めいて告げるが、ルーザは全く意に介さず鼻で笑った。
「あの従者は君を押さえている限り、下手なことをしないだろうからね」
「そーだね、よくわかってるなあ」
ふあ……と欠伸を噛み殺した姿は、一人苦笑いした。
「はあ、油断したなぁ。このタイミングで意識が飛ぶとは思わなかったや」
気をつけないといけないなと、独り言をルーザは聞き流す。
「そういえば、こうして二人で話すのは初めてな気がするねぇ。テオドルーザさん?」
一人勝手に話し出すアルフェリオに、ルーザは視線を向けなかった。
「君と話す必要性がないから、初めてなのも仕方ないね」
「冷たいなあ。アルがお近づきに、君の故郷を情報提供しただろー?」
「あいにく、『僕の故郷』はマレスティナだからね。今さらどこぞの隠れ里なんて渡されても、用はないね」
「あれ、そうなんだ?」 ルーザの返答は、相手にとって随分と意外そうだった。「調べでは、君は割と真剣に故郷や竜を探してるって認識だったんだけどなあ」
情報が古かったみたいだねと、一人おどけた姿はあまりにも反応がないことに、少しばかりつまらなそうに唇を尖らせた。
「そんな邪険にしなくてもいいのになあ」
「……はあ。少しくらい、自分の行動を振り返ってから物を言ってくれるかな。どうして君に好感情を持っていると思う?」
「あっはは。それもそうかあ。僕は君たちの事けっこー気に入っているけどね。まー、君たちに好かれようとはしていなかったからなあ。仕方ないね」
残念と肩を竦めているものの、その表情は決して残念そうではない。そんなアルフェリオにルーザはただうんざりだと思いつつ、そこまで言われて、ルーザは顔を向けずに視線だけそちらにやった。その視線に、アルフェリオは目ざとく気がついたらしい。
「あれ、ほら。やっぱり少しは気になる?」
上機嫌に告げられて、ルーザは鼻で笑った。
「ご想像にお任せするけど、あんまりペラペラと余計なことを囀っていると、耳障りでうっかり舌を引き抜いてしまうかもしれないね」
「それは怖いなあ。君の気性の荒さは、それこそ宝物を守る竜みたいだよねえ? ああ、守ってるのは縄張りかなー」
なんてね? と。へらりと視界の端で笑われて、今度こそルーザは窓の外へと視線を向けた。意識の端にアルフェリオを捉えながら、雑音は全て無視を決め込んだ。
アルフェリオが残念そうに肩を竦めていた様子は、今度こそ誰も見ていなかった。
「まったく、心が狭いんだから」
そんなふうにアルフェリオがぼやいた、その時だった。どこからともなく、ピーッピーッという機械音が聞こえてきた。訝しんだルーザが音の方に目を向けると、弁解するように両手を挙げたアルフェリオがそこにあった。
「あー……ごめんねえ。ウチの緊急無線なんだけど、出てもいいかな? これが鳴るのは、わりとやばそう」
「……好きにしなよ」
「助かるよ」
いうや否や、アルフェリオは懐から小型の無線機を取り出した。




