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51. 新聞

 

 ジャケットの内側に入れた新聞を持ち帰ったリシュリオは、真っ直ぐに飛空艇に戻ると入り口の扉の前で溜め息をこぼした。

 かつて無いほど気が重い。一度に詰め込まれた情報の多さに、頭もなんだか痛い気がする。思考が緩慢になったような気がしてならないが、単に考えたくないだけだと己の事をよく理解していた。


 前にこんな風に思考を放棄したのは、一体いつのことだっただろうか。確かたった一人の妹の逃げ先と、二度と顔を合わせたくないロクデナシの処遇を考えるのに手一杯になっていた時以来ではないかと思わなくはない。

 ふっと自嘲なのか苦笑なのかわからない笑みが浮かんだ。


「リオ」


 不意に上方からかかった馴染の声に、顔を上げた。バルコニーから身を乗り出して手を振った姿に、リシュリオも手を上げて応えた。様子のおかしさを感じたのだろう。ルーザは室内をちらりと伺ってから、軽く飛んで隣に軽やかに着地した。

「何かあった?」

「ちょっとな……」

 どうしたものかと逡巡し、すぐにここで話すことでもないと首を振る。それに二人だけの話ではないからと、扉に手をかけた。

「中で話す。セリとイムは?」

「二人共、多分二翼飛行機(カイト)のとこにいるよ。セリが整備がてら見てたいってさ」

「そうか。悪い、操舵室に皆と来てくれ」

「わかった。温かい飲み物も入れるよ。酷い顔してる」

「助かる」

 二人に話しにくい内容かと思われたのだと、気を使われた事に失笑した。

 出入り口をしっかりと施錠してからふらふらと操舵室に入ると、深く息を吐いて、同じように深く息を吸う。そうしている内に、気持ちは随分と落ち着いた。自分がぐらついている場合ではないのだと、段々と意志も固まってくる。


「リオ、二人も呼んできたよ」

「ああ、助かる。皆ひとまず座ってくれ」


 ルーザの声に振り返ると、リシュリオは作業台を回り込んで操舵席の背に寄りかかった。何が始まるんだとセリオスとエスタは見合わせ、作業台を囲うように言われた通りに座った。

「エスタ、気分は落ち着いたか?」

 手始めに尋ねると、少しバツが悪そうにしたエスタが膝の上で指を回した。

「ええ……まあ。その、カッカして悪かったわ。もう落ち着いたから大丈夫よ」

「構わねぇよ。そういう時もあるさ」

 さて、と。一度話に区切りをつけるように、改まってリシュリオは全員を見回した。

「かなり悪い話になるけど、皆に聴いてほしい話があるんだ」

 そんな切り出しに、エスタとセリオスの表情は強張った。ルーザはある程度予想はしていたのだろう。そんな事だろうと、カップをゆっくり傾けていた。

「結論から言おう。俺らに懸賞金がかけられたらしい」

「え!」

 驚いた声は一つではない。

「明後日の世界新聞でその情報が出回る。これがその証拠、らしい」

 懐から出した新聞に、自然と皆の視線が集まった。見てもいいかと率先したセリオスは、エスタと共にそれを眺めた。

「わあ、一面からってすごいね。"戦争の予感?"だなんて、物騒だなあ」

 思わず笑ったセリオスに、リシュリオも苦く笑った。

「そうだな。俺はまだ中身を改めていないが、聞いた話をかい摘むと、エスタの誘拐に始まって、帝国へのスパイ容疑にアレイットの襲撃と、俺たちは随分と手広く悪事を働いているらしい」

「……帝国が動き出したのね」

 エスタがハッとして呟くので、深く頷いた。

「ああ。……加えてどうやらユーテスクが崩壊したらしいから、あちらさんは本気らしい」

「ユーテスクが?! 周りに街や国がないのが幸いね……」

 不安そうにしたエスタに頷いたルーザが、足を組み直していた。

「それはまた、随分と楽観的でいられない状況だね」

「そうだな。幸いといえばいいのか、懸賞金がかけられているのは俺とルーザだけだ。エスタは誘拐された側だし、セリについては触れられてすらない」

「私は自分の意志で帝国を出てるのに?」

「だが、世間はそんなこと知らないだろ」

「まあ、そうね……」

 納得し難いと言わんばかりの表情に、リシュリオもエスタの気持ちがわからないでもなかった。

 ペラリと中を開いたセリオスは、中身に目を通しながら何気なく尋ねた。

「でもなんで明後日なの?」

「……遅らせていたらしい」

「遅らせていた?」

 セリオスは何のために? と顔を上げた。リシュリオがルーザを盗み見ると案の定目が合い、微かに首を傾げられる。

「世界新聞を牛耳ってるアルフェリオが、俺らを帝国に渡したくないからって動いていたそうだ」

「アルフェリオが?」

 意外だとセリオスが声を上げる横で、エスタは露骨に眉をひそめていた。

「本当かしら。裏が有るんじゃないの?」

「あるかもしれないな。明日には俺等を囲いに来るそうだ」

 ルーザは顎に手を当てると、不思議そうにした。

「リオにしては珍しく、まるで話したみたいな直接的な言い方するね」

「実際電話で話したからな……。会ったのはアルフェリオの影武者だって奴だったし、実際見間違うほど似ていた」

「そっか。じゃあさ、リオはどうしたいの?」

「俺は」 口をあいて、言葉が続かなくて閉じる。「正直言うと、迷っている。マレスティナが危険にさらされるのであれば、何が何でもそれを回避したい。けど、アルフェリオを信じるのも悩ましい」

「まあ、仕方ないよね」

 今までが今までだからね、とルーザも同意して苦笑した。酒を酌み交わすような仲でもないし、なんて冗談めいて笑った。

「僕は別に信じていいと思うよ」

 新聞を眺めていたセリオスは、何気なくそう言った。自然と視線がこちらに集まったことに気が付いたのだろう。紙面から顔を上げると、なんてこと無いと言わんばかりに肩を竦めた。

「親方の事は、別に許したわけじゃないよ。でも、あの人についてくって言ったのは親方自身なんだよね。その時にさ、エスタのコネが無くなるから力になってやれって言ってたんだけど、こうなる事を知っていたんじゃないかって思うんだ」

 そう考えたら、なんか納得できた。そう説明してから「でも」 と続けた。

「多分、あの時に親方が僕に一緒に来いって言わなかったのは、そこは必要ないって判断だったんだろうなって思う。だから新聞の件は信じて動き方を考えないといけないけど、僕らは僕らで好きに動けばいいんじゃないかなって」

「腹割って話すタイプじゃねえけど……聞くくらいはってことか」

 腕を組んだリシュリオに、セリオスは頷いた。

「そうだね。情報がある分には困らないでしょう?」

「エスタはどう思う?」

「私は……」

 話を振られて、血の気の引いた表情で首元のスカーフを不安そうに握っていた。

「帝国には絶対戻らない。でも、帝国がアジェイの考えたものを作り出した段階にいるのであれば、一刻も早く動いて対抗手段を考えなきゃいけないわ。アジェイも出来れば……連れ出したい。そのためにももう、誰にもアジェイの図面を渡せないなんて言ってられないわ。でも、どうしたらいいのか心当たりなくて……」

「……そうだな。エスタはどんな条件があれば託せられる?」

「…………ここにいる人たちなら。でも四人でどうこう出来るほど、単純な設計じゃないと思うわ。あまり詳しくないから、何とも言えないけども」

「そうか。信頼してくれてありがとう、エスタ」

「ううん、遅くなってしまってごめんなさい」

 まだそれでも恐ろしいと言わんばかりに俯いたエスタの背中を、セリオスは少しためらってからそっと撫でた。少しだけ肩の力が抜けたエスタの様子に、周りもほっとする。


 背もたれに体重を預けたルーザは、悩ましそうに腕を組んだ。

「そうなるとね、せめてマニエストと連絡取れれば、人手の確保は容易いんだけど。今から二翼飛行機(カイト)で行ってこようかな?」

「やめろやめろ。危険だし、時間もかかる。そもそも吹雪があるだろ。せめてもう少し南下しないと、二翼飛行機(カイト)の単騎飛行は厳しいだろ」

「そうだよねー。……ああ、そういえば電話で話したって言っていたね。盗聴でここが割れたりしなかった?」

「五分間の妨害機能つきだったよ」

「はは、そのへんは流石って言うべきかな。忍び込めば借りれそうかな」

「いっそ、話聴いてやる代わりに貸せって言っちゃえば?」

「それも確かにそうだね。まあ……うん。とりあえず今のうちに、下見しておいて、今日中に一度、潜入してきて様子見てみるよ」

「そうだな、頼むわ」

 ルーザが軽く伸びをしてる横で、リシュリオは頷いた。顔色良くなったねとからかわれて、苦虫を潰したように渋面してしまった。


 会話が自然と途切れた。そのせいか、セリオスが新聞の角度を変えた紙の音が、妙に響いて聞こえた。

「ねえエスタ。このネブロディアエル家っていうのは、どんな立ち位置の家なの?」

 セリオスはふと、記事に出てきた名前を指差しながら尋ねた。エスタはまさか内容以前の質問をされると思っていなくて、一瞬何を言われたのか理解が遅れた。

「え? ああ、帝国王室家の家名よ。正式名称なんて久しぶりに聞いたわ。昔からあると言えば昔からある系列よ。ネブロ家が帝国の皇帝の座についてから、もうじき百年の統治と言われてるわね」

「ネブロ……ってやっぱそうなんだ」

 疑問が核心に変わったと、セリオスは頷いた。

「じゃあ、アルフェリオは自分の家の関係者なのに、正反対の動きしてるって事なのか」

「どういう事?」

「いやだって、前に名乗ってたんだもん。リーステン・ネブロ・アルフェリオ、って。そう考えると、あの人ずっと隠す気がなかったんだなって」

「リーステン……?」

 その名前に、エスタだけがハッとした。「……第三皇子だわ」

 だがすぐに首を振る。

「嘘よ、だってあの人は気狂いだから廃嫡されたって……」

「どういうこと?」

「……旧技術開発研究所の中間責任者だったのよ。第三皇子が。当時は研究員たちの方向性と、被験体の教育及びお世話係の方向性が対立していて、その間で取りまとめをしていた人よ。爆発事故後に生き残った内の一人だったけど、その時の影響でおかしくなってしまった、って聞いていたわ。でも研究所の事を含めて表に出せないから、病死したことになってる筈よ。実際、幽閉状態だって聞かされてたから、お会いしたことなかったの」

 思い返すように遠くを見ながら指を回したエスタの様子とは裏腹に、ぷっとセリオスは噴き出した。

「あはは! 実際はめちゃめちゃ飛び回ってるね」

「……そうね」

 何を考えているのだと言わんばかりにエスタは苦く笑った。その横でセリオスはふーんと唸った。

「そっか、だから僕が親子として暮らしてたって知ってたのか。ボスが望んでる事ってあれ、他人事みたいに言っていたけど、全部自分の考えなんだろな」

 セリオスはぽつと呟いてから、そうかと気がついた。

「それがホントだとしたらさ、エスタ。親方は当時の仲間の第三皇子についてるって事だよね」

「っ……あ、ええ。そう、ね」

 セリオスに指摘されて驚いていた。

「じゃあやっぱり僕は、話くらい聞いてもいいと思うよ」

 どう思う? リシュリオ。そんな風に投げかけると、悩ましそうにがしがしと頭をかくリシュリオの姿があった。

「セリの言いたいことは解った。確かに筋は通っている」

 仕方がなさそうに同意したリシュリオは、すぐに肩を竦めて溜め息をついてしまった。

「でもなあ……あいつに囲われるのは癪なんだよなあ」

「はは、それには僕も同感かな」

 うーんと首を捻ったリシュリオにルーザも笑うと、カップの中身を煽った。

「いいんじゃない? 話を聞くなら、それで。どっちにしても話くらいはしないと、僕らには情報が足りていないし」

 ルーザが同意を示したところで、セリオスも嬉しそうに表情を柔らかくしていた。それに目ざとく気がついたエスタが、からかうようにずいとセリオスの表情を覗き込んできた。

「なあに? セリオス、あんた随分急に積極的ね。あんなに怖がってたくせに」

「それは、まあ、そうだけど! ……なんか、信じる方が良いかがしたんだ」

 きっとそうさせたのは、昔の自分じゃないかとは、流石のセリオスも言えなかった。ふうんと疑ぐり深いエスタは、つまらなそうに言った。

「元お友達のことは吹っ切れたんだ?」

「それとこれとは別だろ。ノルトの事までは許したわけじゃない」

 でも言っても仕方ない事だろ。流石に不貞腐れてセリオスがそっぽを向くと、悪かったわよと肩を竦められながら謝られた。

「食料と燃料まわりを重点的に飛ぶ準備は進めよう。飛んだら当分補給は出来ないだろうからな」

「そうだね。それじゃあ僕は僕で、ちょっと出かけてくるよ」

「頼んだルーザ」

 準備してくると、空いたカップを回収して出ていった背中を見送った。事態が好転したわけではないものの、酷い息苦しさは消えているとリシュリオは感じた。今はただ、マレスティナの無事を祈るばかりだ。


 窓から遠くを眺めながら、ふとセリオスは呟いた。

「……アルフェリオって何歳なんだろ。僕てっきり、わりと年が近いと思ってたんだけど」

 それにはエスタが何気なく応えた。

「多分、親方さんと同じくらいでしょうね」

「一回り以上は違うじゃん。……年齢詐欺こわ」

 おどけて肩を竦めたセリオスは、感心したように嘆息していた。脱力して座席に身体を投げ出して伸びをすると、読み終えた新聞を作業台へと放りやった。

「もう終わったの?」

「うん。他人事で見ると面白かったよ。ドラマチックというか。始まりは二人の姫の誘拐でしょ、一緒に帝国の機密を盗んだこと、アレイットを襲った逆賊を追い返して黒姫を奪還、哀れな白姫は未だ行方不明、それから報復目的と思われる、帝国領土圏内の浮空島の爆破。全部上手いことシュテルのせいだってなってたよ」

「それを面白いって言えるあんたの神経、尊敬するわ」

「お褒めに預かりどうも。ユーテスクは爆破って書いてあるけど、多分例の『浮空島を落とす技術』の実験だよね」

「多分、そうでしょうね」

「エスタと行った時に扉の操作装置が壊されてたのって、それでかな」

「ありえるわね……」

 もうその段階だったとは……。項垂れた姿を脇に見つつ、セリオスは真面目くさった顔をした。

「ねえ、エスタ。今、黒姫の図面って見せてもらうことは出来ない?」

「え……」

「対抗策を考えないといけないんだろ。僕もリシュリオも、技術面では君より詳しいよ。なら、力になれると思うんだけど」

 時間もないし、どうかな。そう提案すると、エスタは躊躇うように視線を泳がせていた。何か言おうとして唇を震わせたが、すぐに言葉にはならなかった。すがるようにまたスカーフを掴むと、不安そうにしながら赤い瞳にうっすらと涙を浮かべた。

「…………わかったわ。皆を信じる」

 やがて意を決したように囁くと、片時も手放さなかったレース編みのスカーフを首から解いた。

「これが、アジェイの残した図面よ」

 広げたそこには、レース編みの白い歯車が細々と編まれていた。

「これと、ユーテスクでファーロから回収した手紙、二つ合わせて初めて解読可能になるわ。お願い、私を助けて」

 

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