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19. 宴騒

 

 セリオスが店の扉を開けると、マダムの店は既に酔いどれ達によって賑わい始めていた。


 店の中はてっきりリシュリオを筆頭に数えられる程度の者が騒いでいるのだと思っていたが、どうやらそう言う訳ではないらしい。いつの間にか、随分と数が集まっていて、何処までがリシュリオが集めた集団の区切りなのか、判断がつかない程だ。


 そうでなくとも、この時間帯から店は混雑して賑わうのだろう。

 そんな中、リシュリオ含んだ四人がカウンター席一角を、完全に陣取っていた。


「すごい賑わっているね……」


 思わずセリオスが呟くと、エスタはどこか呆れた様子で空いているテーブル席に向かった。

 リシュリオのいるほど近くとはいえ、同席しようとしなかったのは、エスタも酔っ払いの側に行くことは躊躇ったのだろう。恐らく、招かれても他人のふりをしたに違いない。

 間もなく、二人のところにやって来た姿があった。確かめるまでもなく、マリアだ。

「あ、あの……すみません。私……」

「マリアさん、さっきは急に飛び出してごめんなさいね」

 おずおずとお伺い立てるようにいた姿に先手を打って、エスタはにっこりと笑いかけた。

「お店忙しくなってきたんでしょう? リシュリオさんも近くに居るし、もうお仕事に戻ってもらって構わないわ。ありがとう」

 だからさっさと目の前から消えてくれ。そんなエスタの心の声がセリオスには聞こえたような気がして、気が気でない。

「いえ、その、ありがとうございます。失礼します」

 どこかほっとした様子の彼女は、エスタから離れられた事に安心しているというよりも、店の仕事に戻れた事を喜んでいる様だ。

 恐らくエスタもそれに気が付いていたのだろう。笑顔で見送りつつも、舌打ちをしていた。

「あれ絶対、マダムの役に立てる仕事に戻れて良かったって思ってるわよね」

「ええと、多分ね」

 セリオスの同意に、やはりエスタは不服そうに頬を膨らませていた。

「……アイスクリームあるみたいだよ」 セリオスが苦し紛れに話を反らせば、つんと澄ましてそっぽを向かれた。

「いいえ、先に食事でも済ませましょ」

 そんなエスタに苦笑しつついくつか適当に頼むと、リシュリオ達の方へとそれとなく意識を傾けた。



 集まっている男たちは、恐らく誰も彼も空賊なのだろう。先程往来ですれ違った面々に加えて、先程はいなかった顔ぶれが近くのテーブル席にちらほらと見て取れる。


 熱心に話しているのは交易のことだろうか。各地からやって来る空賊たちの一番手堅い収入として、物流の情報は欠かせないのだろう。

 余りにも多い人数は、自然と話す相手が決まってきているようだ。

「そういやこの前、帝国に近い街に立ち寄ったんだが、あの辺りも帝国の影響受けているみたいだったな。近く行くなら、気を付けた方がいいぜ、リシュリオ」

「影響? 何かあったのか?」

「何かどころじゃねえよ。近く通りかかっただけだろうに、警告されたよ」

 そんな言葉に気を惹かれて、何気なく耳を傾けていた。

「警告なんて、穏やかじゃないなオックス。心当たりはあるのか?」

「いいや、さっぱりだ。あの辺は街があるって言ったって、何もないところだから、以前ならそこそこ歓迎されていたんだがなあ」

 オックスと呼ばれた大柄な姿は唸り、リシュリオを挟んだ対面の男は勢いよく身を乗り出していた。

「あ。それ! ウチの奴に聞いた事あるある! 外との交易よりも、近隣との協力強くする為だってさ」

「はーあ? それならそう言ってくれりゃ、こっちだって引き下がったっつーの」

「あっはは! どーせあんたんとこ、見るからに略奪に来たみたいに見えたんじゃないの?」

「うるせえぞヴィーオ、てめえのところの奴らの顔も凶悪顔だろ」

「ざんねーん、ウチは皆、若くて生き生きしてまーす」

 けたけたと笑ったヴィーオは、身を乗り出したまま後ろに視線をやって、辺りの従業員を探していた。

「あ、お姉さん! こっちに追加お願いしたいんだけど、これと、これとー……」

「てめえのとこみたいなチャラついたのが居るから、迷惑被るんだろ」

「知りませーん、おっさんは酒でも飲んでな? チャラついていようが、部下たちを問題なく養えりゃいいんだよ」

「まあまあ」

「あ、こっちにも追加で」

 苦笑するリシュリオから離れた姿も、カウンター向こうのバーテンダーに注文を足す。


 大柄なオックスは酒で喉を湿らせながら、そういえばと思い出したように語っていた。

「交易の規制といや、この前東の連山に近い街行った時に騒ぎあったな」

「騒ぎ?」

 リシュリオが首を傾げると、オックスはグラスに口をつけながら眉根を寄せる。

「まあ騒ぎっつーか規制っつーか、うちの飛空挺は関係なかったけどな。渡航者が居なくなったっつって、その乗り合わせの確認があったんだ」

「乗り間違い? 乗組員は気が付かなかったのか?」

「それが、何がアホかって、普通に渡航者は飛空挺に居たんだよ。ただ買い物して、身なり整えただけで外見変わったからって、乗組員が気が付かなかったってだけだ」

「なんだそりゃ。間抜けと言うか、ただの手抜きだろ」

 呆れたように溜め息をついた隣も首肯していた。

「ホントにね。あ、お姉さん、こっちに一杯持って来て」

「まーったく、だから俺らみたいな空賊の質が疑われるんだろ」

「だーかーら、その凶悪顔を少しはさっぱりさせたらいーじゃん」

「なんだと若造。誰が凶悪顔だ、誰が。てめえとは一度、しっかり話し合わないといけないな?」

「おっさんと話す事なんてないねー。それよりウチの乗組員にセンスのいいやつ居るから、小奇麗にしてって頼んでやってもいいよー? おっさん?」

「お姉さん、一杯追加お願い」

「オックス、真面目に取り合うなって。ヴィーオも、解ってて挑発するのはやめろ」

 苦笑しながら窘めると、飛びつく勢いでヴィーオはリシュリオの肩を掴んだ。

「だってさーだってさ、リシュリオ! 聞いてくれよ! このおっさんがさあ! ミリちゃんとさあ!」

「ミリ? …………市場で屋台してる売り子の? オックス、何か心当たりある?」

 首を回して反対に尋ねると、考える様子もなく「いや、全くねえ」 と首を振る。

「はーあ?! すっとぼけんな! てっめミリちゃんと慣れ慣れしく話した挙句、プレゼント渡してただろ!」

「……頼まれてた仕入れと、預かってた旦那の荷物渡しただけだが」

「は?!」

「あ、お姉さんもう一杯ちょうだい」

「オーバン! てめえ、それ何杯目だよ! ウチの話聞いてんのかよ!」

「まだ全部でたった八杯だよ。失恋したからって、俺に絡まないで」

 オックスの隣で淡々と酒と食事を楽しんでいたオーバンは、素知らぬ顔でつまみ替わりのワイン煮を口にしていた。それ以上、取り合うつもりはないらしい。

 悔しそうに赤らんだ顔を歪めたヴィーオに、オックスは同情的な目を向けた。

「まあ、その、なんだ。若造、良い事あるって。落ち込むな」

「てめえのその適当な慰めが一番ムカつく! くっそー、なんでだよ! 出会いを、ウチに出会いはないのか?!」

「そういやリシュリオ、お前のとこはどうなんだ? 二人じゃそろそろ手が足りてないんじゃねえか」

 恐らく聞くに堪えられなかったのだろう。オックスに話を変えるように振られて、リシュリオはグラスを手にしたままカウンターに肘をついて笑った。

「人手には困ってないよ。でも技師と操縦士候補見つけて来た」

「技師って……お前は相変わらずの機械バカか? もっと操縦士が必要だろうが」

「ええ? 別にいいだろ? 困ってないし。これ以上ない仲間さ。二人とも、期待の新人だよ」

 嬉しそうに言うリシュリオに反して、ヴィーオは聞き捨てならないとまた声を上げた。

「ええ、いいなあ! お前と空飛べるって言ったら、引く手数多だろ?! 何も新人じゃなくてもよくないか?!」

「だな。どうせなら俺らも、行動を共にさせて欲しいものだ」

「あっはは、ごめん。俺の飛空挺そんなに人乗れないからさ」

 流石に無理だよと断ると、オックスは不意に気遣った様子で眉を顰めていた。

「もしかしてまだ、ジュリアスたちの事を気にしてるのか?」

 リシュリオはただ、困ったように笑った。

「うーん……そうだなあ。まあ、ほら。大勢はルーザもいい顔しないし」

「あー……まあ、そうか。そりゃ、あんなこともあれば、あいつも神経質にはなるわな」

「悪いね。それに俺の側にはもうね、俺の手が届く範囲の人数しか、傍に置いておきたくないんだ」

 二人のとこの乗組員全員を取りまとめるのは、流石に荷が重いよ。そう苦笑しながら肩を竦めると、オックスたちもそれ以上掘り下げようとはしなかった。

 ふと、何かを思い出した様子でオックスは辺りに目を向けていた。

「そういや今日は、そのルーザは一緒じゃないのな」

「あっはは! 流石に里帰りしてまでわざわざ一緒に居ないって」

「それもそうか」

 どれだけ一緒にいる印象なんだと笑い飛ばしたリシュリオに、ヴィーオは今度こそのしかかると、肩を揺すって来た。

「えー、じゃあさあ! じゃあさ! せめてリシュリオ! 出先の可愛い子紹介してくれよ! 華が欲しいよ、華! 部下は大事だけど、ウチにも華は欲しいよ!」

「おいヴィーオ、飲み過ぎだ」

「うるせえおっさん! 所帯もちは黙ってろよ!」

「ヴィーオ、ちょ落ちる! 落ち着きなって。すみません、こいつに水お願いします」

 足の高いカウンター席の椅子の上でバランスを取ったリシュリオは、完全に出来上がりつつあるヴィーオを引きはがしながら宥めていた。それもわずかな間の事で、ぐずぐずとぼやきながらそのまま寝る体制に入ろうとしている姿に慌てる。

「ヴィーオ、ヴィーオってば寝るなって」

 リシュリオが困ったなと呆れて肩を落としていると、隣にその辺の開いてる席にでも転がしておけとあしらわれて苦笑した。

「そいつは俺が送っておくから、放っておけ。けどな、お前が構うから、そいつも調子乗るんだよ」

「うーん、それはそうだろうけどね。ほら、誘った手前、放っておくのも悪いだろう?」

「だから、それだよ」

 がしがしと頭をかき、仕方がなさそうにしたオックスは、飲んでいたグラスと最後のつまみを放り込むと席を立った。

「おら、そのバカ(荷物)送ってくるから、貸しな」

「……ウチは馬鹿じゃねえ、おっさん!」

「はいはい、解ったから」

 反射で上がった声を適当にあしらって、辺りにいた面々に声をかけ、カウンターにいくらかお金を残していた。ぐったりとした姿の脇に肩を回して、どうにか立ち上がらせていた。

「折角誘ってくれたのに悪いな、リシュリオ。また今度、ゆっくり飲もうぜ」

「こちらこそ。支払いは俺が持つからいいよ。また珍しい地方の景色の話を聞かせてよ」

「はは、それはお安い御用だが、若造が遠慮すんじゃねえ。――――あいつら、お前のところの新人だろ?」

「うん、気づいてた?」

「馬鹿が。当たり前だ」

 不意にテーブル席に目を向けたオックスに、目が合ったセリオスはびくりと身を竦ませていた。

 その驚いた表情に、リシュリオだけでなくオックスも笑っていた。

「しっかり面倒見てやれよ。困ったら遠慮なく年配者を頼りな」

「うん、ありがとう。頼りにしてる」

「ああ」

 オックスは目が合ったセリオスににやっと笑いかけた。

「坊主たち、リシュリオやルーザを頼むぜ?」

「え、あ。はい!」

 まさかそんな事を言われると思っていなかったセリオスは、しどろもどろになりながら答え、エスタはただ帽子の影から彼を伺いながら頷いていた。


 それから間もなく、じゃあなとオックスはヴィーオを連れて去っていく。

 カウンター席の周りだけ、わずかに人は減っていた。


「……じゃあ、俺も席を移そうかな」

 黙々と飲み続けていたオーバンは、酒と食事を行儀も何もなく持ち歩くと、セリオスとイムの座る席へと向かった。

「相席、良いかい?」

「え、ええと」

 尋ねられてセリオスは困ってリシュリオを伺った。構わないと頷いたリシュリオに、セリオスは場所を開けて隣を開けた。

「どうぞ」

「ありがと。リオも」

「ああ」

 オーバンに促されて、リシュリオもイムの隣に座った。折角だから二人を紹介するよと告げたリシュリオに、オーバンは食事から目を離す事無く、不要だと即座に断りを入れていた。

「なんか気になる事でもあったか? オーバン」

「なかったら、いつまでもわざわざ残らないよ」

「それもそうか」

 改めて頼んだ果実水に口をつけたリシュリオは、本日何度となく苦笑した。

 オーバンはそれに構った様子もなく、食事を楽しむ手を止めようとはしない。


「爆発したって遺跡に、フロリウスが立ち寄ったかもしれないって話があったんだ」


 ぽつと呟いた言葉は、未だ続く喧騒の中に消えてもおかしくない程小さなものだった。

 前置きすらもなく突然言われたそれに、リシュリオだけが首を傾げる。

「爆発した遺跡? それって最近の話か?」

「遺跡自体があんまり有名じゃない――――というか、少なくとも有名にしたくないだろうね。爆発っていうか、倒壊っていうか。なんにしても不名誉な話だし。帝国の古い実験施設だった場所で、そこが使われてたのは十年以上……正確には十三年くらい前」

「そんな廃れた場所に、つい最近フロリウスが居たって?」

「らしいよ。目的は解らない。けど、気にしてるんだろ、帝国の事。なら関係あるかなって。ただ、その後どこに消えたかまでは俺も知らない」

 食事と食事の合間、酒を飲む合間にぽつぽつと語られた言葉に、リシュリオは感心した。

「よくそんな事知ってたな」

「地方の自然条件を調べて運搬に向きそうなもの調べていた時に、たまたまね。帝国よりも北に行くことあったんだ。その時の縁。あそこは本当になんもない。外れにものすごく細々と暮らしてる集落があった程度」

「そうなのか、流石だな」

「君には借りがあるからね。これくらいならお安い御用さ」

 表情を変える事無く食事を続けていたオーバンは、空になった皿を前に、漸く目線を上げた。

「だけど、気を付けた方がいいよ。向こうだって、やる事がやる事だけに容赦ないから。こちらの行動、筒抜けてると思った方がいい」

「解ってるよ。忠告感謝する」

「……君の可愛い新人ちゃん達、本当に守りたいなら、どこか遠くに隠すのが一番いいと思うよ」

「それが出来たら苦労しないけどなあ……」

「良くも悪くも、君は目立つから。また騒ぎになってからじゃ遅いよ。それじゃ、ご馳走様」

「ああ、肝に銘じておくよ」

 話は終わりだ、と。オーバンは一人、席を立つと、何事もなかったかのように立ち去った。

 後に残ったのは、未だあちらこちらに広がっていた宴会の余韻と、残された言葉を噛み締めるように黙るテーブルくらいだ。


 セリオスが戸惑いがちにリシュリオを伺うと、そこには既にいつもの姿があった。

「で、お前らちゃんと食べれた?」

 唐突に尋ねられて、セリオスはどもった。

「え、あ、うん」

「いつ声かけてくるかなって待ってたのに、薄情だよなぁ」

「え! あれって声かけていい状況だった?!」

「あっはは! まあな。あいつらに遠慮する事ねえよ」

 からからと笑ったリシュリオを、それまで黙々と食事を取っていたエスタがじっと見た。

「リシュリオさん、さっきの事だけど……」

「ああ。食事終わったら、場所変えていいか? ルーザもそろそろ戻って来るだろうしな」

「ええ」

 

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