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57. 軋轢

  

「おや、随分と懐かしい顔だね」


 扉の開いた音に顔を上げた初老の男は、そこにあった山のような姿に驚いた。

「邪魔するぞ」

 恐ろしく荷物が積み上がっている間を、その肩幅を物ともせずに器用に奥までやってきた。狭い店内がいっそう狭く感じる。

 マニエストは至って穏やかな声色で尋ねた。

「君がここに来るなんて珍しいこともあるもんだ、ジュリアス。リシュリオたちと決別した時に、もうこの地に戻らないんじゃなかったかな」

 そんなからかい言葉に、つまらなそうな表情が見下ろしてくる。

「ふん……こちらとしてもそのつもりだったが、雇い主の指示じゃ仕方ないだろうが」

「ああ、今はゼルべジャンのアルフェリオだったね。さしずめ、明後日の世界新聞のことかな」

 くすくすとつい笑ってしまったのがいけないのだろう。ジュリアスは懐から出した新聞の束をカウンターに投げると、腹立たしそうに舌打ちした。

「チッ、耳の早い化け物ジジイめ。やっぱ来る必要無かったじゃねえか」

「はっは、酷い言われようだ。それに、来た意味はあるとも。さっきルーザから、急ぎ人を集めるようにって連絡もらったとこでね。彼ら(・・)の説得のためにも、君には一肌脱いでもらわないと」

「は……?」

 聞き間違いだろうかと、鳶色の目をしたたかせて口を開けてしまっていた。

「あの子らに協力してもいいって子たちが、もう下に集まってるからね。君から説明してくれればいい」

「なんだそれ。針の(むしろ)に座れって言われてるようにしか聞こえねぇけどな」

 目の前の大男がこれほど表情を変えること自体珍しい。眉を寄せた様に、マニエストは思わず声を上げて笑ってしまった。

「はっは! それは仕方ないね、それについては自業自得だろう? 私はあの時、ちゃんと君を止めたはずだよ」

「……地獄に落ちろクソジジイ」

「おやおや、こちらに怒りを向けるのはお門違いだろう? それを言うなら、君をここにつかわせた主君に言いなさい」

「はっ、主君なんているか」

 視線をわずかにそらした姿を、店主の男は目を細めて見据えた。

「…………君も難儀だね。まだリオ坊(・・・)を担ごうって言うのかい?」

「黙れ」

「あの子が一番望んでいないことだって、いい加減理解しているんだろう?」

「黙れと言っているだろ!」

 肩を怒らせた姿を、マニエストはただ静かに見返した。じっと伺っている内に、相手も落ち着かないのか目線が動いているのを観察していた。

「……まったく。お前たち姉弟(・・)は、そろいもそろって昔っから仕方のない子たちだね」

「あれと一緒にするな」

「そうかい」

 言えば言うほどかと、これ以上からかうのは得策ではないと判断したマニエストは、ふっと息を吐いて気持ちを切り換えた。

「ジュリアス。君自身はこの新聞のこと、どう思っているんだい?」

「…………雇い主の考えに沿うだけだ」

「本音は言えないって?」

「あんたに言う必要あったか?」

「まあ、それもそうだね。それとも当てようか?」

 マニエストは目を細めて見据えると、挑戦的に首を少し傾げた。相手の眉間のしわが、より一層深くなる。

「そういう仕草から言動まで、あんたに似たんだと思うと反吐が出る」

 唐突な言葉に、マニエストは一瞬首を傾げた。

「君がルーザを嫌うのは、そういうことなのかい?」

「ハッ、洒落せぇ」

 すぐに思い当たった心当たりは心外だと首を振ったマニエストの言葉は、鼻で笑われただけだった。

「そんなことより、あんたの『見せしめ』に一体誰が得をするんだ」

「見せしめかどうかは、君の心の持ちよう次第ではないかい?」

 静かに語りかけると、沈黙された。やがてこの空間が居心地悪いと言わんばかりに、ジュリアスは強く息を吐いていた。

「これしきの悪名、悪名にすらならないだろ。賤民だろうが空賊だろうが、全員を引き連れてく。そういうヤツだからな」

「つくづく君というやつは、好き嫌いが激しいね」

「あんたに言われたくはないな、マニエスト。あんたの選り好み一つで、一体いくつの集団が消され、いくつの国が滅んだ?」

「随分と過大な評価を頂けて光栄だよ、ジュリアス。でも少しばかりそれは外聞が悪いな。君の将来のためにも、友好的な付き合いをしたいのだけれど、どうだろうか」

「それこそ今更の提案だな。とっくにあんたから嫌われてるのは知っている。救済も求めてない」

「それは違うな。君が僕を嫌っているのは、君の恩人(・・)の事でだろう?」

 呆れたようにマニエストが告げた途端、ガン! と目の前に拳が落とされた。

「あんたなら、もっとどうにか出来た筈だった」

「……やれやれ。誤解しているよ、ジュリアス。君は恩人(・・)を少々盲信しているところがあるし、僕は別に君を嫌っていやしないさ。ただ悪ガキのまま大人になった子が、人を貶めるような悪さしている。流石に大人としていさめなければ、君はますます故郷に帰れなくなる。だろう?」

「だから。知った口を利くな」

「そうかい。そいつは悪かったね」

 今回も話になら無さそうだ。そう感じたマニエストは、話を変えるようにカウンターの上で指を組んだ。

「なら、話を戻そう。君の雇い主の考えとやらは、もうすでに言付かっているんたろう?」

 茶番は止めようと告げて先を促すと、大男は腹立たしそうにそっぽを向いて舌打ちした。

「……"ゼルべジャンはマレスティナの存続及び、シュテルに全面協力する。賛同者を集めて、帝国への対抗手段としたい。"だそうだ。」

「なるほどね。ジュリアス、君自身もその意見に賛同しているって事でいいのかな」

「……何度も言わせるな。雇い主が是と言えば是だ」

「はは、そうかい」

 素直に故郷を守りたいとでも言えば良いものを。マニエストはそう思いはしても、ただ頷くだけに留めた。


「なら、人集めはウチらに任せとけって」

「おいこら。ウチら、ってなんだ。一緒にするなって」


 不意に背中からかかった声に、マニエストは肩を竦めた。

「ヴィーオ、オックス。下で待ってなさいって言っただろう?」

「俺はこのバカを連れ戻しにしただけだって」

 振り返ると、地下へと続く扉から身を乗り出した、二人組の姿があった。

「だって言われてたけどもさあ、マニエスト。あんたがどれほど言葉を尽くしてくれたって、そいつはそいつだし、ウチは自分の目で見たものしか信じらんねーもん」

 それに待ちくたびれたし、と。ヴィーオにあくび交じりに返されて、初老の男は仕方がないなと肩を竦めた。

「それにそれ、ホンモノっしょ?」

 顎をしゃくって新聞を示した姿に、そうだねと苦笑した。

「帝国は確かにでけぇ相手だけどさあ、ウチらにはウチらの、それはそれは広い繋がりがあるわけよ。帝国の一枚岩には及ばないかもしれないけれど、小石には小石の使い方と戦い方ってもんがあるわけで。それを見越してたから、マニエスト。あんたは声かけてきたんだろ」

「そうだね。随分気合を入れてくれてうれしいよ」

「あったり前だって!」

 いいとこ見せるチャンスだもの、と意気込む姿に、マニエストは生暖かい目を向けるだけに留めた。隣で「下心で動いても得しないぞ」 というオックスの言葉は黙殺された。

 意気込む彼らの様子を確認した大男は、自分の役目は終えたも言わんばかりに背を向けた。無言で出ていこうとする姿を、マニエストは「ジュリアス」 と呼び止める。

「言伝は終えた。もう用はない」

「君に用がなくても、こちらにはあるよ。ここに残って共にマレスティナを守る気はないのかい?」

「はっ、俺みたいな奴がいたら士気に関わると思うが?」

 質問に質問で答えた姿は、鼻白んで振り返った。じっとそんな姿を見つめていたマニエストは、仕方がないなと言わんばかりに首を振る。

「二度と帰ってくるなってリオ坊に言われたことを気にしているのなら、今こそ君は、ここに残って尽力するべきではないかな」

 違うかい? と尋ねても、男が揺らぐこともなかった。

「不穏分子は少ないほうがいい。荷物を抱えれば抱えるほど、足元を取られた時に転んだ時に痛手だろ」

 相手がぶっきらぼうに告げた途端に、マニエストは腹を抱えて笑い飛ばした。

「あっはっは! そうとも言う。けれどもほら、それは君のうぬぼれとも言えないかい? 君の存在ごときで揺らぐほど、君が押し上げたい『リシュリオ』は頼りない存在かな?」

「……チッ! だからあんたも、あの下賤者も嫌いなんだよ」

 心底憎いと言わんばかりに睨んだかと思うと、今度こそさっさと出ていってしまった。バンッと勢いよく扉が閉められた反動で、積み上がっていた商品の一部が崩れてしまう始末だった。


「あー……よかったんか? マニエスト」


 後ろで目を丸くしていたヴィーオは、恐る恐るその背中に尋ねた。そんなヴィーオに、マニエストは眉を落としてくすくすと笑う。

「仕方ないね。大丈夫、付かず離れずのところで支援してくれるよ、きっと」

「あいつがそんな事するのか?」

「するとも」

「ふうん?」

 あいつがそんなに熱心だったとは思ってなかったわ。怪訝そうに告げたヴィーオは、冷やかしていても仕方がないと感じたのか、地下の階段を颯爽と降りていった。その背中を見ながら、オックスは呆れた様子で肩を竦めた。

 ヴィーオを追おうとして、ふとオックスは足を止めて振り返った。

「……ジュリアスがリシュリオに拘るのは、ディンデレオの件だろ?」

「さあ……そうかもしれないね」

 マニエストも掘り下げるつもりはないのだろう。穏やかな笑みを浮かべたマニエストを見て、オックスもそれ以上は尋ねるのをやめた。

「あの頃の空を知る連中は、随分といなくなっちまったな」

「仕方ないね。時代の波だよ」

「はは、年は取りたくねぇもんだな」

「まったくだよ」

 お互いにね、と。マニエストが肩を竦めていると、オックスは苦笑を浮かべながら階下へと下っていった。

 

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