49. 憧憬
「ルーザお前……何したらキャベツこんななるんだよ」
「あはは。今日のサラダにしようか。コーヒー淹れてくるよ」
帰ってきて早々に、ルーザは潰れたキャベツだけを広場のテーブルに残し、荷物を抱えたまま厨房へと消えた。
「丸々一個潰すやつがあるかよ……」
「すご、キャベツって破裂するんだ」
呆れてソファによりかかり、天井を仰いだリシュリオの横で、セリオスは感心したようにそれを眺めた。
「んで、なんでこうなった?」
化け物がこちらに来ないか、ちらと奥を伺った見知らぬ少年に、リシュリオは苦笑した。
「気にする必要ねぇよ。どうせあいつは、しばらくここに戻ってこねーから」
開け放した扉に立ったその姿は、意を決したように飛空艇の中へと踏み込んできた。
「ああそうだ。扉、そのまま開けてていいぞ。丁度部屋の中暑かったからな」
暑いどころかうっすら寒いけどと、セリオスがリシュリオを振り返ったのは黙殺された。
「そこの短足泥棒が、ルーザさんの財布盗もうとしたのよ」
操舵室に続く扉に寄りかかっていたエスタは、つんとそっぽを向きながら素っ気なく告げた。その発言に、言われた当人は露骨にムッと眉を寄せた。
「泥棒でも短足でもない! ニックスだ!! アルフェリオの右腕になる男の名前だ! 覚えとけ!」
「ふん、負け犬はよく吠えるわよね」
すでによく吠えているニックスをさらに煽るので、「イム」 とその名を呼んでリシュリオが諌めた。今度はエスタか膨れ面でそっぽを向いてしまい、なんでこうなっているんだとリシュリオは頭をかいた。
「それでニックス? 君はここまで乗り込んできてまで、何がそんな気に食わないんだ」
静かにリシュリオが尋ねると、何度もためらった姿が顔を真っ赤にしながら「そいつとさっきのやつが!」 とエスタを指差した。
「アルフェリオの悪口言うから! 聞き捨てならなかったんだ!」
「そうか。それは仲間が悪かったな。俺らとアルフェリオは敵対関係だから、嫌味だって言いたくなったんだろう」
「え、敵……?!」
ぎょっとした様子で身構えたのは、まさかそうとまでとは考えていなかったのだろう。あまり予想していなかった反応に、なんでだよと苦笑しつつ、「あいつが子どもに好かれてるって状況と、イメージが全然結びつかなくて興味あるな……」 なんてリシュリオはひとりごちた。
ぽそりと呟いた声は、そばでキャベツの残骸を拾い集めていたセリオスだけが聞いていた。
足を組みなおすと、リシュリオは友好的な笑みを浮かべた。
「なあニックス。どんなところが好きなんだ? アルフェリオの」
尋ねたリシュリオの横で、セリオスは話にあまり興味を持てなかったのだろう。我関せずと、回収したキャベツを厨房に運んでいき、リシュリオはその姿を何気なく見送った。
「人の大切なものを平然と奪っていくような人たちよ。人に好かれる要素なんてあるかしら」
「お前に何がわかるんだよ! アルフェリオはすごいんだ!」
知らないくせに! と再び噛み付いた姿から、エスタは更にそっぽを向いた。どうしても許せないのだと言わんばかりの様子に、リシュリオも咎め過ぎるのは、はばかれた。
「知るわけないでしょ。興味もないもの」
エスタが話の腰を折ったせいで、ニックスも話しにくくなったのだろう。「う……」 と、言葉にならない言葉を探してきょろきょろと忙しなく床を眺めていた。
リシュリオがふうと溜め息をついてしまったのは、無意識だった。仕方がないかと、立ち上がる。
「なあニックス。金に困ってるって言うなら、ちょっと道案内頼まれてくれないか」
提案すると、話しかけられると思っていなかったらしい姿が、びくりと肩を揺らしていた。
「べ、別に困ってる訳じゃない。ちょっと、からかってやろうと思っただけで……」
「そうか」
リシュリオは端的に答えると、ニックスが立ち塞がる出入り口へとのんびり向かった。
「イム、俺は出かけてくる。厨房にメシあるから、ルーザと好きに食べな。出かけるなら戸締まりは頼むわ」
「え、ええ。一人で行くの?」
「案内いるから大丈夫だよ」
ぽん、と通りすがりにある頭に手を乗せると、びっくりしたニックスが自分の頭を触れて、通り過ぎた姿を振り返っていた。
ニックス自身も、あの場にいても仕方がないと理解したのだろう。外に出たリシュリオに、おとなしくついてきた。
発着所を出ようと促してから、リシュリオは人の多い通りを選んで向かった。おもむろに後続を振り返ると、「腹減ってないか?」 と声をかけた。
「べつに……」
リシュリオが少し後ろを振り返ったタイミングで、目がそらされる。怒られるとでも思っておるのか、手元に目を向けたニックスは、いちごの飴がけが包まれた油紙を所在なさげに触っていた。そんな様子に、さてどうしたものかと空を見上げた。
こんな拗ねた子どもの相手をするのはいつぶりだろうかと、口にすれば余計拗れそうなことを考えながらふと口元だけで笑う。
「……アルフェリオは、すごいんだ」
往来が穏やかな日差しに活気づく中。不意にニックスが隣に並んできたかと思うと、ざわめきに埋もれそうなくらい小さい声で呟いていた。
「いつも基地で忙しそうにしていて、物知りで、色んなことやってて、凍えていたオレらを助けてくれて、海の外から来る奴らからオレらを守ってくれるんだ」
「そうか」
いつも基地でという言葉に疑問を持ちつつリシュリオが同意を示すと、意を決したようでこちらをぎっと見据えて来た。
「オレ、お前のこと知ってるんだからな。空賊シュテルのリシュリオなんだろ。テオドルーザと二人組の」
「へぇ」
言われた言葉が意外過ぎて、挑戦を仕掛けるようにリシュリオはにやと笑った。
「そうだったらどうする?」
ちらとこちらを見上げた表情は、あまりにも正直に苦々しかった。
「敵なんだろ。アルフェリオの仕事場の大事なメモボードに、メモと一緒にお前らの写真が貼ってあったから、仲間なのかと思ってただけ」
違ったけど、とぼやく姿は少し悔しそうだった。
そこまで言われてリシュリオも「ああ」 と合点がいった。自分より重要視されてるらしい仲間が現れ、それが面白くなくてちょっかいかけたところ、見事にやりかえされたとそういう事なのだろう。おまけに仲間どころか敵だったと知って、途方に暮れたということか。
「期待外れだったみたいで悪いな」
「別に。オレが勘違いしてただけだ」
殴られたわけじゃないし、と。もそもそと口の中で告げた言葉はニックスにとって重要なことなのだろう。そういう環境にいたのかと、容易に察した。
「そんで、アルフェリオは俺らのことなんて君に紹介してたんだ?」
「なんも。聞いてもほとんどなんも教えてくれなかった。ただ、重要だからってことと、アルフェリオみたいに街一つ作ったすげー空賊だってことと、お前らの顔と名前くらいしか」
だから仲間だと思ったのかと、リシュリオも合点がいった。
「ホントにアルフェリオが好きなんだなあ」
「俺らのたった一人の英雄だよ。もっと大きくなったら空賊になって、絶対アルフェリオの右腕になって恩返しするんだ。そしたらきっと、アルフェリオの役に立てる」
真剣な様子で、それでいて嬉しそうなニックスの様子に嘘はないのだろう。自分が知らない、知る由も知る機会もなかったアルフェリオの情勢を思いがけない形で垣間見た気がして、つい笑ってしまった。
「ふうん……そうか。あいつのことなんて出先で鉢合わせた時のことくらいしか知らないから、拠点にしてる街でそんなに慕われているとは思ってもみなかったなあ」
「仕事してる時のアルフェリオが一番かっこいい。色んな人が持ってきたものを、ぱぱぱって片付けるんだ」
他人をおちょくって蹴り倒してる姿しか想像できない、とは流石のリシュリオも言えなかった。どうもニックスのアルフェリオ像と自分のイメージとが重ならない。いっそ同じ名前の別人なのではと思ったほうがしっくりきた。だが、自分やルーザの顔を知っているというくらいだから、自然と追いかけてきた人物を思い浮かべてしまうのも仕方なかった。
考えても仕方がない。そう諦めて、疑問を頭の隅に追いやった。
「はは、そんなにかっこいいなら、俺もいっそ見てみたいもんだな」
「なんだ、じゃあ! こっち! 案内してやるよ!」
「え」
何気なく苦笑しながらぼやいた言葉に、ニックスはにぱと屈託なく笑った。ぐいっと腕を引かれて、戸惑わない訳が無い。敵対関係なんだけど、と釘刺すのも野暮な気がして、引っ張られるまま何も言えなかった。
まあいいか、と。リシュリオは楽観的に肩の力を抜いた。流石に、一般の子供が出入りするようなところに、アルフェリオがいるわけがない。ましてや拠点内部に、わざわざ自分を招き入れるようなことはしないだろうと高を括って、リシュリオはひとまずニックスの気が済むまで連れ回されることにした。
ニックスについて往来をどんどんと下っていくと、この街の一際目を引くそびえ立つ塔のような要塞の姿がどんどんと視界を占めていった。
あの建物が拠点だったのか? という疑問も、まさか本気で乗り込むつもりではないよな? という嫌な予感がにわかに増してきた。そんな焦りも、あいも変わらず腕を引いているニックスが気にした様子はない。
青い石壁に囲まれた、中央に鳥を模した像のある中庭のような公園を過ぎ、また箱を並べたような建物が並んでいる。奥に進むほど箱を積み上げているのだろうか。二階建、三階建が見られるようになり、その中の一つにニックスはそこまでリシュリオを引きずった。
要塞の姿はあいも変わらず視界いっぱいにそびえており、流石にあちらに連れて行かれなかったことに安堵した。もしそうであれば、敵対関係である自分が乗り込んできたと、少なからず騒ぎになっていた事だろう。
「ええと、ニックス。部外者の俺が行ったら流石に迷惑だと思うんだ」
「オレがいるから大丈夫! 心配すんな!」
「ええ……」
「もうついたから安心しろって!」
止める間もなく、ニックスは目的の家まで駆け出すと、どんどんと扉を叩いた。
青い壁に合わせて白く塗られた木製扉は鉄の縁に装飾されて、補強されている。どこの家も入り口よりも屋根が前にあるのは、それほど雪が多い証拠だろうか。
「アルフェリオ! アルフェリオ!! 重要人物連れてきた!」
どんどんと、これでもかと扉を叩くニックスに、リシュリオは現実逃避もままならないなと苦笑してしまう。流石に敵対関係の自分がいるのがわかっていて、ノコノコ姿を現すとは思えない。現状、それで目の前に姿を現したとしたら、余程余裕があるのか自信があるのかのどちらかだろう。
いずれにしても、ニックスに付き合ってここまで来たものの、敵陣である以上単騎で深入りする前に撤退も視野に入れた。幸い、大通りからは離れてないし、ニックスを見捨てれば逃げられるだろうと打算があった。
「あー、なあニックス? 無理に呼ばなくていいって……」
「アルフェリオ! いるの知ってんだかんな! また窓からはいるぞ!」
バンバンと扉が壊れるのではと思われるほど叩くので、そこまでしなくていいとも言えなかった。
これほど騒いだら近所迷惑であるし、ここまでくると不在なのでは。そう思った時だった。
「はいはい、うるさいよニックス。今開けた、ぞーーーー」
どこか面倒くさそうな声は、いつもの軽薄さが微塵もない。リシュリオを警戒した様子もなく開けられた扉にも驚いたが、欠伸を噛み殺しながらリシュリオをみた時の驚いた表情も、そちらもまた驚いていた。
「え、誰……いや、見たことある顔……だ、な……」
空色の目をしたたいて、動揺した様子で目を泳がせる。顔つきも頭髪に編み込んだ五色の組紐も、黒を基調とした服装も間違いなく知っている因縁の男であるはずなのに、まるで違う雰囲気にリシュリオも咄嗟に動けなかった。
目の前の男が、何かを探すように部屋の中に目を向けていると、ニックスは隣で「シュテルのリシュリオだよ!」 と少し得意に胸を張っていた。
「……シュテル……シュテル!? ってことは、旦那の?! ……やべっ。目、細めるの忘れてた」
途端、目を細めて軽薄そうな笑みを浮かべた姿は、リシュリオのよく知る姿に非常に酷似していた。その事実に驚かざるを得ない。
「んん゛……、ごほん。えー、『こんにちはー、リシュリオさん? こんなところで会うなんて奇遇だねぇ』」
少し声色を変えた男に、ニックスは気持ち悪そうな顔をした。
「……アルフェリオそれ、今更じゃない? 変だよ」
「…………だよなあ」
諦めた様子のよく似た男は、がっくりと項垂れて溜め息をこぼした。首の後をばりばりとかくと、邪魔だと言わんばかりにサイドに編み込んだ五色の組紐を後ろへと払った。
「立ち話もなんだから、我が城へどうぞ。『リシュリオさん』」
諦めて改まったように告げてにこりと笑った姿はどこかくたびれていて、今度はよく知る男とは似ても似つかなく見えた。




