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20. 対話

 

 室内に居た為か、既に遅い時間に錯覚していたが、往来はまだとても明るい。まだ夕暮れ時よりも早い時間の市場は、相も変わらず賑わっている。


 セリオス達が飛空挺に戻って来ると、そこには既にルーザが居た。広場の大きなソファでのんびりとコーヒーを楽しんでいた姿は、戻って来た姿たちに気が付くと組んでいた足を解いた。

「お帰り。思っていたより早かったね」

「ルーザもお帰り。ヴィーオが早々に酔っぱらったからな、解散も早かったんだ」

「なんだ、また失恋したんだ」

 いつも通りと笑うルーザに、リシュリオも否定せずに苦笑で応えた。

 お茶でも入れるよと席を立ったルーザに礼を言いつつ、リシュリオは二人に座るように勧めた。セリオスはソファの一端に、エスタは帽子を邪魔そうに取りながら、空いていた一人掛けソファの一つに納まった。リシュリオもまた、手近な椅子を持ってくるとそこに浅く腰かける。


 間もなく、ポットとカップを乗せたプレートを手にルーザが戻って来たところで、リシュリオは口を開いた。

「さて、何処から話したものかな……まず確認しておきたいのが、俺らが思っていた以上に彼の国はイムだけじゃなくてアズネロ親方の事も探しているって思って間違いないだろうね」

「でしょうね」

「帝国側に付いて、ゼルベジャンも動いているって話だったよ」

 ルーザの言葉に、セリオスはふと思い出す。

「……ノルト、大丈夫かな……」

 思わずぽつと呟いたセリオスに代わり、気を使ったエスタは告げた。

「さっき市場でセリオスの同僚の子と会ったわ。ゼルベジャンに同行して、親方さんに代わって、自分が成し遂げるって」

「セリが挨拶に行った子か……。腕前的にはどうなんだ? アズネロ親方と比べてはいけないとは思うけれども……図面一つでなんでも作れてしまう感じかな?」

 悩ましそうに告げられて、セリオスは視線を反らした。やがて、ゆるく首を振る。

「馬鹿にするつもりは決してないけど、ノルトの技量じゃ、親方の足元にも及ばないよ」

「そうか」

「でも、ノルトは努力家だから、もしかしたらって事はあると思う」

 余り楽観はできないと告げると、リシュリオも頷いた。

「何にしても、あちらさんが動き出しているとは思っておいた方が良さそうだな」

「そうだね」

「あとは、そうだな。オーバンが言っていたアズネロ親方が立ち寄った場所ってのが、個人的には気になるかな。もしかしたら、足取りの手がかりが有るかもしれないし」

 一度見に行くのはどうかな、と、ぐるりと一行を伺ったリシュリオに、エスタは眉根を寄せながら視線を流した。

「……その場所、心当たりと言うか、聞いた事有るかもしれないわ」

「本当かい、イム?」

「ええ。十三年前に帝国の古い実験施設だった場所……でしょう? ……多分、旧技術開発研究所の事じゃないかしら」

「旧技術開発研究所?」

「私やアジェイが居たところの、その前にあった場所よ」

 エスタは顔色を悪くしながら、首元のストールを強く握っていた。微かに震える手に、リシュリオも目を細める。

「イム、無理に言わなくていい」

 リシュリオの気を使った言葉に、エスタは緩く首を振った。

「……お願い、聞いて。多分、とても大事な事だわ。それに今話しておかなければ、きっと、きっと私は、怖気づいて話せなくなってしまう」

「解った。いくらでも待つよ」

 エスタは温かいお茶に口をつけると、気持ちを落ち着けるように一度、二度と喉を鳴らした。やがて、深く息をついて心を決めたように一同を見る。

「……アジェイが技術開発に特化した頭脳を持ったのは、他でもない、帝国の人達に、そうなるように教育されたから。私は……アジェイに寄り添い、アジェイの精神安定のために与えられた存在でしかないの」

 何かを堪えたような静かな物言いに、リシュリオだけでなく、セリオスも控えめに首を傾げていた。ルーザだけが、静観する。

「どういう事?」

「そのままよ。ねえ、私はいくつに見える?」

「急になんだい?」

「いいから答えて」

 端的に言われて、リシュリオは改めてエスタの表情や背丈を伺った。

「いくつ、か。そうだな……言動は大人びていると思うけど、俺には年端のいかない女の子に見えてるよ」

「十五。私とアジェイは、今年で十五よ」

 エスタは深く溜め息をついていた。それは、その先を告げる為に気持ちをかき集めているようでもあった。

「年端のいかない女の子、そうよ。見ての通り。まだ大人に守られていてもいいでしょう? 本当なら!」

 紡いだ言葉は、彼らを責める為のものではない。

「……なのにどうして、アジェイは帝国に使われないといけないの。どうして、()()()環境で、誰かの命を奪うかもしれないものを造らされなくちゃいけないの」

 ただありのままの疑問を、ずっと抱えていたやり場のない疑問をただ吐き出した。

 吐き出すほどに表情は歪み、目にうっすらと涙を浮かべていた。

「そんなの、そんなの! ……記憶だって無くしたくなるわ。精神安定のための私? そんなのが居ようが、忘れたくなるのは当たり前よ」

「……そうか」

 泣き顔だけは、見せたくなかったのだろう。そっぽを向いたエスタに、リシュリオは受け止める為にも言葉にして頷いた。

「イムは、ずっと戦ってたんだな」

 リシュリオに、エスタは緩く首を振った。

「話はまだ、終わりじゃないの。……アジェイに私という環境を与えられたのは、その前に帝国が失敗しているからに他ならないわ」

 感傷的になった気持ちを懸命に抑えているのだろう。俯いたまま飲み物に手を伸ばしたエスタを、静かに待った。

 一口飲み込んで、ほっと息を吐く。やがて、カップを手にうつむいたまま、エスタは口を開いた。

「アジェイの前に造られた存在……私達よりもずっと幼い子が、……かつて、プロトタイプの子が居て、そして、研究者たちが与える負荷に耐えられなくなって、研究所を破壊したって話よ」

 漸く気持ちが落ち着いて来たのだろう。顔を上げると、視線を反らす事無く真っ直ぐに告げた。

「その場所が、旧技術開発研究所。アズネロさんも、かつて技師として所属していた場所よ」

「親方が……」

 思わずぽつと零したセリオスに、エスタは頷き先を続けた。

「私が盗み見た報告書では、プロトタイプの子は、計算上では当時五歳。精神年齢が一体いくつまで引き上げられていたかは解らないわ。でも、そんな子が絶望して、沢山の研究者や技術者をわざと出来るだけ巻き込んで壊したくなるような、そんな場所よ」

 だから帝国も公にしたくない場所なのだと。言わずとも誰もが自然と理解してしまった。

「私達はその子の二代目。一つ目が大失敗したから、今度こそ失敗しないようにもう少し大きくなるまで待って、私の教育方針を変えたんでしょうね」

「……そうか」

 リシュリオは一度目を瞑って深く息を吐いていた。考えていた以上に、事態の業は深い。

 やがて、小さく尋ねた。

「……その子は、死んだのか」

「状況的にはそうでしょうね。恐らく、生きていても間違いなく無事ではないと思うわ」

 エスタも思うところがあるのだろう。痛まし気に目を伏せ、すぐにリシュリオに向き直った。

「当時生き残ったアズネロさん含めた数名の人達の話では、生き残ったのは自分たちだけだって話だったし。それでいて、生き残った誰もが当時の恐怖に精神疾患を起こしていて、現場に立つことは不可能とされていたわ。……表面上は」

 含んだ物言いに、いつの間にか視線を反らしていたセリオスも、自然とエスタを伺ってしまう。

「アズネロさんも例外なくそうだって思われていたけれど、多分彼は、何かを知って周りに合わせたんだと思うわ。そうでなければ……私が話した時、あれほど明確な目的を持ったような話し方、しない筈だもの」

 彼がきっと、一番何かを知っているわ。そう締めくくったエスタの言葉は、言わずとも総意だった。

 そうか、と。誰と言う訳もなく頷いていた。

「セリは、大丈夫か?」

「僕?」

 唐突に尋ねられて、セリオスはまばたきして首を傾げた。

「アズネロ親方の事聞いて、ショックとか受けてないか?」

「僕は……それほど、って言うと嘘かもしれないけど。何となく、親方の行動も解るような気がして」

「そうか」

 大丈夫そうならいいんだと、リシュリオは苦笑した。すぐに、その表情も引き締めて膝の上で手を組んだ。

「イムの言う事は解った。……それから、連山の街で起きた渡航者が居なくなったって件も、もしかしたらアズネロ親方かもしれないなって俺は思っている」

「何か根拠でもあるの?」

「根拠って程じゃないけどな。北の研究施設跡ってのが、帝国からどれくらい北なのかは解らねえ。けど、帝国から東の連山近くの街までなら、とてつもなく離れているって程じゃない。飛空挺なら数時間程度だし、歩いたとしても……そうだな、一週間くらいじゃないかと思う」

 どうだろう、とリシュリオは問いかけた。

「イムはここに居るし、俺の意見としては万が一に備えて出来るだけの事はしたい。その為にも、アズネロ親方と一度会うってのが妥当じゃないかって思うんだが」

 リシュリオが相棒を伺うと、ルーザはひょいと肩を竦めていた。

「いいんじゃない? 僕に異論はないよ。僕の方はあんまり収穫はなかったからね。帝国の動向は自分の足で稼がないと解らなそうだってのが、話を聞いてみた印象」

「そっちもか」

 リシュリオは腕を組んだ。

「うん。情報の規制が厳しいみたいだったからね。嘘をついている風でもなかった」

「お前に任せてそうだったって事は、それが現状なんだろう。仕方ないさ」

「嘘ついてないか吐かせようとしたから、お蔭でマニエストに怒られたよ」

「ははっ、そっか」

 それは厄介を引き受けてもらって悪い。そう苦笑したリシュリオに、ルーザは別にと当然の如く首を振る。

「セリも、アズネロ親方を追う方向で構わないか?」

「え、あ、うん。僕はそもそも、それが目的だから」

 異論どころか大歓迎だよ。そう告げてはいるものの、セリオスの言葉尻はどこか歯切れが悪かった。何か考え込んでは、すぐに意識が反れてしまう。

「何か気になっている事でもあるか?」

 目聡く尋ねるリシュリオに、セリオスは眉を顰めた。いや別に……と呟くが、何度かリシュリオを伺う視線は、果たして尋ねていいものか迷っている。

「その……親方の事は全く関係ないんだけど、さ。リシュリオとルーザは、何で二人なんだろうって思って。情報集めるのも、これだけ沢山の人達を頼って、それでいて皆が助けてくれるのに。それでも二人なのは何でかな、って。さっき言ってたジュリアスって人の事、関係あるのかなって思ったんだけど……聞いていいのか解らなくて、でも気になって」

「あー……まあ、お前の疑問も最もって言うか、セリの好奇心も大概強いっつーか」

 ルーザはちらりとリシュリオを伺い、微かに眉を顰めていた。その視線に、リシュリオも苦笑する。

「まあなんだ。別に隠すような事でもないからいいか。知ってる奴は知ってるし、周りに後から変に言われて、セリ達が誤解しても嫌だしな」

「リオ」

 咎めるように呼ばれたリシュリオは、譲る気がないと言わんばかりに穏やかな表情で首を振った。

「良いだろ、ルーザ。俺は、この話でお前の事を仲間に誤解されるのが、一番嫌だよ」

「けど」

「あの件で悪いのは、俺だから。そこを曲げる気はねえよ。例え島の連中に、お前の理屈を信じさせることに納得したとしてもな」

 にっと笑いかけた顔をじっと見て、ルーザも仕方がなさそうに深く溜め息をついていた。勝手にしろ、と、足を組みなおして背もたれに寄りかかっていた。

 悪いなというリシュリオの言葉は、呆れた表情に黙殺される。


 ルーザに構わず、リシュリオは語った。

「この飛空挺、二人で使うには広いだろ。昔さ、俺ら以外にもいたんだ、何人か。皆、とっくに下りて貰ったけどな」

 神妙な雰囲気にしたくなかったのだろう。リシュリオは至って軽い口調で続けた。

「ジュリアスはその時の一人。街の中には、ルーザが悪党の名前背負って仲間を消した、って事になってるけど……あれは、俺が居場所を消したようなもんだ」

「それは……何があったの?」

 セリオスが尋ねると、リシュリオは肩を竦めた。

「仲互い……って言うには、もう少し穏やかじゃねえな。シュテルが……いや、俺が他所の空賊達の上に立つべきだって、ちょっかいかけていたんだ。ちょっかいって言うよりも……まあ、簡単に言えば搾取っていうか。ほら、オーバン居ただろ。あいつのところ、空賊って言うには大人しすぎてね。ジュリアスがけしかけたろくでなしに押されて、壊滅寸前の酷い有様だった」

 オーバンは借りがあると言っていたが、本当は俺らのせいなんだけどな。申し訳なさそうに苦笑したのは、恐らく本心だろう。

「俺は誰かの上に立つことを望んじゃいねえし、この地は、この地を故郷代わりにしてくれている奴ら皆のものだと思っている。だからこそ、例えどんな理由から行っていたかにしても、俺の飛空挺に乗り合わせた上で、誰かを虐げた上に立つ行為を許せなかった」

「それで追い出したの?」

「そうだな。話し合いで解決出来ればよかったんだけどな。あいつはあいつで頑固だったから、ちょっと互いにこじらせてしまって、内輪揉めで済まなくなっちまった」

 どこか昔の騒ぎを思い出すように遠くを見たリシュリオは、緩やかに目の前の姿に視線を戻した。

「止む無く、勝手したジュリアスはルーザが裏町で消した事にして、その時に他の仲間にも下りて貰った。皆、俺を旗印にして空賊の統率を夢見ていたみたいだからな。……生憎、人の影に隠れて上に立った気分に浸る奴はいらなかったから、それも仕方ないって思ってる」

「その人たち、今はどうしてるの?」

「他の連中は地上の何処かにそれぞれ戻った筈だけど……セリ、お前ジュリアスには会ってるぞ」

「え?」

 心当たりがあまりにもなくて、セリオスは眉を顰めて首を傾げた。そんな様子に、そりゃそうかとリシュリオは吹き出しそうになるのを堪えた様子で笑う。

「アルフェリオと居ただろ、大男がさ」

「大男……って、あの人?!」

「それ」

「だって、リシュリオ。何も関係ないみたいな顔してたよね?!」

「そういう約束だったからな。もう二度と仲間として見ることもないし、あいつはあいつで、アルフェリオについて行く事を選んだ。慣れ合うつもりも、馴れ合えると思わせる隙を与えるつもりも、微塵もないさ」

 あっけらかんと告げた姿に、未練も迷いも今は無いのだろう。未だに信じられないと目を見開いていたセリオスに、可笑しそうに笑っていた。

「さ、あいつとの不毛な話なんてこんなもんさ。他に気になってた事あったか?」

 この件はもうお終いだ。言わずとももう話題にしたくないのだと解ったセリオスは、ただ緩く首を振った。

「それじゃ、当分はアズネロ親方の行方を探る方向で動くとするが構わないか?」

「うん」

「ええ」

「最初の目的地は東の連山がいいかな……旧研究施設の場所ってのが正確に解らない以上、下手に帝国に近づいて、刺激したくもないし」

 リシュリオの提案に、エスタが頷いた。

「その方がいいと思うわ」

「了解。それじゃ航路がおおよそ確定し次第、必要なものの買い出しと整備でもしますか。出発は明朝だ」

 それまで各々準備してくれ。外出するなら気をつけて。

 そんなリシュリオの合図で、一同は解散した。

 

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