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52. 決意

 

 ーーーー帝都城内。

 一つに結わえたプラチナブロンドの髪をたなびかせながらゆったりと歩く背中についていきながら、少女は不安そうに黒い瞳で辺りを伺った。


 見慣れないのにどこか知っている城の中。窓から見える見覚えのない街並み。歩いた覚えがないのに踏んだ感触に懐かしさを感じるカーペット。全て知らないもののはずなのに、何故か知っていると感じる事が不安で仕方なかった。

 ふと足を止めた背中につられて、少女も足を止めた。


「オーランド第二王太子殿下」


 女の声が柔らかくその名を呼ぶ。本来であれば不敬と取られても仕方がないが、彼の事情を考慮した上で、女は通路の脇に身を寄せひざまずいて礼を取った。隣で戸惑う少女が真似をしようとしたところ、その腰に手を添えてやんわりとそのまま立たせた。

「御前、お声掛け大変失礼いたします。メルエット=アジェイ様をお連れいたしました」

 少女のものとよく似た漆黒の瞳が、こちらをゆるりと捉える。式典用の臣下の衣装に身を包んだその姿は、後ろに立つ赤髪の青年の方に僅かに首を傾けると、意を組んだ青年は手帳を差し出した。さらりと何かを書きつけて青年に返すと、音もなくアジェイの前へ膝をついていた。

 まとったマントがふわりとひるがえり、雪の日の日差しのようだと少女は呆然としていた。ふと、手が取られたかと思うと、指先に相手の額の熱を感じた。

「黒姫様。我が主オーランド第二王太子殿下に代わり、読み上げ申します。無事のご帰還、心より歓迎いたします」

 赤髪の青年は淡々とした声で告げた。少女が一度に起きたことに驚いて青年を見ると、歓迎の言葉とは裏腹に、酷く苛立たしげに少女を見据えていた。その事に驚いて身を引くと、手を取っていたオーランドも状況に気がついたのか、アジェイの手をそっと離すと、振り返って咎めるように目を細めた。

「……申し訳ございません」

 誤魔化すように視線を流して、とても小さな声で謝罪を口にしていた。青年にとってこの状況が受け入れがたい事なのだろうと、わからないなりに察するのは容易かった。

「お疲れでしょうから、お部屋にてゆるりとお過ごしください。殿下は改めてご挨拶の場を頂くため、本日はこの場を辞させて頂きます、と申し上げております」

 青年は自分の気持ちを誤魔化すように、主人の走り書きのメモを朗々と読み上げると、深く腰を折って最敬礼を取った。


 アジェイがどうしたものかと戸惑っていると、女は颯爽と立ち上がり、行きましょうと促した。腰に回された手に導かれるまま歩きだすものの、不安そうに胸元で自分の手を握ってしまう。ちらりと振り返ると、頭を下げていながら真っ直ぐに漆黒の目と合って息を詰めた。

 今までどこもかしこも気になることが多くあったが、それら全てが吹き飛んでしまうほど、その存在感は大きかった。

 再び振り返った時には、もうすでにそこには二人の姿はなかった。


「あの……ナシェア様」


 どれほど大人しくついて歩いただろうか。少女が恐る恐る尋ねると、抑揚のない声が返ってきた。

「敬称は不要です、アジェイ様。ただナシェア、と」

 そうは言われてもと戸惑うアジェイに、女は優しく笑みを作った。

「いかがされましたか」

「あの、さっきの方は……」

「オーランド様でございますか」

「はい。その、どこかお身体が悪いのでしょうか」

 アジェイは心配そうにしながら振り返って足を止めてしまう。その肩に側近の女は手を添えて、歩みを促しながら答えた。

「お気づきになられたかと思いますが、オーランド様は声を無くされております」

「どうして? ご病気か何かかしら」

「そうですね。ご病気みたいなものです」

 不思議そうに見上げられて、「御心のご病気です」 と端的に答えた。

「オーランド様は、兄君である我が主君マーガス様に斬りつける皇帝陛下の姿を目にし、弟君のリーステン様が心身壊されて隔離塔の地下にお隠れになられてから、ずっとお声が出なくなっていらっしゃいます。恐らく心理的なもので、帝国屈指の医師にすら治す事が出来ませんでした」

「そんな……!」

 傷ついたように見開いた目は、救いを探すように視線を泳がせた。

「ご家族の方……ええと、王様もさぞ心配していらっしゃるんじゃ……」

 ナシェアに連れられて飛空艇から降りた後に会った姿を思い浮かべながら、アジェイは必死に言葉を選んだ。そんな微笑ましい努力に淡く笑みを浮かべたナシェアは、あくまでゆったりと頷いた。

「そう願いたいところですが、王のお考えは違います。オーランド様はただの象徴として、椅子に座っていられる存在であれば、それで良いのです」

「そんな、なぜ……。言葉を無くされてても、考えまで無くされているわけでは無いのでしょう?」

「施政者とはそういうものですから。その方が王にとって都合がよろしいのです。大丈夫、あなたが心を痛める必要はありませんよ」

「でも……」

 言い淀む姿を諌めるように、女は足を止めてその頬に手を添えるときっぱりと言い切った。

「心配いりません。いずれ正義の名の下に、王が全ての苦しみが終わらせます。そのためにも、あなたには見聞きし、学んで頂かないといけないことが沢山あるんですよ、アジェイ様」

 すっと目を細めた女は、「攫われたエスタ様を取り戻す為にも」 と静かに告げた。

「……そう、ね」

 少女も戸惑う気持ちが少し落ち着いた気がした。そうだ、自分はそのためにここまで来たのだ、と。よそ見をしている場合ではないのだと。


「エスタを……たった一人の妹を、取り戻したいわ」

「はい。わたくしも尽力致します」

 

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